第三章 エンプレス・タワー

第12話 生徒票の割れ方

 東苑と西苑の両生徒会長は、生徒達の間の決着をつけるよう、学院長から正式に依嘱された。よって、両会長は、選挙管理委員会に、季節はずれの仕事を授けた。

 投票所が設置され、各個人に投票券が配布される。投票所で投票権と交換に無記名の投票用紙が渡され、午前中一杯をかけて、中等部、高等部の全生徒達が賛成か反対かの投票を行った。

 これから、その結果が発表される。

「運命の分かれ道ですわね、アヤ?」

「えーあの、そんなことは……」

「うっそぉ、無理しないでアヤちぁぁん」

 舞台上には、スポットライトのみ。

 開会の辞や器楽演奏など、演出の類も一切ない。

 西アフリカ湾岸の都市出身の選挙管理委員長が、マイクを持って出てきて一礼し、

「落ち着いた態度で、速やかに投票を終えて下さった、全中等部・高等部の皆さまに感謝します。先ほど、開票が終わりましたので、東苑と西苑を合わせた投票結果を発表します。――こちらです」

 彼女の顔が、心なしか青ざめていたのは、気のせいだっただろうか。

 次の瞬間、明かりが消された場内。壇上に設置されていた電光掲示板に、賛成票・反対票の合計数がデジタルな数字でパッと灯った。

 賛成票――四、一六七。反対票――四、一六七。

「な、なんどす~?!」

 一瞬早く、立ち上がるリリー。追いかけてどっと、怒号と悲鳴。

「ヤラセですわ!!」「あり得ない!!」「エスカドの奴らの陰謀だ!!」「いったぁぃ!!」「何するのよおぅ!!」

 選挙管理委員は全て、脱兎と化していた。

 明かりが点いた階段状の観客席で、少女達は、ついに掴み合いを始めていた。

――あーららら……――

 思わず額に手をやる綾。騒ぎの中で、苦笑して綾と顔を見合わせているのは、マーガレットだけだった。沙記もクララも、勿論リリーも、乱闘をひたすら派手にすることに貢献していた。



 重々しく、深い声がつぶやいた。

「見苦しいな、全く」

 乱闘の模様の動画が流れるスクリーンから目を背けるように、回転椅子をくるりと回した一人の女生徒。女王然とした風格で、広々としたバンケットホールの面々を睥睨する。

 同じように上座についているのは、東苑高等部生徒会長、ソフィー・ストリンドベルイただ一人。

 あとの二五〇名余りの生徒は、縦に幾筋か並べられたダイニングテーブルに、居並んでいる。

 『聖女会館』主翼内の、優雅なパーティー用広間。

 ふだんは、日本の少年達にもローティーンの頃から才能を磨く機会と社交術を身につける機会を与えたいという、『課外研究特待生』制度の設立理念に沿って、月に一度催される夜会『課外研究特待生交流会』や、エスカドロン・ヴォラン独自の『特奨学生交流会』などに、使用されている。

 再現された東苑大シアターでの乱闘の映像に、ソフィーは、東苑籍の学院生達の長として、その白磁のような頬を羞恥に染めていた。

 西苑の大シアターでは、掴み合いに至る前に、西苑生徒会長が壇上に進み出て、大声一喝。女王然とした風格とその一喝の迫力で、混乱は最小限にとどまっていた。

 遠目に彼女の姿を望める、一番端のダイニングテーブルのやや後ろ寄りに設けられた自席で、綾はうつむいていた。

東方オリエントの光明〟、〝西苑を照らす巨星〟と謳われているという、西苑生徒会長。オーストリア出身の、西苑高等部三年生。

 大粒のアーモンド型の双眸、オーバル型の理想的な顔のラインをくっきりと際だたせるように、たっぷりとしたブロンドのストレートヘアを、秀でた額からオールバックにして背中へ流している美女。

 エマ・ヘルフェリッヒ……。

 自分は平気だと言い聞かせながらここへ来たはずなのに、やはり少し落ち着かず、なんとなく視線を散らしてしまう。

――私は、まだ、癒えてないのかしら……?

 エマは、一年半前まで、東苑に在籍していた。

 〝東方の光明〟と呼ばれているのは、彼女が、西苑にとって、本当に東方から来た生徒だからだろう。

 学院内で『転校』をした、珍しい生徒。

 才能溢れる彼女のことだから、エスカドロン・ヴォランのリリーやマーガレットから噂を聞かない以上、何か部活の方で華やかな活動をしているものだと思っていた。意外にも、生徒会役員になっていたとは……

――ううん、だから、私は知っていたはずだって……!

 混乱している自分を歯がゆく感じて、唇を噛む。

 いいや、会議に集中しなくては。

 ここには今、長い学院の歴史の中で初めて、ひとつの部屋に、東西両苑の学院生が参集、同席していた。

 高等部・中等部の生徒会役員、七名づつ。

 新聞・放送・図書館会の三大特殊委員会から各正・副委員長。

 合唱祭・球技大会・学園祭実行委員会から正・副会長。

 選挙管理委員会から正・副委員長。

 それに中・高等部に四十五ずつある部活動の正・副部長と、各クラスの正・副委員。

 綾の参加資格は、この最後のものである。

 この『聖女会館』の正式なあるじ、エスカドロン・ヴォランは、中等部一年から高等部二年まで五学年の各代表一人ずつと、三年生の隊長・リリーと副隊長、計七名の席が、綾と反対側の壁際に用意されていた。両苑生徒会長とは別の角度から、この会議の出席者達を見下ろす格好だ。

 エマとソフィーが召集した会議。

 エスカドロン・ヴォラン達六名の隣に、今日も既に学院へ着き、聖女会館の翼へ来ていたためオブザーバーとして招かれたエスコート服の隊長伊能雅、副隊長狭間響也も席を占めていた。

「断言しておくが、選挙管理委員会が不正を行った形跡はない。そして、そうした疑いが本気で取り沙汰されるような、このような混乱状態は、我が源聖女館国際学院にふさわしくない。よって、一日も早く決着をつけるべく、わたし達は諸君を召集した。いかにこの対立に決着をつけるか……意見を聞こう」

 平然と肘掛けに頬杖をつき、朗々と通る声で、エマ・ヘルフェリッヒは言った。議長も何も設けず、目的までの最短距離へ、皆を導こうとする。

「その前に、話がある!」

 威勢良く言って手を上げたのは、リリーだった。

「よかろう。エスカドロン・ヴォラン隊長、リリー・ラドラム」

 深く強い、綾があこがれた声。変わっていない。

「おおきにどす」

 咳払いをして、リリーが立ち上がった。

 綾はまた気が散っていた自分に気付いて、慌てて姿勢を正した。

「ええ、エスカドロン・ヴォランから、正式な意思表明をさせて頂きます。ええ、うちらは、生徒会や委員会、部長会のみなはんにはほんまに感謝しとる。学校の運営はまかせっきりちゅうか、しっかり留守居るすいをしとってもろうてて……、ええ、ぶっちゃけた話をしてまうと、うちらが学外で思う存分働いて帰ってこられるんも、こんな居心地がようて誇れる、なんやしっかりした家みたいなこの学校があるからや。この学院やからや。そやから、東苑にしても西苑にしても、生徒会さんを困らすようなことするんは、ほんまに、心苦しい。すまん、悲しい行いや、うちらにとっても。――けど、エスコート服が、このガッコの中に永住帰国するんは、いただけん。どうしても反対させて貰いますぅ、今回ばかりは。……いつもエスカドはこの学院の華として、学院のパンフレットやポスターやらパーティーのホステス役その他……、普段世話になっちゅう分、せめてもの恩返しやと思て務めさせて頂いてきましたけど…… 今回ばかりは、旗印はたじるしにも、イメージキャラクターにも、うちらは全員なれへん。協力できやしまへん」

 バンケットホールは、沈黙した。

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