44話 親バレ3

 昔の写真を見ながら懐かしそうに父親は語りだした。

 「母さんと結婚してまもなくだな。ちょうどバブルが弾けて数年、段々と不況になってきていたんだ」

 よく聞く話だ。就職難と言われた俺たちの世代も大概だがバブル経済が弾けた直後も酷かったと聞く。

 「ずっと夢だった仕事だからな。仕事は少ないながらも楽しくやっていたんだが不況になってな、生活が安定しなくなってきたころだ。蓄えも少しはあったし住んでいたアパートからマンションに引っ越そうという話になったんだ」

 結婚して生活環境が変化したことでもう少し広い家に引っ越そうと考えたのだろう。

 「だが、そこで現実を思い知らされた。収入の安定しない俺はローンが組めなかった。今ではタレントやスタントの仕事をしている人でも金額によっては問題無いだろうが昔は駄目だった。俺はそれに愕然としたよ」

 「そんなに収入が安定しなかったの?」

 「個人的にはそんなことは無いと思っていた。だが、身体を張る仕事柄働ける年齢にも限界がある。そのことを突っ込まれてな。審査は通らなかった。それからだ現実に目を向け今の職業に就いたのは」

 「俺が生まれたからか」

 両親が広い家にわざわざ引っ越そうと考えたのは俺が生まれたからだろう。

 「それは関係ない。遅かれ早かれ気づかされていたことだ」

 「そ、そう」

 「何が言いたいかというとだな。世間は意外と冷たいということだ。夢を追っているといえば聞こえはいいが安定した生活が送れるかは別の話だ」

 一応社会人を経験している俺もこの意見には賛成だ。

 最近はローンを組むようなことはしていないが社会的地位があるわけでもないし、書類などに職業を書くときはいつも悩んでしまう。配信者なんて書いても信用してもらえないだろう。

 「だからこそお前たちには大学まで行かせたし、就職を勧めている」

 俺はともかくまさに進路について話している千鶴には厳しい話になったのでは無いだろうか、と隣を見てみるとまったく響いていない顔で「ふーん」と話を聞いていた。

 「パパの言いたいことは分かるけどさ、それって自分はやりたいことやった上でその決断が出来たってことじゃん。だったら私にもその権利はあると思うんだけど」

 「別に強制するつもりはない。お前がリアルに現実を見れていないと思ったから俺の経験を話したまでだ」

 「だったら同じことにはならないよ。だって時代が違うし」

 千鶴はまったく聞く耳を持つ気がないようだ。

 だが、俺は親父の話を聞いて正直自分が簡単に会社を辞めてしまったことに少なからず後悔をしてしまった。

 考えてみれば大学まで奨学金も使わずに出してくれたことはとても凄いことだった。

 就職して気づいたが新卒で就職しても意外と給料は少なかった。引かれ物が無くなってしまえば手元に残るお金は微々たるものだ。それを貯金しよう物ならいよいよ遊ぶお金はほとんど無くなってしまう。

 そんな状況の中で結婚などしようものなら生活がカツカツになることは目に見えている。

 これは実際に就職して数年過ごしたからこそ父親と共感できることだった。

 「千鶴。その言い方は無いぞ。親父はお前のことを心配して言ってるんだから」

 「それは分かってるけど~」

 「それに俺のマネージャーをするとはいっても決めるのはお前じゃなくて俺だ」

 「は? なにそれ」

 「これまでは学生だからやってもらっていたが正式にとなるとさすがに考えるぞ」

 「でも兄貴だけじゃ〈にゃん太〉先生とまともにコミュニケーションとれないじゃん」

 一番言われたく無いことを言われてしまったがそれはそれだ。

 「……これまでも何とかなってきたし大丈夫だ」

 「それに、”たまも”へのカモフラージュは? 私居なかったらどうすんの?」

 「……まぁそれもおいおい考えるさ」

 そろそろ苦しくなってきた。

 考えてみれば俺、コイツに助けられすぎじゃね?

 「ふーん、さすがに無理じゃね? こんなの出来る人そうそういないっしょ」

 俺が言葉に詰まっていると親父が深くため息をついた。

 「お前達がどういう状況なのか大体分かった。条件を付けよう。1年だ、それまでに千鶴が稼いだ金で大学で掛かった授業料を払え」

 そういうといくつかの書類を取り出し机に並べた。

 その額はおよそ400万円だった。

 「お前がそれだけの仕事が出来るのであれば俺からいうことは何もない」

 「いいよ! 全然余裕だし」

 「おいおい、さすがにきついだろ400万だぞ」

 「考えはあるし、大丈夫!」

 そんなこんなで不安は一杯だが何とか話はまとまったようだった。

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