第10話 決着を求めて

「とーにーかーくっっ!! 学校には一部の理もあらへん!!!」

 髪を振り立て、オーバーアクションも甚だしく叫ぶリリー。

 相手の、金髪をワンレングスボブにした日系のお姉様も、負けてはいなかった。

「どういう意味よ、学院が決めたことに逆らうって、あなた達の方がおかしいんじゃない?! 第一、私達東苑バドミントン部は、今まで他校の部活が終わる七時以降しかエスコート服の部員と合同練習できなくってちょー不便だったのがなくなるし、大会にも肩を並べて一緒に出られるしで、バンバンザイだわ!! 大歓迎だわ!! 他の運動部や、文化系でも吹奏楽部や合唱さんなんかも大賛成よ!! 学院の名前だってこれまで以上に高揚するっていうのに、反対なんて、バカってもんだわ!!」

「学校の決めたことやからーなんて、ムチャや、軟弱や!! カオルはん、あんたは想像もつかんやろけど、聖女館には、女子校やからゆーて選んで入ってきたお嬢はん達もけっこういらはるんやよ!! 別に男嫌いやら苦手やらのオクテはんやあらへん、フェミニズムの身勝手さが厭やっちゅう誇り高きおなごはん達どすえ!!」

「ハッ!! そーゆー理屈で、先に約束を破ったのは学校側だなんて言いたいの?!  滅茶苦茶低俗な言いがかりだわね!」



 この状況を見て、誰より驚いたのは、通りがかった源学院長だった。

 放送後、教職員への指示を出し終え、直訴の生徒を避けて隠れ回った末、やっと自宅へ帰っていこうと、スプリング・ヒル南の登り口にさしかかったところ。

 ひとめ見て、あんぐりと顎が落ちた。

 見渡す限り、まるで自分の帰路を塞ぐように群れ広がる、女生徒、女生徒、女生徒たち。

 白色、黒色、黄色人種。

 暗灰色あんかいしょく、灰色、黒、焦げ茶、鳶色、青、緑の瞳。

 黒髪、ブルネット、ブロンド、赤毛、アッシュブロンド。

 縮れ毛カーリーヘア、ウェービーヘア、ストレートヘア。

 ショートヘア、ロングヘア、セミロング、スーパーロング、結い方もさまざま。

 ありとあらゆる混血を含め、多様な人種・国籍の少女達が、夕映えで色に燃える空の下に勢揃いして、喧々囂々がくがくと口論にふけっている。それは、壮観、というより壮烈、想像を絶する眺めだった。

 しかも、彼の立場では、見て見ぬ振りで横を通り抜けるわけにいかない。

 一段高くを巡っていくアスファルトの道を過ぎ、本格的な登り坂へと折れる寸前になって、やっと声が出せるようになって、運転手に車を停めさせた。

 窪地を展望できる車寄せである。

 が、改めて少女達を見渡すと、源将権学院長は、蒼白になって固まってしまった。

 ちょうどそこへ、丘を降ってきた数台の車があった。

 沙記からマーガレットの伝言を受けて、スプリング・ヒル上の会見場所から降りてきた、東西両苑の生徒会役員たち。

 彼女たちも、森が切れた瞬間、眼下に広がっていた、八〇〇〇人超の少女達の群に圧倒され、それぞれ即座に車を停めさせて、出てきた。

 そして今、学院長と東苑生徒会長、西苑生徒会長の姿を斜面の上に見て、徐々に手前から静まっていく少女達。

 向けられる、一万六〇〇〇を超える瞳。

 激しい言い争いを続けていた、リリーと東苑の高等部部長会長が、同時に駆け出し、身軽に斜面を駆け上がっていった。

 少しでも自分達に有利な事情説明をしようと、西苑の部長会長も続く。

 しかし、上りつめたところで、学院長が惚けた様子で八〇〇〇人の生徒達を見渡しているのを見てとると、リリーが、

――これは好機や!!

 ニカッと笑って振り返った。

 自分のコンサート会場で観客を煽るときのように、奇声を張りあげた。

「みんなー……ッ!!! この学院が共学になるんのんに反対のお人ー!! 手ぇ上げて~~~ッッッッ!!!」

 と――。

 武道館くらいならマイクレスで一声を響かせ得るという、彼女の強靱な喉と肺、腹筋から発せられた声が、届いていく、その順に――。

 ザザザザザァッと、まるで波紋が広がるがごとく、半数近くの生徒の挙手が、うねるように起きあがっていった。

「イエーッッッ!!!」

 リリーが斜面のてっぺんで手を叩き、身を折って踊り狂う。

 手を挙げた生徒達も、どっと両手を打ち鳴らす。

 歓声や嬌声が、スプリング・ヒルの下の窪地に吹き荒れた。

「な、な、何ィ……?!」

 源学院長の頬が凍り付く。

 これほどの反対者がいるとは、まさか、思っていなかった。

 東苑・西苑の部長会長が、彼女の奇襲のような『攻撃』に舌打ちする中、リリーは、ふてぶてしい光を瞳に宿して振り返った。

「ゆーわけで、学院長先生。認めてもらわなあきまへんな。反対派も結構多勢ですのんや。部長会は高等部も中等部も東苑も西苑も概ね賛成らしいが、エスカドロン・ヴォランは全員一致団結して反対どすしな。――今日登校してへん生徒の皆はんにも、連絡とって確認済みどすえ。――東苑生徒会や西苑生徒会は、何も意見がまとまってへんようですが」

「リリー……。私達は共学化の成否を話し合っていた訳ではありませんわ。生徒達の擾乱をどのように沈め、まとめたらよいかという対策を話し合っていたのよ」

 ソフィー・ストリンドベルイが、ため息まじりに言う。が、リリーはどこ吹く風と、源学院長のこわばった顔を見据えて言った。

「さあ、どうしますのんや、学院長先生。これでも共学化、強行しますのんか……?」

「なんて失礼な口を聞くの!」

「無礼にもほどがあるわ!!」

 部長会長の二人が制しようとするが、それにもリリーは一瞥もくれない。

 源学院長は、しばらく、わなわなと震えて、リリーと、眼下の八〇〇〇の少女達の群を見較べていた。

 西苑生徒会長は、生徒ながら底知れぬ余裕を感じさせる笑みでその様を見つめ、東苑生徒会長は、楚々としたまなざしを不安げに向けている。

 学院長は、やがて、反対派の重圧に屈したかのように、がっくりと肩を落とした。

「PTA会を、召集しよう……。緊急に、諸君の父兄の総意を諮る」



「――おや」

 と、ノートパソコンのディスプレイを見ていた少年が、眉をひそめた。

 スプリング・ヒルの七合目近く、『聖女会館』のコロニアル風ホテルのような建物の奥。『課外研究特待学生会 会長室』――つまり、エスコート服隊長専用のサロンである。

 テーブルに着いている彼の声に、マントルピースに近いソファセットの方で脚を組み、楽譜スコアを片手にしていた眼鏡の少年が、

「なんだ?」

 視線はページに落としたまま、淡々とした口調で聞いた。

「いいやぁ、なんでもないさ」

 雅は、なにげなく笑って、監視カメラからの映像をハッキングしていたウィンドウを閉じた。音声を得るために繋いでいたイヤホンも、そっと外す。

――PTAだって? ちょっと予測がつかなくなってきたかな――





――

この物語はフィクションであり、実在の団体・個人・事件とは一切関係ありません

また、この物語は自殺・自傷を推奨するものではありません

――

お読みいただきありがとうございます。

これからも面白い物語にしていきます。ぜひブックマーク・応援・レビューをお願いします。作者のモチベーションに直結します。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る