第30話 中川さんの協力

 「本土の中や、とは思っててん。けど、良かったわぁ、近うて。」

 私はタツと二人、電車に揺られていた。


 中川さんのアドバイスで、地図アプリを起動、どうやら、学校の隣町で、1時間弱で、電車で帰れるようだ。

 すました顔でタツが先導して、今、無事に電車に乗ったところ。ポケットにIC乗車券付の定期が入っていたから良かったものの、スマホも定期もなかったら、途方に暮れているところ。

 実際タツはその両方を持っていなくて、だけどポケットに丸めた紙幣があったから、どうやら無事帰れることに。

 そんな状況での、電車に落ち着いて、の一言がさっきのものだった。


 「え?ひょっとして、どこに出るか分かってなかったの?」

 「まぁな。あやかしが逃げて、下手したら土壌が揺れる、ってきいたさかい、慌ててそこまでは確認してへんかったわ。どっちにしろ行けば分かるしな。」

 しれっ、と答えるけど、本土、って本州のことでしょ?日本のほぼ全域、だからね。

 「いつもやったら、本体に戻ってひとっ飛びやし、距離とか気にせえへんからなぁ。」

 「だったら、今回も。」

 「あかんあかん。今日は詩音おるやろ?実体化せんと運ばれへんやん?ただでさえ、昨今のレーダーちゅうやつと、霊力っちゅうんは相性悪いねん。実体化せんでも見られる可能性あるのに、さすがに実体化した龍が飛んでたら、いっぺんでアウトや。」

 「・・・まぁ、そうだろうけど。」

 「それにな、安心しぃ。河童の道やったら、海は越えへん。日本の鉄道網は優秀やで。大概は帰れるわ。」

 はぁ。

 私はよくのんびりさん、とか言われるけど、タツの場合は次元が違う気がする。

 まぁ、こうなっては、心配したところで仕方ないんだろうけど、家族に心配なんてかけたくない。今のままだと夕食の時間=7時には間に合うかどうか、って感じだけど・・・



 今の家族は、私にとって、初めての血をわけた、大事にしてくれる家族だ。

 前世では、家族に恵まれなかった。

 育ったのは戦場で、自分の食い扶持は自分で稼ぐ。

 気にしてくれていた人はいたのだろうけど、愛とかそんなものは期待できるはずもなく、むしろ愛、というのがどんなものなのか、というのは、魔王討伐のために招集された、あのパーティで、あのパーティでの旅で出会う村人達によって、見せられ、知らされた。

 戸惑う俺に、こんこんと『普通の生活とは』、と解説しつつ、俺を(リーゴ談)に教育する、と鼻息荒く話してくれたっけ。その解説に修正を加えつつ、男とは、とか、守るというのは、なんて、教えてくれたのはリーダーのベリオ。ハハ、俺を断頭台に送った筆頭がベリオ、なんて、あのとき、思いもしなかったな。


 私にとって、だから家族なんてのは、今の家族しかない。

 前世でいろいろ教えられたものなんかよりも、何倍も尊くて、心から守らねば、と思う存在。そして私と同じ思いで、この私を守ろうとしてくれる人達。


 特別なステータスを持って生まれた俺にとって、人を守ることは、人々から当然に要求される義務でしかなく、守る、ということに誇りを持つベリオの言葉を眩しく感じていても、本当の意味で分かることはなかったんだ、と思う。

 それが俺の罪だったのだろうか。


 いや、よそう。

 今には大切な、心の底から愛せる家族がいる。

 そして、私は、そんな家族に心配をかけたくは、ない。


 「そんな深刻なことやないて。女子高生にもなったらな、帰宅が7時、なんて普通や。クラブにでも入ってたら、当たり前の時間。ちゃうか?」

 タツにそんな風になだめられながら、帰宅の途につくけど・・・



 「あれ、早かったねぇ。」

 そんな心配をしつつ、自宅に戻ると、母の第一声がそれだった。

 「え?もう7時・・・」

 「うん、聞いたよ。中川さんが、鞄、持ってきてくれてね、って、あら、あなたがタツ君?中川さんから聞いてます。送ってくれてありがとね。鞄はそこにあるけど、まぁ、ちょっと上がってく?お茶でもどう?」

 「あ、はじめまして。詩音ちゃんと生徒会長のお姉さん、ですか?え、違う。お母さん?うわぁ、えらい若くてびっくりですわ。いやいや、お世辞やないですて。あ、お誘いすんません。せやかて、夕食が7時て、詩音ちゃんから聞いてます。わし、じゃない、僕は、ここで失礼しまっさかい、また、よろしゅう。」

 玄関先で、なんか、そんな会話を母とタツが繰り広げ、中川さんが置いていった自分の鞄を抱えると、嵐のように去って行った。



 「まぁ、いい子ねぇ。タツ君なら安心ね。」

 「なにが。」

 「ほらクラブで遅くなっても、送ってくれるって言ってたでしょ?」

 「へ?何?クラブ?」

 「もう、隠さなくっても良いわよ。さっき中川さんが鞄を持ってきてくれて話してくれたわよ。彼女が中学の時から入っているミステリー研究部、だっけ?今日はその体験に行ってたんでしょ?行った先で迷子を見つけて、二人で送っていくことになったのよね?一人が説明がてら荷物を運ぶことになって、じゃんけんで決めたんでしょ?お母さん、詩音のことはなんでも知ってるんだから。フフフ。やっと詩音もクラブをやろうって気になってくれたのねぇ。文系だけど、なかなか活動的だ、って香音も言ってたわよ。教頭先生が顧問だって言うし、オタクっぽくてやだ、なんて言わないで、やっちゃいなさいよ。いい?高校生は一度きり、若い友情がはぐくめて一生の友達ができるのも、クラブ活動がベストなの。ひょっとしたらお母さんとお父さんみたいに、良い人ができるかもよ。フフフ。いいわぁ。楽しみっ。」

 ほとんど踊りながら、一人しゃべって中に行っちゃったよ。


 が、なるほど、状況はよく分かった。

 どうやら、中川さんがこのストーリーでうちの家族を安心させてくれたんだろう。と、同時に、自分の所属クラブにしれっと入れようとしてる?


 うちの学校は小学校から大学まであって(系列って形で幼稚園もあるけどね)、特に中高は同じ敷地にある。中学生の人数がそんなに多くないってこともあるし、基本一貫校ってことで、全部じゃないけど、特に文系って、中高共同でクラブやってる、てのも多い。

 中川さんのミステリー研究部っていうのも中高で一緒に活動をしてるクラブ。

 中川さんって自分で幽霊部員だって言ってた気がするけど、中学校からそのミス研に所属していたのは知っている。


 そしてこのクラブ、何故かそこそこ全国的に有名らしい。

 顧問の教頭先生は専門が地歴だし、趣味で、ていうか趣味の範疇を超えて、地元の郷土史家として知られている。

 そのせいか、ミステリーと言いつつ、地元を中心に伝説を集めて、民俗学の学会でも注目されるような発表をしたり、UFOを調べる、といっては、UFO未確認飛行物体の正体を科学的アプローチで「確認」したり、と、文系と理系の融合した頭脳系クラブ、として、注目を浴びているようだ。


 私が、そのミス研に所属?

 クラブ、なんて考えたこともなかったけど、こんな風にタツに引っ張り回される可能性があるなら、隠れ蓑にいいのかな?

 いやいや。

 これが最後。

 タツに付き合うのはこれが最後よ。

 放っておいたら地震が、なんて言われたから、家族を守るために協力しているだけ。今回は特別。

 だから、悠々と帰宅部で、できるだけのんびりとした時間を過ごす。

 うん。これが私の目標。

 明日、やんわり、中川さんに言わなくちゃ、ね。

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