第29話 サウンドクリエイター

 〈子月 なな〉の声を作るため康介の知り合いのサウンドクリエイターを紹介しても らうこととなり数日。

 準備が出来たとのことなので俺と千鶴は都内のスタジオに来ていた。

 駅近くにあるどこにでもありそうな雑居ビルだが中は配信や音楽のレコーディングなどを行う専門の機械が置かれ、一歩中に入ると日常とは違った空気感が漂う。

 「スタジオとか初めてなんだけど、ちょっとアガるわ」

 「俺も初めてだわ」 

 普段自分の部屋以外で配信をすることがないので、こういうちゃんとした設備の整ったスタジオなどを利用する機会はこれまで無かった。

 「ここで康介兄ちゃんとも待ち合わせだっけ?」

 「もうスタジオ入ってるみたいだぞ」

 スマホを確認すると既に中で準備をして待っているとのことだった。

 「マジ? 待たせたら悪いし早く行こ」

 「だな」

 緊張もそこそこに俺たちは目的の部屋を目指して歩き出した。


                〇〇〇


 部屋の前に到着するとドアに『子月 なな様』と張り紙がされてあった。

 「ここだな」

 部屋に入ると入り口付近のパイプ椅子に康介が座っていた。

 「あっ、来たね。おつかれ」

 「おう、すまん遅くなった」

 「お疲れさまで~す」

 俺に続いて千鶴が入室する。

 入口に俺と千鶴、康介が集まる。その奥で大小様々なつまみのある機械の前でヘッドホンをして機材をいじっている男がいた。ヘッドホンをしている為まだこちらには気づいていないようだ。

 「あの人が?」 

 「そうだよ。サウンドクリエイターの大村 秀さん」

 そう紹介し、大村さんの肩をトントンと叩く。

 そこで初めて俺たちの存在に気づいたようで

 「あ、もう来たんスね。初めまして大村 秀っス!」

 ヘッドホンを首にかけて握手してくる。

 明るく染めた前髪をカチューシャで上げ、人の良さそうな笑みを浮かべている。一見チャラい印象を受ける。

 「佐藤 和樹です。よろしくお願いします」

 「妹の千鶴です」

 笑顔にあいさつをした後、秀は康介を見て

 「康さんが女の子紹介してくれるなんて珍しいスね!」

 「別に紹介しに来たわけじゃないよ。仕事だし」

 どうやらイメージ通りの人っぽい。

 「で、お兄さんの方が〈子月 なな〉っスよね? なるほど地声からちょい高めなんスね~」

 「康介から聞いてたんですか?」

 「あ、敬語じゃなくていいっスよ。自分全然年下なんで、それに敬語苦手なんでタメで行きましょう」

 「お、おう」

 距離の詰め方が尋常じゃない感じがする。リア充の雰囲気だ。

 「康さんから聞いてたわけじゃないっスよ。”なな”の配信は自分も好きなんでよく見てるんスけど音で分かったッスね」

 「そういうの分かるもんなのか?」

 「結構わかるっスね。意外といますよバ美肉してる人。有名どころだと~」

 「あ、いや聞きたくないな。イメージ壊したく無いし」

 「そうっスか? じゃあ辞めときます」

 以前康介が知り合いのサウンドクリエイターが気づいていると言っていたが分かる人には分かるものらしい。

 「で今回は千鶴さんの声で”なな”の声を作るってことでいいんスよね?」

 「そうだね、事情はこの間説明した通りで」

 このあたりの事情は康介が事前に説明してくれていたらしい。おかげでスムーズに作業に移行できた。

 事前に機材の設置はしてくれていたらしく後は千鶴が声を吹き込むだけとなっていた。

 「じゃあこのマイクで声入れてみてほしいっス。まずはあいさつからっスね」

 「了解です」

 「それじゃあ行きますよ~3,2,1」

 

 『こんなな~!』

 

 千鶴が吹き込んだ声を録音してPCで音を再生させる。スピーカーからも音が聞こえるが秀は自前のヘッドホンを繋いで集中した様子で機材をいじっている。

 「秀はこんな感じだけどいい仕事するから期待していいと思うよ」 

 「もう俺には何してんのか全然分かんないしな~、全面的にお願いするわ」

 しばらく色々いじった後秀はヘッドホンを外し。

 「出来ましたよ~」

 そういって音を再生させる

 『こんなな~!』

 完璧に”なな”の声が再現されてスピーカーから再生される。

 「もうできたのか! すごいな」

 「そんなことないっスよ~これぐらいなら余裕っス!」 

 「いやいや、これマジで私!?」

 千鶴も自分の声が”なな”の声に変わったことにめちゃ驚いている。

 「まだあいさつだけっすけど色々他の声もサンプリング取りたいんで声もらってもいいっスか?」

 「! 大丈夫です!」

 そういうと秀が用意してくれていたセリフリストを渡されて次々と声を取っていく。

 3,4時間程作業をし、予定していた工程が全て終わった。

 「一応これで終わりっスね。家ではこの機材で設定も書いてあるんで分かんなかったらまた連絡下さい」

 そういって機材とメモを渡してくれた。

 この数時間で千鶴の声は完璧に”なな”の声になっていた。機材の設定も細かく書いてくれているので家でも何とかなりそうだ。

 「ありがとう! これで何とかなりそうだ。助かった」

 「いえいえ、ただもうちょい練習しないと配信では怖いんで声出しの練習してくださいね」

 「分かりました!」 

 千鶴の地声で”なな”の声が出せるわけではなく少し高めの声を意識して出さないといけない。なので気を抜いてしまうと機材の設定と合わずにすぐに変なノイズが乗ってしまう。なので意識しなくても高めの声が出せるように練習をしなければならない。

 だがそれを差し引いても秀はいい仕事をしてくれた。誰が聞いても〈子月 なな〉そのものだった。

 これで”たまも”とのコラボもなんとか乗り切れそうだ。

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