第7話 伊能雅の暗躍

「エスカドロン・ヴォランの中の西苑の子達は、どんな様子?」

「東苑籍のエスカド――リリー隊長やマーガレット様達と変わりませんよ。反対意見っつーか。あ、同じっていえば、西苑の一般生徒も、東苑の一般生徒と同じような反応らしい。両方の意見がある。生徒会首脳陣も、おそらく似た反応をし合ってるんでしょう」

「なるほどね。ああでも、とりあえず、ソフィー様が動かれたのなら、今日、東苑高等部の評議会が召集されることはないでしょうね」

「はい。リリー隊長は、今、東苑・西苑両方の生徒会長に話をつけて、両首脳陣だけでなくエスカド首脳も含めた意見交換会をもとうとしているところで。……あ、もう実現している頃かも」

「エスカドの副隊長は、西苑の方でしたわね」

「ええ、決まりですから。隊長が東苑の年は、副隊長は西苑出身です。だから話は早かったッスよ」

「エスコート服の方々も、リリー達と、その会談に?」

「そこが、もめているとこなんですよ。前例がないから、奴らにどこまで参加させていいものか……、まだ五限で、自分のガッコにいる頃だから、来てるE服イーふくさん少なくていいけど。あ、響也隊長が、副隊長に降りたのはご存じですか?」

「――伊能雅って方に、会ったわ」

「そうそう。ヤツ、西苑生徒会にうまく取り入ったみたいで、庇護に回ったエマ会長が、E服もこの話し合いに参加する権利があるって言いだし――」

「……!」

 綾が硬直したのを見て、沙記はハッと口をつぐんだ。

「ちょっと待って、エマ様って……エマ・ヘルフェリッヒ……?」

 ごくりと、唾を呑む。

 しまった、という顔を、露骨にする沙記。

「あの方なの? 西苑の今の生徒会長様って……あ――?」

「うっわ、綾様、落ち着いて下さい!」

 沙記は軽くうろたえていた。綾の、宙に向かって見開いた目と、色を失った唇。

――いいえ、嘘よ、私は、知っていたはず……!

「ああ、そう――そうだった、わね?」

 軽い目眩が襲って、綾は自分が何を喋っているのかと思う。

――そうよ、私は……クラス委員で、評議会の活動をしていて、生徒会役員とも顔なじみ。――西苑生徒会長の名前くらい小耳に、いくらでも……。ああでも、心の何処かで、無味乾燥な記号として、知らない一個人の名として忘れようと、努めていた……?――

「だから? だからまさか、リリーやマーガレットはあんなに気を回して……?」

 沙記が、うううっリリー隊長におこられるーっと泣き顔になっていて、それが綾には、すべてを物語っていた。

「綾様、あの、綾様」

 おろおろする沙記の様子に、我に返る。顔を上げた。

「大丈夫、そんなに心配しないで、沙記」

「……すみません」

 その様子があまりに可哀相で、綾はため息をついた。

「いいえ、私の方こそごめんなさい」

――私、一体、まだ……?――

「信用して。――ね?」

 一瞬沸いた、自分への内なる疑念を押し隠し、にっこり微笑みかける。すると、沙記はやっと、泣き顔から半泣きぐらいに戻った。

「あの、綾様はどうお考えなんですか? 共学のこと」

「学院長先生から正式な発表でもないと。今は何とも言えないわ」

 なるべく毅然と見えるように、心がけて答える。

「あれ? でもボク聞いちゃいましたけど?」

「え?」

「今朝、高等部学舎の入り口前で……」

「きゃーーーーーーっっっつ!!」

 赤面して叫んでしまう、綾。

 と、そこへ、チャイムが鳴った。

 話し込んでいる間に五限終了のチャイムは鳴っていたから、それは六限開始の合図だった。

「ああ、綾様、授業に行かなくちゃいけませんね。ボクもスプリング・ヒルへ戻ります。何かあったときは呼んで下さい」

 沙記は自分のポケットから覗いている携帯をぽんと叩くと、引いてきていたバイクに跨った。

 カウル部分がごく少なくて、シンプルな印象の、黒と銀のトラディショナル・スタイルの単気筒。そう言われても綾にはよく分からないが、沙記は、メカが信頼できるんですよー、と言って、大事にしていた。

「あっと、リリー隊長から伝言です。一般生徒の様子を観察しといて、後で教えて欲しいって」

「ええ。夜にでも電話で話しましょって、伝えて。それと……ご苦労様、沙記」

 綾が言うと、沙記は破顔して、

「いいなぁ、ボクも綾様と深夜の長電話したいッスよ」

 綾がぽかんと見守る中、ヘルメットを付け、じゃ、と片手をあげると、バイクをスタートする。行ってしまう。

 見送ってから、ややして、ぽりぽりと頭をかく、綾。

「うーん、さわやかに口説かれてしまったわ……」

 苦笑して、きびすを返す。

――大丈夫、あれはとっくに過去のこと。そのはずなんだから……――

 一年以上前の、胸の痛みが蘇って、綾は再び手首の内側を見てしまう。

 何故そうなったのか、既に自分でも想いの及ばない……

――いいえ、考えるのは、今は、よそう。リリーもマーガレットも、あの前後の私を見てるだけに、心配している――。



 源聖女会館学院中央部、スプリング・ヒルの南斜面中腹。

 源聖女館学院・総学院長の私邸――ジョージ王朝時代風の館。

 窓から林の木々の滴るような緑が眺められる、クーラーの利いた二階の書斎。マホガニーのデスクの上で、肘をついた両手に顔を埋め、深く思考に沈み込んでいる初老の男がいた。

 源聖女館国際学院の現在の総学院長、みなもと将権まさのり

 今回の共学化計画に関しては、実は、彼自身も相当思い悩んでいた。

「や。ご機嫌いかがです?」

 そこへ、勝手知ったる様子で入ってきたのは、伊能雅。

 源将権は答えず、渋面を作った。

「ああ、嫌われてるなぁ僕ったら」

 色白の美少年は、人好きのしそうな笑顔でさわやかに言いつつ、親子ほども年の違う男に、気安く近付いた。

「ご決断に感謝します。今日はそれを直接申し上げに来たんです。あとは坂道を一直線、大船に乗った気でいて下さいねって」

「君は……一体…… 何が目的で、動いているのかね」

「いや別に。単なる完全な私利私欲ですよ? ご恩を受けた身なのに、脅すような真似をして悪いなとは思ってますけど――。源聖女館国際学院・総学院長? たまたま調べたら、名士中の名士と言われるあなたから、ホコリがぽろぽろいろいろ出てきただけで――。とはいえ、こんなに簡単に誘いに乗って下さるとは、少々意外でしたけど」

「事実として、以前から、課外研究特待生制度へのバッシングには閉口していたものでね。しかし……」

「これは僕が、あなたの背負っている重荷から、開放してさしあげる試みでもある、と申し上げたことですか? だってあなたは……彼女の健全な精神をこの先一生まで損なってしまったのではないかと、自責していらっしゃる」

「君が、一体、どうやって肩代わりできる」

「できますとも」

「その報酬として、共学化を計れ、と……」

「いえ、その方法論として、共学化が、必要なんですってば。――お分かり頂けましたか?」

 雅は、にっこりと笑った。

「分からんよ……」

 学院長は、頭を抱える。

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