追悼11 失踪ー影狼の法廷・触法少年

 朴浩二は、見事に桜子に接近した。四方山話に相談事、将来のことは、出来るだけ話題を変え、誤魔化していた。桜子が引越て約一年半程経った頃から、桜子の将来への不安が沸点を迎え始めていた。出席日数から定時制高校の進学、大学検定…、桜子にとっては、想像もできない世界と不安で情緒の起伏の乱れが謙虚になっていた。「死ぬ、死ぬ」とか「なぜ、私だけが」とか、イジメていた者への恨みなどが発作的に出るようになっていた。

 母・静江は、桜子のことを思い、出来るだけ、存在感を示す程度にし、見守るしかなかった。桜子の部屋のドア越しに時折、耳にする「ゴメン、ゴメン」は、桜子の事を思って相談に乗ってくれる者への謝罪だった。事情を知らない静江は、不安を募らせていた。神経が過敏に反応するようになっていた桜子は、静江の何気ない言葉の音調を察知し、迷惑を掛けている自分の存在が疎ましく思え始め、母を追い込む自分に耐えられなくなっていた。


 河野新次郎は、朴浩二からの報告を仁支川紘一元旭川市長に懸念として伝えた。


 「ご報告が」

 「何だ?」

 「例の件ですが、事態が悪化しているようで」

 「折角、忘れられているというのに。まさか、自殺でもするのか?」

 「その懸念も」

 「それは不味いな、いよいよと言う時にまた、騒がれては元もこうもない」

 「取り敢えず、対象者を隔離するべきかと」

 「隔離か…、それではまたあの母親が騒ぐのでは」

 「しかし、遅かれ早かれ、最悪な事に。ここは、荷物を監視下に置き、落ち着かせるべきかと」

 「うん、では、支持者に相談し、隠れ家を用意しよう」

 「それが宜しいかと。あとは、事の成り行きを見て考えましょう」

 「そうするか」


 「お母さん、死にたい。ゴメン、ゴメン」は、武漢ウイルスの影響でテナントが出て行った支持者所有の倉庫の貸与を得た。隠れ家を手に入れた河野新次郎は、桜子確保に動いた。


 「桜子の心配事は分かるよ、お母さんに心配かけたくないよね」

 「はい」

 「なら、隠れ家を用意するよ、と言っても使われていない倉庫だけど。それでいい」

 「はい」

 「なら、家を出る気になれば連絡をくれるかい、車で向かへに行くよ。後の事はこちらで面倒を見るから安心して家をでればいい」

 「はい」


 それから暫くして、母・静江が娘にドア越しに優しく話しかけた。母・静江は勤務場所から急な呼び出しを受けた。


 「帰ったら焼き肉、食べに行く?」

 「う~ん、お弁当を買ってきて」

 「わかった」

 「気を付けて」


 母を見送った桜子は、秘密の携帯電話で若者に成りすました朴と連絡を取った。朴は見た目では少し老けた大学生に見えた。桜子から連絡を受けた朴は、家を飛び出してきた桜子を車で迎えに行った。桜子が助手席に座ろうとすると朴は、後部座席を指示した。そこには見知らぬ大学生位の若さの男がいた。


 「どうぞ、どうぞ。たまたま彼とドライブ中だったんだ」


 桜子は初対面の男に警戒心を滲ませていたが、半ば強引に車の中へ招きこまれた。


 「初めて、だよね」


 桜子は、ぺこりと挨拶した。男は笑顔で接していた。


 「はい、こんにちは~」


 男はそう言うと桜子の口元に向けてスプレーを放射した。ぐったり意識を失う桜子。それを見て朴は驚いた。


 「何をした」

 「催眠ガスだよ、心配しないで」

 「よくそんなものを持っているな」

 「これ、ロシア製なの。ロシアのものなら何でも手に入るよ、拳銃も薬も、売春婦もね」

 「で、どうするんだ?」

 「取り敢えず、倉庫に向かって」


 男は、ある人物に電話を掛けた。


 「荷物は受け取りました、で、どうします」

 「取り敢えず、倉庫に保管しろ」

 「分かりました」


 母・静江が職場から受けた電話は、仁支川紘一旭川市長の秘書・河野新次郎が人脈を活かして行った事だった。朴はその計画通りに動いたのに過ぎなかった。桜子が朴が近くに居ることの可笑しさを探る余裕や思考能力は、その時にはなかった。朴は


 帰宅して桜子の姿が見えないことに危険性を感じ、すぐさま警察に捜索願をいれたが、桜子の行くへは掴めないでいた。実はその際、警察の上層部に地域の有権者や仁支川紘一元旭川市長を政界に送り込もうと画策する立心共同党の国政議員からの圧力がかかり、捜索には積極的になるなとの忖度支持が出されていた。その甲斐あって、反日・反政府党の企業の意志を汲み取り、マスゴミももう終わった話と取り上げることをしなかった。一部では、桜子が病を苦に将来のこと思い詰めてのことであり、その原因がイジメである事には全く触れずにいた。そこには、今後、何があってもそれは桜子自身の問題であり、他にはないことを敢えて強調する意図が垣間見えていた。

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