第43話 新しい先生

 「そんな難しい顔して。詩音には似合えへんで。」

 中川さんの家から帰宅途中、タツはそんな風に言った。

 気がつくと、あの地下での話を思い返していた。


 うずめの下を辞した後、私たちは同じように車に乗って、中川さんちに帰宅した。

 「お話しは報告だけよ。詩音ちゃんが何かをする必要はないの。」

 そう梅子ばあちゃんが言って笑った。

 「姫巫女様も詩音ちゃんは普通の女の子として幸せに暮らして欲しいと思っているの。ただ、前世を思い出して力を使う以上は、この世界の理解を深めて欲しい、と思ってらっしゃるの。」

 ・・・・

 「そんな印象は受けんかったけどなぁ。」

 何を言ったら良いか分からなかった私に変わってか、タツがそんな風に言ってくれた。私も同じ。まるで戦えって言われてるように感じたもん。

 でも、タツはこんなお話をすること、知らなかったのかなぁ?


 「あのロリばばあ、記憶を取り戻した詩音に、前の神からの伝言があるから伝えたいんや、言うてたから連れてきたのに、なんや相変わらずの腹黒やのう。儂が聞いてたんは、あっちで大変やったからこっちで癒やしたって、って、頼まれたってだけや。そのこと話すだけや言うてて、なんやねんこのゴタゴタ話は。大丈夫か詩音?あんなアホの言うこと気にせんでええで。前世なんか放っとけ。死んだ後のことまで気にせんでええ。ただ現世の幸せのためだけに生きるんや。前世の力を使うも使わんも、お前の自由や。誰かに言われてやるもんやない。まぁ、その力を当てにした儂が言うんも違うかもやけどな。」

 タツはそんな風に言ってくれた。


 うん。

 タツに協力したのは、今の家族が被害を受けないため。自分のためだよ?

 私はそうタツに笑いかけた。

 でもね・・・

 他はいい。

 けど・・・・

 大切な最後まで共にいた二人の仲間については・・・

 やっぱり今の家族と同じだけ、大切なんだ。

 俺は、私は、なんとなく切ないな、と思った。



 そんな話をしつつ中川家についた私たちは、時間も時間だと言うことで、そのあとすぐに帰宅することになった。

 その帰宅途中。どうやら私は、らしくもなく、難しい顔をしたようだ。


 「なぁ、詩音。ほんまに今までどおりのほほんとしてたらええんやで。そんな難しい顔して、家に帰ってみぃ。家族、心配しよるで?」

 「そうだね。分かってるよ。私は自分と自分の手の届く範囲が幸せになればそれでいい。もう考えるのはやめる。」

 「そうやそうや。儂も協力するさかい、困ったことがあったらなんでも言いや。いうても儂、神様やさかいなぁ。」

 「フフ。タツが神様って、なんかありがたみがないねぇ。」

 「なんやとぉ!」

 ハハハハ。

 ふざけて拳を振り上げる真似をするタツ。

 気がつくと二人で大笑いしていた。

 チラチラと私たちを見る通行人の目には、どうやら、私たちはバカップルに見えていそうで、それに気付くと、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。

 「もう!タツってほんとデリカシーないなぁ。」

 私は軽くタツを突き飛ばし、プリプリ怒った振りして、分かれ道を走っていく。

 「ばいばいなぁ、また明日!」

 そんな私の背中に、ばかみたいに大きく手を振りながら叫ぶタツは、本当に恥ずかしい人だなぁ。

 走る私の心からは、だけど、いろんなもやもやが、いつの間にか消えていた。




 なんてことがありました。


 だけど、なんだこれ!!!


 私は目の前の教卓に立つ女性を見て、目を見開いている。


 ゴールデンウィークも終わり、そろそろ新しいクラスも落ち着いてきた今日この頃。6月、なんていう中途半端なこの時期に、なぜかぺこりと頭を下げる金髪美女。


 なんでも、去年末、英会話の先生が急遽お国に帰ったとかで、ずっと探していた新しい英会話の先生がやっとやってきたのだという。そういえば英会話の授業もリーダーの先生がやっていたっけ?本当はネイティブの先生のはずだけど、すっかり忘れてたなぁ。

 でも、あれ、そうだよね?



 最初、気付かなかった。

 挨拶の時、ちょっと気取った笑顔を見て、なんだかデジャブを感じた。

 教室を見回すその目が私を通り過ぎ、そして、チラッと笑った。

 その笑顔を見て、ドキッと心臓が飛び跳ねた。


 茶目っ気たっぷりの、シオンがドキドキしていたあの笑顔だ!

 金髪で気付かなかったけど、あのグリーンの瞳は間違いない。

 髪色で随分印象が違うけど、それに、ちょっとばかし色気が増えた?

 あの髪を深い緑というか青というか、そんな色にしたら?

 間違いない。

 間違いようがない。

 リーゴ・・・・

 シオンがただ一人、恋した人。



 3時間目のその授業の後、どうやって時間を過ごしたか分からなかった。

 休み時間に職員室をそうっと覗く。

 けっきょくリーゴらしき人に出会うことができないまま、放課後をむかえた。


 私の頭の中は、先生として英語を話す彼女のことでいっぱいだ。

 あの声も、時折、鼻から抜ける物言いも、英語を話してても同じなんだな、そんな風にシオンが思っている。

 それを途方に暮れた詩音が見守っている。

 ここまで、二つの感情が分かれているのは久しぶりかも知れない。

 とにかく家に帰ろう。

 家に帰って、ゆっくりして、それからもう一度考えよう。


 会えなかったリーゴのことを、そう吹っ切りながら校門を出る。

 誰かと一緒に帰るのはなんとなくいやで、こっそりと一人で教室を出たのだけれど。


 「シオン。シオン・ヨシザワ?」

 ちょっと英語っぽいその呼びかけに、私は思わず振り返る。

 そこには、ちゃめっけいっぱいの笑顔で私を見る、懐かしいあの人が立っていた。


 

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