第45話 新たな関係者

 しばらく、物陰でしゃがみ込んでいた俺だったが・・・


 ?


 ふと、視線を感じて、顔を上げた。


 え?これって・・・?


 ゆっくりと立ちあがって、後ろを向く。

 光を背に受けて、シルエットが浮かび上がる。けど・・・・


 そうだ。

 この大きくて、揺るぎないシルエット・・・

 まさか。


 1歩、2歩・・・ゆっくりと近づいて来る。


 もう、彼の手は俺に届くだろう、その距離になって。

 スッ。

 男は片膝を立てた騎士の最敬礼をして、俺に頭を垂れた。



 私、150センチほどしかないからなぁ。

 そんな風に詩音は、ちょっと現実逃避をする。

 小さな自分の前に片膝のおじさんは、頭を垂れても、自分の顎に届いてそうだ。

 ほぼ目の前につむじを見せるその男は、白いTシャツにブルージーンズをはいていて、言ってみればごく普通の西洋人っぽいおっさんなんだけど、ただそれだけで、威圧感、というか、存在感がすごい。

 これでも威圧してるつもりはないんだろうな、と、遠い記憶の情報から詩音は苦笑した。


 「シオン・グローリー。言い訳はせん。現況を伝えるため、恥を忍んでここにある。」

 「吉澤詩音です。シオン・グローリーはとっくにいません。」

 「ああ分かってる。俺、いや私が貴公を死に追いやったのだからな。」

 後悔、だろうか。それがにじみ出る。

 「・・・随分白髪が増えましたね。」

 「私を覚えているのか。」

 「そう思ったから、ここでそうしてるのでしょう。」

 「ああ。実は私がこの場にいるのは・・・」

 「ストップ!」

 私は、何か言おうとするその男、最強の盾使いと言われた元テレシアン騎士団長ベリオの口を、両手でバッテンするように塞いだ。

 え?という感じで始めて顔を上げるベリオ。

 皺、増えたなぁ。


 「ストップです。あのですね、さっき、ここにリーゴがいたんですよ。」

 確認みたいに言ったが、リーゴの残り香、というか、残り魔力?それが濃厚に残っている。このベテラン騎士が気付いていないはずはない。


 「ああ。」

 「でね、私がその気になったら話すって言ってたことがあるんですよね。お預けの話もあるみたいで・・・それって、今ここにベリオがいることと関係あったりします?」

 一瞬戸惑うように視線を外したベリオ。

 いつでも堂々としていたイメージがあり即断即決のリーダーだった。こういう逡巡する姿も、憔悴するような姿も珍しい。

 俺たちを捕まえ、断頭台に送ったときでさえ、あれだけ、堂々として間違いなどないと言いたげだったのに、なんだ、これは?


 「さきほどの話、聞いていた。」

 ぽつり、と話し始めるベリオ。

 「貴公が癒やしを求めてここに転生した、と知ったのは、こっちに転移した後だ。」

 ん?

 女神は伝えなかったのか?

 「私は、女神の力でこの世界に渡ったのではない。」

 「・・・?どういう・・・?」

 一瞬ためらいがあった。

 俺が、私が、この話を聞いていいものなのか?

 リーゴが言っていた、後戻りできなくなるって話に続くんじゃないだろうか。

 しかし、目の前に跪く、見たこともない様子を見せるその男に、なんというか、哀れみ?のようなものを感じてしまう。そういうものから最も遠い、そう思っていただけに複雑な心境だ。

 これを見て、自分に突き放すことが出来る、だろうか?

 詩音としても、シオンとしても、目に焼き付いて離れないのは間違いないんじゃなかろうか?

 そう自問するに、諦めて、続きを促してしまう。


 「私は、魔王の残存魔力を利用して、魔王を追ってこの世界へとやってきた。」

 「魔王?」

 「正確には魔王の力を奪ったお方、いや、あやつの後を追ったのだ。」

 「・・・それって・・・」

 聞いちゃだめ。聞いちゃダメだ。

 心の中をそうリフレインする何かがある。

 でも、心は確信している。

 今からベリオが口にする名を。

 自分に悪夢をもたらす、その忌まわしき高貴な名・・・



 「貴公らを処刑して7,8年経った頃からだろうか。不穏な動きが我が国に。魔物が活性化し、天変地異も多発するようになった。気がつけば、我らが王が魔王の因子を生じさせていたのだ。」

 「王が?あり得ないだろう?」

 王都は、聖別されていた。

 むしろ聖女たる姫君、サーミヤ王女をかかえる神聖な国として、一番魔物と縁遠い国だったはず。

 その中でももっとも守られているはずの王が、魔王の因子を生じさせるなんてあり得ない。あってはならないはずだった。


 「因子は、人為的に埋められたものだったことが後に分かった。」

 「!」

 「魔王討伐。我らがそれを成したとき、魔王の因子は消滅した、はずだった。それは貴公も知っておろう?」


 言うな。それ以上言わないでくれ。


 「あのとき、あの場にいたのは我々パーティだけ。そして、完全に魔王を滅し、浄化させることのできる力を持つのは、勇者たる貴公、そして・・・」


 だから言うなって!


 「そして、聖女たるサーミヤ、あやつだけだった。」


 俺は、やつの、魔王の身体を滅した。そこで力尽き、優しく聖女は言ったのだった。

 「大丈夫よシオン。最後は私が。魔王の因子ごと完全にこの世から消滅させてご覧にいれますわ。」

 神々しい白い光に包まれた聖女が、我々全員の前に立ち、目のくらむような光で、何もかも、この世から浄化し滅し尽くした、はずだった・・・・


 「やつは、こっそりと、魔王の因子をその手に入れ、研究していたようだった。」


 ベリオの語るその声が遠くに聞こえる。


 「事もあろうに国王、自分の父親にその因子を埋め込み魔王化したのが国の荒廃の始まり。父の中で因子を育てあげ、機を見て力のみを自らに取り込んだ。愛する者の気配が遙か彼方の異世界より感じた、それを追うためだ、と、問い詰める俺に、きゃつは狂ったように笑いながら答えた。きゃつは、俺の前で邪法を操り、集めた民の魔力を利用して、シオン、貴公の魔力を追って世界を渡ったんだ。その魔法陣に滑り込み、なんとか俺はここにいる。」


 ・・・・


 何も考えられなかった。


 ベリオは改めて頭を垂れた。


 「すべては私の責任。姫のご乱心に気づけなかったこと。それを止められなかったこと。この世界にアレを放ってしまったこと。だが、アレとて、世界を渡ったのだ。力は減じていよう。吉澤詩音嬢。我、癒やしの時を過ごす貴女の盾とならん。アレの狙いは間違いなく貴女だ。戦う術のない貴女の盾として我が身を使うを許可して欲しい。」


 深く深く頭を下げるベリオ。

 そのとき、私はただただそれを眺めるしかできなかった。

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