第11話 PTAのスタンス

「それより響也ってば、どうして僕の部屋でくつろいでるんだ?」

「ドアに『隊長不在』のプレートを掲げて、ちゃっかり外の仲間達の騒ぎを避けている、不真面目な隊長殿の思惑に便乗するぐらい、よかろう」

「あはははは……」

「笑っているのも結構だが……。エスコート服達が、事態を知り始めてるぞ。普段この山まで上ってこない連中まで、集まりだしてる。自分の学校での部活が終わった奴らも、学院に出てくる頃だし、そろそろ姿を見せた方がいいんじゃないのか?」

「確かに。僕らとしては賛成か反対か、ケツぐらい取っておかなきゃいけない、か……。じゃ、頼むね、響也」

「オレに振るな。人使いの荒い奴め」

「ホラ僕、まだ右も左も分からない新任隊長さんですからー」

 雅はへらっと笑うと、まだ淡泊な態度で視線を向けなかった響也から、ひょいと譜面を取りあげた。



「――PTAに意見を聞くやて!! 一体どういうことですのん?!」

「まあまあまあまあ」

 逆上するリリーを押さえたのは、東西二人の部長会長。

 窪地の学院生達に、ことの次第を伝えていく役割は、東・西両苑生徒会長の指示のもと、放送会と新聞会、図書館会の三大特殊委員会が、請け負った。

 窪地の生徒達は、斜面の上では何が起こっているのかと、かたずを呑んで待ち続けていた。

 源学院長は、共学化成否の決定権を、親達に委ねる意志を表明した。それが伝達されていくに従って、少女達は、あるいは喜び、あるいは憤り、不満を露わにした。

 が、その後、学院長が威厳ある態度を崩さず、東・西生徒会、両部長会、エスカドロン・ヴォランが協力して呼びかけた結果、ご令嬢達は、先ほどまでのような騒擾に陥ることもなく、速やかに下校していった。

 そうと決まったら大急ぎで帰ってするべきことが、彼女らには、あったのである。



「――だってさ、響也」

「何?」

「今かかってきた電話さ。お嬢さん達、一斉に帰っちゃったみたい。だから今日は僕達エスコート服も、総意をまとめちゃったら解散。よろしくね」

「だから、オレに振るなと――!」

 淡泊といわれる性分ながら、響也は響也なりに、この新任隊長をそこそこ鍛え上げる心づもりでいた。が、どうもこの少年は、一筋縄ではいかない性格をしているらしい。



 各家庭へ帰って、いつも忙しい父母を捕まえ、今日学院であったことを子細に報告し、意見を求める。

 親達はそれぞれ多額の寄付金を学院に納めているわけで、ご令嬢達の大半は、このスポンサーらを自らの思惑にひきずり込み、利用しようとしたのだった。

 が、父兄のほとんどは、娘達から学院内の対立状態を聞くや、絶句してしまった。

 学校のことで意見を求められたのがほとんど初めてだったこともある。しかし彼らは何よりまず、我が娘の学友の父兄達との関係を、とっさにおもんぱかったのである。

 つまり、次に口をついて出るセリフは、国籍による言語の違いこそあれ、

「いや……お父様にも、立場というものがあるのでな」「A電子工業の社長令嬢は賛成派か反対派か聞いたかね?」「クラスにB物産会長の娘がいただろう、彼女は?」「C国大使のご令嬢はなんておっしゃってるの?」「D流の家元のお嬢さんは賛成派?」「E国中央銀行総裁の娘さんはどちらの立場だね?」「F国王室皇太子妃はあなたと同意見なの?」「G国国教会の……」

 父兄達はお互いに、各国・各業界に名だたる名士・有力者達だったので、下手に自分の意見をもって娘達を諭したり、逆に肩入れしたりしては、すぐに学友の父兄達にも伝わってしまう、と、警戒していた。

 一体どこで、どんな対立を呼ぶかわからない。

 国際問題にも発展しかねない。

 巻き込まれては、たまらない!

 夜更けにかけて、源学院長家の家令かれいやエージェント、教職員達が各邸宅に直接参上して、緊急PTA会の知らせと参集要請の手紙を届けても、彼らの渋面は少しも変わらず、眉はいっそう険しくなっただけだった。

 申し合わせたわけでもないのに、その日、娘に意見を表明した保護者は、一人もいなかった。



「あなたのお宅もそうだったの?!」

「まぁ、そちら様も?!」

 翌朝、少女達は、顔を合わせるなり憤慨しあい、またも議論と興奮の渦が、学舎に巻き起こった。

 授業はいつもどおりに始まったが、みな、学院の東と西とで今日行われる緊急PTA会の行方が気にかかって、講義を聞くどころではない。

 源学院長は、巨大な銀幕とプロジェクターを持つ、東・西各苑の大シアターを会場に指定していた。西からは東の様子が、東からは西の映像が見られるように。

 なお、自らは、西苑の方に姿を現していた。

 が、西苑の大シアターの壇上で直立している学院長に、西苑苑長の老婦人が、鼻眼鏡に押し上げながら、

「どなたも、お越しになりませんわねぇ……。あと一分もすれば、開会時刻になるというのに……」

 西苑大シアターの客席、見渡す限りのビロード張りの椅子、椅子、椅子に、人影はなかった。

「東苑大シアターから連絡がありました。あちらも全て空席だそうですわ」

 そして、台車で押してきていた、ハガキ大の厚紙が大量に載った盆を、よいしょ、と源学院長の前の講演台に置く。

 重さに台が震えて、途中で喉を潤すための冠水瓶かんすいびんが、トトンと跳ねた。

「これは……」

「委任状だけは、出揃ってますの。きっちり、全父兄ぶんですわ」

 今回の臨時PTA会には直接出席できないが、会が当日採択した決議には必ず従うという、形どおりの委任状である。

――要するに……。

「逃げおったな?」

 普段は滅多に、父兄に対して不敬な言葉を使わない学院長が、このときばかりは、いまいましげに、つぶやいた。

 保護者たちが決定権を放棄したおかげで、共学化成否の帰趨は結局、在校生達の手に委ねられることになった。



「学院長はんも大変どすわ。一度反対派のご意見も聞くゆう態度をとってしまったがために」

 時刻は、あっという間に昼食後。

 親達が来なかった東苑・大シアターにて。

 今日は最初から制服姿だったリリーが、からからと笑う。

 巨大なシアターを、がやがやと埋め尽くしている、中等部と高等部の学院生達。

「最初にそれを迫ったのは誰よ、ねぇ」

「何ゆうてはるの、半分はアンタのためどすえ、アヤ?」

「え、私?」

 きょとんと、アヤは見返した。反対側の隣の席から、マーガレットがくすっと笑い、

「だって、来年度からならともかく、今からだなんて…… 響也様が卒業してしまうまで、綾がいたたまれないのではないかと思って。リリーも三年生だし、他のお姉様がたも卒業してしまうのですもの、その前の残り半年、楽しく過ごしたいとは、思いませんこと?」

「は、はっきり言い過ぎどすえ、マーガレット」

 苦笑しているリリー。

「でもね~、クラらんもね~、アヤちゃんの味方~」

 後ろの席からマーガレットに抱きついて甘えているクララが言うと、その横の沙記も、

「ボクもッスよ。綾様を振った奴なんか、同じ学院生として認められるもんかい!」

――な、なんか……

 こういう状況を、ダシにされてる、というのではないだろうか。

 綾が引きつっている間に、会場の照明は暗くなってきた。

「さて、結果はどう出ますかいな……」

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