第28話 擬装3

 〈子月 なな〉擬装化プロジェクトから1週間が経過した。

 最初は声真似どころかキャラすらブレブレだった千鶴も今ではすっかり〈子月 なな〉になりきれていた。

 「こんなな~! みんな元気にしてた~? 今日はガチャ配信やっちゃうよ~」

 指導の甲斐あり昨日の配信も既に完コピだ。

 「いい感じだな。これなら大丈夫そうだ」

 「マジ? よっしゃ! これで解放される~」

 この1週間”なな”の配信を穴が開くほど視聴しまくりの日々だった。

 楽しむために見るのではなく研究の為に見ているため同じところを何度もリピートしたり自分で復唱しながらの視聴の為完全に娯楽から勉学になっていた。

 あれだけ〈子月 なな〉推しを豪語していたはずなのに最近では若干ノイローゼ気味になっている。

 「何言ってんだ。まだキャラが固まっただけだぞ。声とかも作っていかなきゃならないだろ」

 それを聞いた瞬間千鶴の目からハイライトが消えた。

 「それ言うなし、分かってたし、知ってたし、別に言わなくても良くない?」

 「お、おう。すまん」

 この1週間は千鶴にとって俺が思っている以上に辛かったのかもしれない。

 「まぁ次は康介の知り合いのサウンドクリエイターが手伝ってくれるって話だからキャラづくりよりかは楽なはずだ」

 「サウンドクリエイター?」

 「あぁ、康介に相談したら知り合いのサウンドクリエイターに手伝ってもらえるように頼んでみるって」

 「身バレは大丈夫なの?」

 「なんかその人”なな”の声聞いただけでバ美肉してるのに気が付いたらしいんだよ。特に言いふらしたりする気は無いらしいから安心していいって康介が言ってた」

 世の中には凄い人がいるもので声を聞いただけで元の声がどんな感じだったのか想像できてしまうらしい。バ美肉勢には天敵みたいな人種だ。

 「ふーん」

 「てことで俺の方でいくつかボイチェン買ったりしてるからアドバイスもらいながら声づくりが次のステップだな」

 「りょ~」

 分かりやすくうなだれながら両手をだらんと垂らす。

 「てか私が”なな”の声出せるようになったら兄貴いらなくね?」

 「お前、俺がうすうす感じてたことを言うなよ」

 そうなのだ。実際千鶴が”なな”の声を出せるようになれば俺の存在意義はなくなる。わざわざリスクを犯してバ美肉する必要は無い。

 「まぁ出来ても私には無理だけどね」

 「? なんで?」

 「あくまで1リスナーなのがいいんじゃん! その辺分かんないかな~」

 「そういうもんか?」

 「まぁ今回限りだね」 

 「助かります……」

 俺としても仕事が守られてありがたい限りだ。いまさら普通の社会人に成れるとも思わんし……。

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