第44話 初恋だった人

 「シオン。シオン・ヨシザワ?」

 私は振り返る。

 こっちに笑顔を向けているキレイな外国人のお姉さん。

 ううん。

 心に刻まれている笑顔は見慣れたもので、なのに、髪の色が違うだけで、なんで最初、気付かなかったんだろう。


 「・・・リーゴ。」

 そっと、口の中でつぶやく。

 ツー、と、頬を伝う何か・・・



 彼女はちょっとビックリしたように目を見開いて、いつものバカみたいに明るい笑顔を見せると、結構な勢いで私に走り寄った。


 「もう、可愛い!!!」

 しっかりハグをして、片手で背中をもう片手で頭を抱き込んできた。

 頭の手を乱暴になで回し、自分にギュッと押しつける。

 私も、大概でっかいバストだけど、リーゴは桁が違う。

 押しつけられた顔がちょうど胸の位置で、窒息しそうになって、思わず彼女の背中をタップした。


 「あはは、ごめんごめん。えっと、シオンよね。えっと、シオン・ヨシザワ、だけど、シオン・グローリー?」

 「ゼイゼイ・・・死んじゃう。リーゴ、死んじゃうから・・・」

 「もう、オーバーなんだから!ねぇ、シオン・グローリー、そうだよね。」

 私の顔をのぞき込むリーゴ。

 そうだけど、違う。どう説明すれば良いんだろう。


 「グローリーの記憶はある。だけど、今は吉澤詩音。なんていうか、同居してる感じ?お互いのことを物語として知ってる、みたいな?」

 本当はもっと複雑だけど・・・・

 「私のことは分かるのよね?」

 「もちろん。」

 「じゃあ、私はだぁれ?どんな関係?」

 「えっと。最強のバフ術士リーゴ。享年21歳。女性。関係は、一緒に魔王を滅ぼした仲間、かな?」

 はぁ、とリーゴはため息をつくと、コツン、と痛くない程度の力で拳骨を頭に落とした。

 「もう違うでしょ。仲間、よりも言うことがないの?ほらほらお姉さんに言ってみ。シオン君の初恋の相手、でしょ?私のお胸が大好きな、エッチなシオン君。」

 ニパッと笑うリーゴ。なんてこと言うんだ!大体俺がいつそんな目でリーゴを見たよ!・・・まぁ、見たことがない、と言うのは嘘だけど。でも、でも俺は胸なんて関係なくて、そのグイグイ引っ張ってく強引なところとか、底抜けに明るいところとか、それが眩しくって、気がつくとその光を目で追っていた・・・なんて、こと言えるわけないだろ!!


 「ちげーよ。誰がそんな脂肪の塊なんか見るかよ!見たとしても邪魔だろうな、って思ったぐらいだよ!初恋の相手、なんて、お・・・思い上がってんじゃねぇ!」

 思わず、真っ赤になって叫んでしまった。

 「ククク、ハハハハハ・・・ああ、面白い。何、女の子が道ばたで叫んでるの?キャハハハ、もうバレバレ。中身、完全にシオンじゃん!私のことが大好きなシオン坊やじゃないのさ!ハハハハ・・・」

 涙を流して腹を抱えて笑い出したリーゴを強引に物陰に引きずり込んで、俺は頭を抱えてしゃがみ込んだよ。

 そうだ。

 こういう奴だった。



 「シオン。よかった、また、シオンに会えて。」


 だから、急に涙声で上からかけられた声に、思わず見上げて固まってしまった。

 俺を見る目はまっすぐで、涙がボロボロと落ちていた。

 「リーゴ・・・」

 「グスン。ああ、やだやだ、シオンがこんなところに連れ込むから、埃が目に入っちゃったじゃない!もう、涙で化粧がくちゃくちゃよ!・・・シオン・・・分かってるから。シオンがちゃんと女の子としてこの世界で生きていること、ちゃんと分かってるから。ずっと見てたの。産まれて、愛されて、よかったよかったって、ずっと見てたの。初めての本当の家族でしょ?女神様もいい仕事するじゃん!てずっと見てたの。もうシオンがいなくなって、詩音ちゃんとして生きていってる、それでいい、って思ってた。・・・・ごめんね。ごめんね会いに来ちゃって。本当は・・・シオンのことそうっとしておこうと思ってたの。シオンに害意が向かないように私たちでなんとかしたい、そう女神様にお願いして・・・でも・・・はぁ、うまくいかないもんね。聞いたんでしょ?私とマリーブがこっちに転移したって話?」

 俺は、私は、ただ頷いた。

 「なぜか、ってのは?」

 「魔王が復活したからって聞いた。だけど、なんでこの世界に転移したかは・・・」

 俺は首を振った。

 「そう。そこはちゃんと約束を守ってくれたのね。ならよかった。」

 そう言うと、キリッとした、そう、まるで敵と向き合ったときのような、真剣な表情を、俺に向けた。


 ゴクリ、と唾を飲み込む。

 それは彼女なのか、俺、なのか?

 「1つ決断して欲しいの。すぐじゃなくていい。私の話を聞くか聞かないか?聞けば後戻りはできなくなる。また、前世のような辛い事も起きるかも知れない。家族に、友達に、被害が及ぶかも知れない。話を聞かなければ、そうね、すべては吉澤詩音の知らないところで終わる。終わらせる。そのための準備もしているわ。」

 「・・・どうして、それを俺に?」

 「だって、途中で知ったらシオンは怒ると思うもの。勝手に知らない間にいろんなことが済んでいたら、シオンは傷つくでしょ?」

 「俺が、関係することなんだな?」

 「ええ。でも私たちだけで何とかしようと思ってたのも事実。そもそも何もしなくても大丈夫かもしれないとも思っていたしね。女神の推測では、事が起こるのは10年後から200年後の間、なんて言ってたし。それなら詩音ちゃんだって寿命が先に来るでしょう?」

 「・・・それが変わった?」

 「まだ、ひょっとすると、って話だけどね。これ以上は、決断してから。お預けにさせて貰うわ。」

 「聞いた方が・・・」

 「だから、そう簡単に決断しないの!いつも言ってたでしょ。ちゃんと考えて行動しなさいって。だからね、ちゃんと考えなさい。なんなら、龍神っての?こっちの神なんかにも相談しても良いわ。ちゃんと考えて決めて。あなただけじゃないの。周りの人のこともあるんだからね?分かった?あ、それと私はベティ先生よ。あなた、まったく授業、上の空だったでしょ?ちゃんと聞かなきゃダメですからね。先生、怒っちゃうぞ。ハハ、じゃあね。今日は行くわ。」


 あ・・・本当に行ってしまった。


 俺はしゃがみ込んだまま、しばらく動くことが出来なかった。

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