第42話 2つの世界

 俺はしばらく考える。

 二人を転移させる、その条件が俺の記憶と力の解放。ということは10歳のあのときってことか。それがなかったら俺は俺の記憶を取り戻すこともなく、幸せに詩音として平和な日本を満喫できていたのだろうか。

 いや。

 喩えそうだとしても、死んだ後にこの状況を知ったとしたら、心穏やかでいられないかもしれないな。実際死んだ後に知ることになるかどうかは分からないけれども。


 俺は女神に、詫びという形でこの世界へと平穏を求め転生させて貰った。

 だけど、同じように褒美を貰うはずの二人が、どうやら何かを決断して、この世界へ前の生の続きとしてやってきた。

 きっと、何かがあったはずだ。二人とも、外からはほとんどうかがい知れないが、『強き者の義務』とあの世界で押しつけられた価値観をしっかり心に刻んでいるような者だったしな。


 一見ちゃらんぽらんで快楽主義者にさえ見えるバフ術士のリーゴ。

 研究バカで魔術オタクの超マイペースに見える黒魔術の天才マリーブ。

 だが彼女たちは間違いなくあの世界の価値観たる強き者としてすべてを守らねば、という矜持に溢れていた。

 俺は・・・

 どうだったろう。

 確かに強き者として、最強だなんだと言われて、請われるままに力を振るって・・・

 だが、そこに自分の意志があったか、と言われれば、疑問に思う。

 そうしなければ生きられなかった、それが正直なところか。

 いや、違うな。

 そこまでも考えてなかった。

 ただ言われるがままに、召喚され、戦い、逃げる間もなく処刑された。


 詩音としてシオンの記憶を思い出し、思ったのは、気持ち悪い、ってことだった。

 他人の記憶があるってことじゃない。

 性別が違ってるって事ですらない。

 ただ、自分が同じようになにも考えていなくてただ流されるままに生きている、そうあのときと同じように、そう気がついたから、無性に気持ち悪かったんだ。


 だから、詩音は違うように生きよう、そう決めた。

 よく考えて生きよう。

 幸い、詩音ベースの感情ができあがっていた。

 大好きな両親に大好きな姉。大切な友達。

 のほほんとした自分を大事にしてくれる人々。

 何も望まれず、違うな、ただ健やかな成長だけを望まれる幸せな時間。

 記憶を取り戻した詩音は、それがどれだけ得がたいものかを身をもって分かっていたがために、日々を感謝と幸せの中暮らしていた。時折、唐突に訪れる過去との差をかみしめてさらに感謝を捧げながら・・・


 この日々を与えてくれたのは、はじめは当然女神アレクシーだ。

 けど、この魂を受け入れてくれたのはここの世界の神々だろう。

 はじめはアレクシー様の言うとおり、平和な人生を、そうやって受け入れてくれたはず。

 だけど、シオンを覚醒させたのは何故?

 二人を受け入れる条件にした、しかもあの世界のままの二人を受け入れた、そこにある思惑を考えると・・・

 いや、考えるまでもないな。何かがあった。二人が俺を心配するようなことが何か起こった。その解決のためには力がいる、そういうことだろう。



 黙って目を閉じて、そんな考察をしていた俺を、その場の者は黙って待っていてくれていた。


 「何が起こったかを聞いても?」

 俺はうずめに尋ねる。

 「詳しくは私も存じません。ただお二人を受け入れること。お二人はあなたを護りたいと考えてこちらへの転移を希望された、ということです。我々の条件は、フフフ、勘、でしょうか。」

 勘、ね。

 神様の勘。

 そりゃあ、重みがある。


 それにしても、俺を護りたい、か。

 フフ。二人らしい。

 いつも二人には護られていたなぁ。無茶をしては怒られていたっけ。

 良い思い出はない、とは言っても、二人との思い出、いいや違うな。あのメンバーとの旅の思いではそれなりに楽しいこともあったんだ。大変なことの方が上回ったというだけで、良い思い出がまったくない、なんてことはない。


 最後は裏切られたみたいになったけど、リーダーのベリオはいい兄貴だったし、いろいろ教わった。

 王女のシオンは、しょっちゅう抱きついてきたり貞操を奪おうと夜這いをかけられたりして大変だったけど、なんていうかじゃれ合ってる感じがして、嫌ってだけじゃなかった。

 初恋相手、いや、唯一の恋した相手であるリーゴとの日々。

 なんだかんだで一番近くにいた妹みたいなマリーブ。

 大人の世界を垣間見せてくれたナオル。酒と情報収集の方法は全部奴から教わった。女、は、教えようとしてくれようとしたけど、リーゴの姿が頭にちらついて、俺には無理だったっけ。よくからかわれたのを思い出す。


 なんにせよ、俺を護りたいってからには、そういうことだろう。


 「なるほど。で、それを伝えてどうしようと?」

 「いえ、別に。あなたにはいろいろとあやかしたちのことでお世話になったと、龍神殿から聞きました。その力を貸していただいている以上、ご挨拶と、ある程度の情報提供は必要かと思いまして。」

 なるほど。

 こういう手合いは何度か出会ったなぁ。

 高貴な方の、善きに計らえ、ってやつだ。

 自分の意に反しない限りは傍観を決め込む

 適度な情報や協力はその範囲でなら可能。

 良い距離感で付き合うべし。

 ナオルの教えだ。


 「二人とは会えますか?」


 「それに関しては、うちにまかせなはれ。」

 唐突に、梅子ばあちゃんが口を挟んだ。

 「詩音ちゃん。人の世のことは人で、ですえ。こんお人は、あちゃらの世界のひとですさかい、大きいことにアドバイスをしてくれるだけですわ。なぁ、姫巫女はん?」

 そういうと、豪快に笑う。

 そんな梅子ばあちゃんを見て、おしとやかにおほほと笑ううねび。

 

 「おあずかりしているお子であるシオン様は、精一杯の歓迎の心を持って迎えさせていただきます。ですが、こちらの世界への協力をいただければ、より一層お力になれることと、愚考いたしますわ。おほほほ。」

 「私は詩音としてこの世界に生まれました。大切な人を護りたいという気持ちは世界なんて関係ないです。できることはやります。世界、なんて関係ないです。」

 うずめは、私の言葉に満足げに数度頷くと、「おきばりやす。」と言って笑った。


 そうして、私と、この国の奥底に住む幼女との会見は終了した。

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