第29話 次元の旅、その向こう

 河童の泳ぐその水紋というか、航跡?をたどって暗闇を泳いでいく。ん?宇宙遊泳の方が近い?

 まぁ、そんな感じでついていく。


 真っ暗闇。


 無音。


 音がないと、どうもキーンって何かが鳴っているように感じる。

 そんなことを考えていたけど、時間感覚もどんどんなくなっていって、いったいどのくらいこのまま進んだだろう。


 どのくらい経ったか。

 静かに、前方の河童が、泳ぐ姿勢から、立ちあがって2本足で立ち、こっちを振り返る。

 私たちが近くまで到着するのを待って、その指の間に膜を張った手で、前方を指し示した。



 指し示した方向を見た瞬間。

 今まで、まるでずっとそうだった、というかのように、私はとある空間に立っていた。

 足下はぬかるんでいて、もともと沼でもあったのか。その範囲は見渡す限り、と言っても良いだろう。

 ぬかるんだ土以外にあるのは、目の前、10メートルか15メートルか。

 大きな岩が転がっていて。

 割れた跡?

 あれが割った?


 石の杭。直径50センチの六角形の鉛筆を思い浮かべれば近いか。

 それが斜め上から叩きつけられ、この岩を割りました、そう言われれば納得する、そんな光景が目の前にあった。


 「これは?」

 「んー、封印が、やっぱりほんまに壊されとるようやのぉ。」

 「封印?」

 「ああ。昔、ほんまに大昔の話や。とある虚無僧が岩にあやかしを封印した。現世で封印してな、この世界に閉じ込めたんや。」

 「この世界?」

 「ああ、なんつうかな、現世とはほとんど被ってるけど、ちょっと違う次元、思ったら近いわ。儂の本体の場所とか土蜘蛛の家、とかな、そんなもんがおる次元や。こうやって、繋がっているようで繋がってない。繋がってないようで繋がっている、そんな浮き世、って言われるとこでな。そんな次元間の移動が出来る種族はそんなに多ない。河童は水を媒介にして、それができる種族ちゅうわけや。」

 「魔素が満ちてる?」

 「んー、あんさんにはそう感じるんか?まぁ、ちょっとばかり現世とは違って物理法則がちゃうとこ、思ったらええわ。せやけど繋がってるからな、儂らは、この次元から力の源を貰うとる、そう言ってた奴もいたなぁ。」

 「神のおわす場所、前世でそう言ってた場所に近い、か?女神が存在する場所、そう言われていたが、この世界で言えば異次元、となるのかもしれない、のかな?」

 「まぁ、理屈はええやん。ここは現世とくっついとる、あやかしの住む世界、そんな認識でええ。でな、問題は、や。そういう世界に、封印されたあやかしが、どうやら逃げ出した、つうことやな。しかも、や。あれ見てみ。」

 タツは巨大鉛筆型の石を指さした。

 「明らかに、別の力が働いたっちゅう証拠や。」

 「というと?」

 「誰かが逃がしよった。わざとか偶然か分からんけど、な。」

 タツは、険しい顔で腕組みをする。


 誰かが逃がした、と聞いて慌てて俺は意識を広げた。

 しかし・・・

 確かに、意識を広げて索敵するが、俺たち二人以外に生き物の気配はない。

 ん?

 二人以外にない?

 俺は改めてキョロキョロした。

 「どないした?」

 「いや、河童が・・・」

 「ああ、あいつは用が済んだし帰ったで。」

 「帰ったって・・・」

 「まぁ安心しぃ。とりあえず戻んで。」

 そう言うと、タツは俺の腕を掴んだ。


 またの、酩酊感。


 どこだ・・・?



 俺たちは気がつくと、知らない山の中にいた。


 「こっちや。」

 タツがその山の中をほんの少し進む。

 「あーやっぱりや。」

 何か縄を手にして、タツが言った。

 「何、それ?」

 「しめ縄や。ここに張っててんけど、見てみ。刃物で切られとるわ。」


 獣道とも言えなくもない、時折人が通るのか、という山道を数歩歩いた先にあった2本の木に渡されていたのであろう一本のロープ。

 ロープには神社に行くと見るような、和紙でできた菱形のオブジェ=紙垂しでが何本かついているが、ロープが切られたため地面に垂れ下がり無残に茶色くなっていた。

 俺は、それを見て、眉をひそめつつ、頷く。


 本来の道から外れているのであろう、しめ縄で区切られた向こうへと向かうタツ。俺はその急な山道を、タツに無言で続いた。


 距離自体は数メートル。しかし、木々と斜面に隠されて参道からは見えないであろうその場所に、タツは立ち止まる。

 石、というには大きく、岩、というには小さい、そう、町角や山道に佇むお地蔵様程度の大きさの石が、そこにはあった。

 石は、無骨な石で墓石と見えなくもない。

 もとは赤い色で書かれていたのであろうか、刻まれた紋様にうっすらと赤が残っている。石も字も風化しているのだろう、とっくに自然に紛れていて、が、それが特別の何かである、と示すかのように、数枚の札と、先ほどの木に張られたものよりも随分と細い縄がグルリと囲っているのが残っていた。

 しかしそれも・・・・


 石に張られた札と、それに接するしめ縄。

 その交点に一本の木でできた矢。

 明らかに儀式用、と分かる、小さな20センチほどの木と紙でできた矢が、しめ縄と矢を射るように刺さっていた。



 「こういう土着の業はわかりにくうてかなん。」

 タツが吐き捨てるように言いながら矢を抜いた。

 「ほらな。」

 まずは、その刺さっていた縄を指さす。

 「しめ縄のとこ、刃物で切って、そこに刺してるんや。木工用ボンドかいな?矢が立つようにってやっすいしかけやなぁ。」

 はん、と、鼻で笑い、今度は刺さっていた矢を見せてくる。

 「コレ見てみ。これが原因っちゅうやつや。」


 やじり、だろうか。これも木でできていて、赤で、これは読める。

 【破】

 の文字。

 それが両面におどろおどろしく書かれていた。


 「なんかの儀式をしてこれに力を纏わせたんやろな。妙な力を含んどる。それで、霊的にこの封印を解いてるんや。わかるか?」

 確かに魔力を帯びている。

 これは、水魔法?

 前世なら、水魔法を含んだ魔導具、といったところか。

 「水魔法のようなの、帯びてるな。」

 「ほー、シオンはんには魔法って思うんか。やっぱり魔力と霊力は一緒と思ったらええんかいな?しっかし、水魔法?そんな風に思うんか。ほー。」

 「違うのか?」

 「いや、どうやろ。特に水気って思わへんねんけどな。なんつうか邪気を帯びとる、って感じか。ひょっとしたら感じる場所っていうか、同じもんでも見方が違う、っていうのかもなぁ。」

 「・・・わからん・・・」

 「ん、まぁ、ええわ。とにかく、ここの封印は壊されて、封印された次元からも逃走。えらいことになるかもしれん、それが分かっただけでも、恩の字や。」

 タツは「帰るでぇ。」と言うと、踵を返し、山を降り始めた。


 「あー、あかん。足で帰るしかないんかぁ・・・」

 「どういうこと?」

 「河童の道は水がないと使われへん。もともとこの辺にはいっぱいあったため池とか井戸が全部涸れてもうてるわ。結界が緩んだのもそのせいもあるんやけどな。しゃあない。近くの駅まで行くしかないわ。」

 「はぁ?てか、荷物は!」

 「置いてきたなぁ。中川さんに頼むかぁ?」

 「て、ここ、どこよ。」

 「さぁなぁ。次元渡ると距離感めちゃくちゃやからなぁ。」

 「はぁ?」

 「てか、中川さん連絡したらな、ずっと待ちぼうけやなぁ。」

 「はぁ??」


 私は、あわててスマホを獲りだした。

 『もしもし、詩音ちゃん?シッシッシッ、大丈夫?』

 「うん、それより放っておいてごめんね。」

 『ううん全然。河童の道、行ったんでしょ?荷物持って帰る?』

 「あ、その・・・って、大丈夫?」

 『シッシッシッ。そのつもりでついてきたから。』

 「マジ・・?」

 『シッシッシッ。それより今どのあたり?分かる?』

 「うっ・・・」

 『スマホで位置情報使って、おうちに帰ったら?荷物、どうする?龍神様の分も詩音ちゃんの家でいい?』

 「・・・うん。・・・その、ありがと・・・」

 『シッシッシッ。大丈夫ですよぉ。これが私のやりたかったことだよぉ。じゃ、明日ねぇ。』

 「あ、うん。」

 『バイバーイ。』

 「ばいばい。」


 ツー・・・・・


 持つべき者は、近くの龍神より、スマホの向こうの中川さん。

 ヘラヘラしているタツを見ながら、そう思ったのは仕方がないと思う・・・

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