追悼12 馬鹿につける薬はないー影狼の法廷・触法少年

 朴の車に同乗していたのは、朝毎興業の社長の長男である根岸修斗だった。桜子を倉庫に確保したのち、修斗はタバコを買ってくると部屋を出た。桜子は朴に事情を説明するが興奮し、運の悪いことに常飲していた安定剤の効き目が切れ、錯乱状態となった。わめきながら暴れ始め桜子に朴は、焦った。その時、修斗が机に置いていった催眠ガススプレーが目に入った。朴は、咄嗟にスプレーを手にして桜子に目一杯掛けた。桜子は藻掻きながら倒れ込むと動かなくなった。朴は、呆然と立ち尽くしていた。そこへ、修斗が帰ってきた。


 「あれ?どうしたの、やっちゃった」

 「違う、違う。暴れだしたから、このスプレーで…」

 「えっ、これ、使ちゃったの?」

 「あ…あ」


 修斗は根っからの悪だった。悪知恵を取り除けば狂暴しか残らない男だった。修斗にある案が浮かんだ。神妙な振りをして桜子に近づき、脈を取ると気絶している桜子の首を左右に動かして見せた。


 「あれ?やっちゃったみたいだねぇ」

 「いや…、これ、催眠ガスだろ?」

 「言ったじゃない、ロシア製だって」

 「それが?」

 「連続して使えば毒性があるんだ、時には死ぬ、それがこれだ」

 「いやいやいや…」

 「どうする、これから」

 「どうするって…」

 「河野さんに連絡してみるわ。あっ、絶対、触るな指紋が残るからな」


 修斗は、朴から離れ部屋を出て河野に電話した。


 「あっ、河野さん」

 「どうした、桜子に何かあったか?」

 「鋭いですねぇ、朴がやっちゃったみたいで」

 「殺したのか?」

 「本当は催眠ガスで寝てるだけですが、死んだと思い込ませまただけだけどねぇ」

 「流石、修斗君、悪知恵だけは働くな」

 「馬鹿にしてる?」

 「いや、褒めている、よくやった」

 「褒めれちゃった」

 「じゃ、荷物はそのまま保存しておいてくれ」

 「保存?」

 「ああ、保存だ。マスゴミやPTAや第三者委員会が騒ぎ始めていてね、いま、桜子に訴えるとかしゃべられると不味いんでね」

 「わかった、保存だね」

 「宜しくな」

 「OK~」

 「あっ、お願いがあります」

 「何かね?」


 修斗は河野に自分の考えを伝え、電話を終えて部屋に戻ると朴は椅子に座り、頭を抱えていた。それを見た修斗はしめしめと朴に分からないように笑みを浮かべた。


 「朴さん、殺人犯だね」

 「いや、俺はやってない、やってない」

 「でも、ほら」


と、桜子の頬を軽く叩いて動かないのを確認すると、修斗は、猟奇的な行動に出た。朴が護身用に持っていたプラズマライターを取り上げ、桜子のズボンを降ろし、下着の脇から、ライターの先端を膣内に入れ、スパークさせた。これで、修斗の計画は、揺るぎないものになった。そして、修斗は朴にこう言った。

 

 「ほら、動かないでしょ」

 「ああ、どうすればいい、どうしたらいい、ああああ」

 「俺に任せてくれる」

 「いいのか?」

 「いいよ」

 「あああ、助かる」

 「じゃ、明日、逃走資金と口止め料として一千万円を用意させるわ。その金で犯罪者引き渡し条約がない缶酷に渡り、二度と戻ってこないことだ。戻ってくれば、死刑だろうね」

 「死刑?そんな」

 「親父の関係者は警察にも及ぶんだよ、でっち上げてお終いにできる。逆に罪を犯しても俺がこうしていられるのも親父のお陰だからね」

 「そんなぁ…」

 「どうする、俺、どうでもいいんだけど」

 「わかった、言う通りにする」

 「あっ、そう。じゃ、俺に従うってことね」

 「ああ」

 「じゃ、朴さんを助ける代わりにそのジュポンライター、俺にくれる。俺、気に入っているんだ」

 「これか?ああ、やるよ、こんなもので良かったら」

 「サンキュ。じゃ、河野さんが保管じゃなく保存して於けて言ってたから」

 「保存?」


 ふたりの目に冷蔵室が目に入った。その倉庫は、今は使われていないが、元は冷凍・冷蔵庫を備える食品倉庫だった。


 「保存だから、ここを使えってことじゃねぇ」

 「えっ」


 朴は不安に思ったが、下手に意見すればすぐに切れる優斗の機嫌を損ねて、逃亡計画は水の泡と消えてしまう。逆らう勇気などなかった。ふたりは桜子を冷蔵・冷凍庫に運び込んだ。


 「温度?ああ、親父が言ってなぁ、美味しく食べるには外気と同じにしろって。外気ってなんだ?」

 「ああ、外気なら今、-17℃だ」

 「じゃ、-17℃に設定してと」


 朴は、-17℃で人間を冷凍すればどうなるかは容易に想像できた。朴の頭の中には寧ろ、死亡推定時間を操作できると考え、逆らうことなく見過ごした。


 「これで、食べたいときにチンすればいいさ」


 朴は思っていた。こいつは本当の馬鹿だ、と。馬鹿に逆らうのは百害あって一利なし、どうせ、明日になれば国外逃亡できるのだから、と関わらないことにした。 

 朴浩二は身分を証明するものとして、運転免許証とパスポートを常に持ち歩いていた。翌日、金を受け取るとすぐさま札幌に向かい空路で釜山へと向かった。

 河野新次郎は、朴の出国を確認すると根岸修斗に連絡を入れた。




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