二章 JKの初めての冒険令嬢付き

第15話 スマホと宝石と親バカ侯爵



《おおカレンんんんんんんッ!! 大丈夫かい!? 寒かったりひもじい思いをしていないかいぃぃ!?》


「もう! まだ領都を出て四日しか経っていませんのに、心配しすぎですわっ!」


《そうは言うが心配なものは心配なのだよぉおおおおお!!》



 スマホを手に持つ瑠夏と並んで画面を覗き込む少女。この地アルチェマイド侯爵領の領主の一人娘である、カレンディア・フォン・アルチェマイド侯爵令嬢は、こめかみを押さえ深い溜息を吐いた。



「だからと言いましても毎日はやりすぎですわっ! ルカお姉様も呆れていらっしゃるではないですかっ!」


「あはは……。あたしもそう思いますよ、侯爵さま……」


《だが、だがぁああああ……!》


「『だが』ではありませんわ、!!」



 父親パンダであるダディがく改良馬車――パンダ車の座席に並んで座る瑠夏とカレンディアは、対して引き攣った苦笑いをこぼしていた。



「わたくしの成長を願って背中を押して下さったのでしょう!? だというのに出発してから何度も何度も連絡をなさって……! 成長させる気がおありですのっ!?」


(同感だよカレン……! まさかセビーネ侯爵さまがここまで親バカだったとは……!)



 現在彼女達は、レベルアップを効率的に行うために侯爵領内のダンジョン都市を目指して移動中であった。

 無尽蔵の体力を誇るダディの足を以てしても、それなりに遠いその都市への道中。別れ際に侯爵への置き土産として渡したの試験を行ったのが、このセビーネ侯爵の親バカ爆発の切っ掛けであった。



「とにかくお父様! 心配なさってくださるのは嬉しいですが、毎日これではルカお姉様にご迷惑です! 何か有ればこちらからご連絡いたしますから、お父様も自重してくださいませ!! さもないと……」


《さ、さもないと……?》



 娘を持つ親でもあり、旅の責任者というかメンバーの保護者であるダディからの提案。出がけにそれを受けた瑠夏は、娘を心配しているセビーネ侯爵に一つの贈り物をしたのだ。

 それはダディから教えられたスマホの【アーカイブ】アプリの機能の一つで、【宝石通信ジュエル・ネットワーク】というものであった。


 その人物の魔力を宝石に登録させ他と差別化――〝聖別〟し、【アーカイブ】にその魔力と宝石をセットで登録することで、まるで電話のように通信ができるという機能だ。

 権威争いの一端と疑われる先の誘拐事件の進捗も気になるところ……という建前で、ダディは子を持つ親心の理解者として、侯爵に連絡手段を渡したというのが事のあらましである。


 自領の名産でもあり、アルチェマイド家門の象徴でもある最高級の紅玉ルビーを端末に聖別・登録し、道中の経過報告といったていで瑠夏のスマホとやりとりを実演してからというもの……。旅立ちから四日間、こうして毎日連絡を寄越してくる親父が爆誕したのだった。



「さもないとお父様のこと、嫌いになりますっ!!」


《なっ…………!!??》



 一瞬パンダ車が大きく揺れたのを感じる二人。しかし車はすぐに平常運転に戻り、二人は再び画面の中の侯爵に向き直る。


 そして画面の向こうのセビーネ侯爵は、雷にでも撃たれたようにショックを受け顔色を青くし、言葉を失っていたのであった。





 ◇





 その日の晩のこと。


 パンダ車を街道から逸れた見晴らしの良い丘に停め、野営陣地を構え夕食を摂り終えた瑠夏達一行。



「瑠夏、カレン嬢ちゃん。ちぃっと話がある」



 この四日間の常ならば、身体を冷やさないようにとパンダ車の中へ早々に押し込み、休むよう指示を出していたダディが、二人の少女に焚き火越しに声を掛けた。

 瑠夏とカレンディアは首を傾げながらも素直に従い、上げかけた腰を再び焚き火の傍に落ち着けた。



「昼間のアレは、ちぃーっと言いすぎだ」



 そんな瑠夏達二人におもむろに語り掛けるダディ。その膝の上で微睡まどろむルナを撫でてはいたが、その声は真剣そのものである。



「だ、ダディ? アレって……?」


「どういうことですの?」



 突然のお説教のような雰囲気に面食らいながらも、瑠夏達はダディに言葉の意味を尋ねた。



「お前達も年頃の娘だからな、親の過ぎた干渉が煩わしく感じるのも当然だ」



 静かなダディの声に、大いに心当たりのある二人……特にカレンディアは、バツの悪そうな顔で俯いてしまう。

 ダディはそんなカレンディアを気遣い、威圧感を感じさせないようできるだけ優しく言葉を続けた。



「お前達は本当にいい子だ。保護者の俺が居るとはいえ、こうして親元を離れて慣れない土地での旅に文句も言わない、強くて優しい子だ。だがお前達はまだ未成年の子供だし……」



 ゆっくりと、さとすように語るダディ。言葉を受ける瑠夏とカレンディアは、そんなダディの言葉に真剣に耳を傾ける。



「何よりも、カレン嬢ちゃん。侯爵はお前の親だ。掛け替えのない家族だ。俺ら子を持つ親からしたら、いつまで経っても子供は子供なんだ。当たり前の心配を向けてくれる父親に、嘘でも冗談でも『嫌いになる』なんて脅すモンじゃねぇ」


「はい……」


「カレン……」



 自身の言葉の重さを自覚したのか、暗い顔で返事を返すカレンディア。そんな落ち込んだカレンディアに掛ける言葉が見付からないのか、瑠夏も心配そうにその顔を覗き込んだ。



「ま、説教くせぇこと言っちまったがよ、そう親父さんを邪険にしねぇでやってくれ。良い親父さんじゃねぇか」


「……はい。魔力制御が未熟でアカデミーにも通えないわたくしに、父はそれでも決して失望せずに、根気よく教え導いてくださいました。高名な師を招いてくれましたし、大切に育んでいただいておりました……」


「だろ? 今まで自分が大切に護ってきた娘が、赤の他人と旅することになったんだ。心配するなって方が無理な話だぜ?」



 焚き火越しに前足を伸ばし、そっとカレンディアの頭を撫でるダディ。その手つきも声音も優しく、それこそ親が子を導くような慈愛に満ちていた。



「あんなこと言われた日にゃあ親父さん、控え目に言っても死にたくなっちまうくらいショックを受けてるぜ、きっと。寝る前にでも一度連絡して、謝ってやんな。そん時に連絡の頻度を落とすように、瑠夏が代わりに提案してやりゃいいだろ」


「そうだね、カレン。あたしも手伝うから、怒鳴り合いじゃなくてちゃんと侯爵さまとお話しよう?」


「ダディ様……お姉様……。はい。わたくし、父に謝りたいですわ」



 焚き火の炎に照らされたカレンディアが顔を上げる。元々素直で優しい性分なだけに、思いの外自身の言葉の意味にショックを受けていたようだ。そんなカレンディアの肩を抱いて、瑠夏も力になることを伝える。


 瑠夏とダディに次に向けられた彼女の顔には、彼女本来の笑顔が戻っていた。





「だけどさ、ダディ?」


「あん? どうした瑠夏」



 寝る前に温かなお茶を飲んでからパンダ車へと入っていく瑠夏とカレンディアだったが、はたと思い付いたのか瑠夏はダディに振り返った。



「ダディあの時車を引いてたよね? どうしてカレンの会話の内容知ってたの?」


「それはわたくしも気になりましたわ。まさか、聞こえてましたのかしら?」



 瑠夏の疑問と同じ思いであったカレンディアも、興味津々で会話に混ざる。

 そんな二人にダディは。



「パンダイヤーは地獄耳だからな! 俺の前では内緒話はしない方が身のためだぜ!」


「な、なるほどですわ……!!」


「いや何がなるほどなのカレン!? ていうかもしかしてあの時車が揺れたのって……」


「ああ、アレな。いやぁ、他人事に聞こえなくてよ。俺が『嫌いになる!』なんて言われた時のことを考えたら、思わず膝から力が抜けちまったぜ。熊っころや鬼っころの攻撃なんかよりよっぽどこたえたぜ、まったく」


「いや動揺しすぎでしょ!?」


「いいや、あれが普通だ! いいか……娘に嫌われた父親の末路は二つしかねぇ! 仕事に没頭して悲しみを紛らわせてその内家族との深い深いみぞを作るか、もしくは躍起になって更に干渉を増やし、完全に娘に嫌われ愛想を尽かされるかだ!!」


「そ……そんなッ!? わたくしは……なんて罪深いことを……!!」


「大袈裟だからぁあああ!! ていうかパンダなのになんでそんな経験したかのように語ってんのよ!!??」



 先程までの暗い雰囲気もどこへやら。

 まだまだ旅の始まりに過ぎないある晩の、そんな一幕であった。




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