第16話 新天地とお届け物と探索者



「ここがダンジョン都市〝ドーマ〟かぁ……!」


「そうですわ! 我がアルチェマイド侯爵領で唯一のダンジョンを有する都市にして、流通の要衝でもありますの!」


「領都とはまた違った活気があるな。だが、嫌いじゃないぜ」


「ぱんだぁ〜っ♡」



 アルチェマイド侯爵家の本拠地であるメリクフォレスを旅立ってから六日。瑠夏達一行はついに次の都市へと辿り着いた。


 都市の入場門で侯爵から渡された通行証を提示し、さらには領主の娘本人が同行していたことでひと騒ぎ起きはしたが、なんとか街へと入場できた一行は、今は街を見て回っているところだ。



「いかにも冒険者って人がたくさん……!」



 洗練された都市であった領都メリクフォレスとは違い雑多な印象のドーマの街は、大剣を背負った者や弓を肩に掛けている者、何かのかわでできている鎧を身に付けた者などが通りを闊歩し、まさに〝冒険者の街〟といった風情であった。



「そんじゃあまずは冒険者……この世界では探索者だったか。探索者組合の支部長にお届け物だな。そしたら今日の宿を探すか」


「そうだね。セビーネ侯爵さまからのお手紙だから、早めに渡してあげないとね」


「お手数お掛けしますわ」


「ぱんだぁ〜♪」



 パンダ車の御者席に並ぶ三人娘と、ダディが喋りながら街を進む。

 道行く〝探索者〟達はダディの珍しい風貌にチラチラと物珍しげな視線を投げるが、首に巻かれた〝従魔の首輪〟を見ると納得したように日常へと帰っていく。


 そんな探索者達が行き交う街並みを、瑠夏達はゆっくりと進んで行った。





 ◇





「待たせちまってすまないねぇ。それから、カレンディアお嬢様は久しぶりだね。すっかりレディになっちまって……」


「ご無沙汰しておりますわ、アリス・ブロッサム支部長様。いえ……アリス先生」


「よしとくれよ。あたしゃチビの頃のアンタに魔法制御の基礎を教えただけなんだからさ。その後はセビーネのヤツが連れて来た家庭教師に教わったんだろ?」


「それは……そうですけど……」



 セビーネ侯爵から預かった手紙を届けるため、ドーマの街にある組合の建物へと来た瑠夏達。

 応接室で待たされていた一行の前に現れたのは、歳の頃は三十代半ばから後半だろうか。軍服のような衣服を着こなした、美しい赤い短髪の女性であった。


 アリス・ブロッサムと呼ばれたその女性は瑠夏達の対面のソファに腰を下ろすと、興味深げな瞳で一行を眺める。



「侯爵家のご令嬢に、珍しい黒髪黒目のお嬢さん、それに見たことのない従魔ねぇ。また変わったお客さんに呼び出されたモンだねぇ。それで? 用事ってのは何だい?」


「はい。お父様……いえ、セビーネ・フォン・アルチェマイド侯爵閣下より、ドーマ探索者組合支部長アリス・ブロッサム殿へ、書状をお預かりしております。おあらため下さい」


「……承ります」



 さすがは侯爵令嬢といったところか。堂に入ったそのやり取りを眺め、感嘆の息を吐く瑠夏。ちなみにダディは、応接室の片隅でルナをお腹に乗せて寝かし付けていた。


 侯爵からの手紙を受け取り封蝋を切ったアリス支部長は、挨拶をした時の気軽さなど微塵も感じさせない真剣な表情で黙読すると、ゆっくりと応接テーブルにその手紙を置いた。



「……まず一つずつ確認させておくれ。黒髪のお嬢さん、アンタが〝ルカ・トウジョウ〟で間違いないね?」


「うぇ!? は、はい! 東条とうじょう瑠夏るかです!」



 アリスからの急な質問に慌てて返事を返す瑠夏。その後も手紙の内容を確認するような質問が続き、アリスという女性は深々と溜息を吐いた。



披露会デビュタント帰りに統率された魔物の襲撃。さらに次の日には誘拐。そしてそのいずれをもルカお嬢さん、アンタみたいな少女が救ったってのは……にわかには信じがたい話だねぇ……」


「い、いえ……! あたしはほとんど何も……。大体はダディ……あたしの守護聖獣と霊獣の活躍のおかげですから……」


「ああ、いや疑ってるんじゃないんだよ。あの堅物カタブツのセビーネが、こんなおとぎ話みたいなしょーもない嘘を、わざわざ娘のカレンディアお嬢様にお使いまでさせて吐くワケないからね」


「は、はぁ……」



 得心がいったのか、再び気さくな雰囲気へと切り替わったアリスは、すっかり冷めてしまったお茶を啜って背もたれに体重を預けた。


 瑠夏は居心地の悪さを感じながらも勝手が分からず、ただモジモジとソファで身体を縮こまらせる。横目でチラリと自称保護者を見やると、保護者ダディは愛娘を抱いたまま船を漕いでいた。



「オーガを三体立て続けに、しかも単独で倒す従魔。毒矢による瀕死の傷を完全に癒し、誘拐された対象をその日の内に奪還し組織拠点まで壊滅……。確かに、能力的には申し分ないんだけどねぇ……」


「えっと……?」


「アリス支部長殿……? 手紙には何と?」



 状況についていけない瑠夏を気遣い、カレンディアが未だ難しい顔をして天井を睨むアリスへと、代わりに説明を求めた。



「うん? いやね、セビーネのヤツから、アンタ達の活動に便宜を図ってやってくれってね。身元は自分が保証するし責任も負うからってさ」


「こ、侯爵さまがそんなことを……?」


「お父様……!」



 アリスが語る手紙の内容に驚く二人。


 それも無理もないことだろう。確かに彼は瑠夏達に後見を申し出はしたが、大貴族たる侯爵がまさか部外者にまでそれを手紙とはいえ公言したのだから。

 しかも貴族にとっては、対価を示さない頼み事など借り……はばからない言い方をすれば〝弱み〟を作る行為に他ならないのである。作話でしか貴族を知らない日本人の瑠夏にとっても、それは衝撃的なことであった。



「具体的に言えば、自分が保証するから一気に〝上級探索者〟の資格を与えてやってくれってさ」


「な、なんですってぇえええええッ!!??」


「ふえっ!? か、カレン!?」



 応接室にカレンディアの驚愕の声と、瑠夏の困惑の声が響いたのであった。


 ちなみに、ダディとルナは完全に大の字になって夢の世界へと旅立っていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る