第30話 擬装配信

 サウンドクリエイターの大村 秀に”なな”の声を作ってもらい数週間後。

 千鶴は毎日のように練習を繰り返し話し方も声も違和感なく演技できるようになっていた。

 そこで今日は思い切って配信に声を乗せて見ようということとなった。

 段取りはゲーム実況の配信はいつも通り俺が行い、スパチャ読みを千鶴が行う。ただのスパチャ読みだがそこは腐ってもVtuber、コメントの間で軽い雑談や今日の感想などを織り交ぜながらリスナーを楽しませなければならない。

 「めっちゃ緊張すんだけど~」

 俺の部屋に来てからずっとそわそわしたようにスマホを指で叩いている。

 「そんなに緊張してちゃまともに喋れないぞ、リラックスしろとは言わないがもうちょい落ち着け」

 そんな風に言う俺をキッと見上げて

 「は? 無理に決まってんじゃん! 何人見てると思ってんの?」

 普段の傾向だとスパチャ読みまで見てくれてるリスナーは大体2500〜3000人.、ピークほどではないがそれなりの人数が見ている。

 「言いたいことは分かるけど多少頭のねじを緩めないと病むぞ」

 「う~、そうなんだけどそんなすぐに切り替わるわけないじゃん!」

 「だからこうやって練習するんだろ?」

 「あ~! もう! 兄貴と話しててもしょうがないわ! 〈にゃん太〉先生にラインでもしてみよ!」

 「あんまし迷惑かけんなよ~」

 千鶴は部屋から出てリビングの方へと向かっていった。

 めっちゃ緊張していたが配信はまだ始まってすらいない、だから千鶴の出番は少なくとも後1時間後だ。俺の配信もちゃんと見ててくれないと困るんだが大丈夫だろうか、と俺の方が心配になってしまう。

 「まぁ俺はとりあえず配信の準備するか……」

 


                   〇〇〇


 「みんな今日も見てくれてありがと~! 良かったらチャンネル登録と高評価よろしくね~!」

 「それじゃ乙なな~!」

 いったんEDを流す。

 約2時間ほどで本編の配信が終了した。

 これからは今日の分のスパチャ読みだ。

 今日送られてきたスパチャは大体10万円分ほど、数にして50人前後だった。不幸中の幸いかスパチャの数はいつもより少な目だ。多い時だと20万円を軽く超えてくる日もある。その時は送ってくれている人数も7,80人位いたりして名前を読み上げるだけど本編と同じくらいの時間がかかってしまう。

 俺の隣でスタンバっていた千鶴に席をゆずる。

 緊張した面持ちでマイクのスイッチを入れる。唇が少し震えて緊張を紛らわすためか机に置いた水を一気に煽った。

 やがてEDが終わりスパチャ読みが始まった。

 「は~い! みんなお疲れ~今日も楽しかったね~」

 出だしは完璧だった。

 今のは俺もよく使う入り方で結構脳死で言ってしまう。

 「それじゃあスパチャ読みやっていくよ~」

 「〇〇さん、ありがとう」

 「〇〇さん、いつもありがとう!」

 「〇〇さん、たくさんありがとね。だいじに使います」

     :

     :

     :

 さっきまでガンガンに緊張してたとは思えないほど問題なく進んでいく。

 間で今日の感想なんかもちゃんと挟みながら軽快にトークをしていくコメントも穏やかなもので中身が変わってるとは誰も気づいて無さそうだ。

 さすがだな、これなら本番も大丈夫そうだ。

 いつも見てるだけあってかなりの完成度で仕上げてきた千鶴にただただ戦慄するしかなかった。

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