第28話 河童

 「河童・・・」

 頭にお皿。その周りにギザギザの葉っぱみたいな縁。

 顔はなんとなく蛙っぽいけど、口は横広がりのくちばし。

 イメージと違うのは、なんか体が緑じゃなくって、ショッキングピンクだったから。

 前世で数多の魔物と戦った記憶を持つ自分だから、異形のものを見てもそれほど抵抗がないようだ、そんな風に思っていたけれど・・・・


 詩音として生きて15年。

 ごく普通に生きてきて、普通のJKの知識は、持っている。多分、成績だってそこそこいいし、まぁ、お姉ちゃんほどじゃないけど、本だって読む。だから、当然普通の女の子としての知識はある。河童、という想像上の生き物のことだって、また、そんな河童へ懸賞金をかけてる村、なんてのもあるってことだって知ってる。

 龍に変身?いや、本性?を現した?とにかく、タツとはいえ、龍の生きる姿だって見たし、土蜘蛛の館では、土蜘蛛の姿だって見た。

 高校生になってからというもの、そういうものもいることを知って、受け入れる覚悟もできている。


 何をぐだぐだ言ってるか?って?

 いやね、もうなんかカンドーなんです。

 たとえショッキングピンクの変な河童はいえ、河童だよ?

 うわぁ。本当にいたんだ。

 河童すげー、ってなっちゃうよ、ほんと。


 「なんか複雑やのぉ。儂の姿見ても、しれっとしてたやないか。何、河童ごときで感動してんねんな。」

 「だって、河童だよ?」

 「だから、龍わいや?」

 「龍、ドラゴンは、前世でもいたし。てか、ボール集めたら出てくるような某アニメ的な姿なんだなぁ、と思ったけど・・・どっちかって言うと、あれって龍って言うよりムカデとか蛇のが近くない?」

 「はぁ?いやいや、龍、やで?最強生物やで?ひょっとしてあんさん言うてるんは、あのでぶっとした、蜥蜴のできそこないのことかいな?あれは、あくまででっかい蜥蜴や。儂みたいんが、龍や。神龍や!」

 「はいはい。」

 「はいは、一回!って、薄、反応、薄っ!河童とのテンション差、傷つくわぁ。」

 「だから、ごめんって。でもね、河童みたいなメルヘンな生物、前世でもなかったし、ワクワクしちゃう。」

 「はぁ、よう分からんわ。って、おい、そこの河童、何、照れとんねん。顔真っ赤にして、こっちがはずいわ。」 

 「え?あれで赤面してるの?もともとショッキングピンクなのに、分かんないよ?てか、かわいい!」

 「へいへい。せやかて、河童っちゅうんは、そんなに珍しい生物ちゃうねんで。あちこちおるし、そやから日本中に目撃例とか、伝説が残っとるんや。でな、ここに来たんは河童に会いに来たんが目的やねんけど、本当の目的はそれやないんや。」

 「本当の目的?」

 「そや。かっぱはそこにたどり着く手段、ちゅうわけや。」

 「ひどい。まさか、タツってば、こんな可愛い子たちを使役しちゃうの?」

 「使役?いや、使うっちゅうんは使うけど、そんな目で見られるような悪いことせえへんからな?ったく、どんな評価やねん、儂のこと。」

 「かよわい女の子を強引に引っ張り込む悪徳代官?」

 「誰がか弱いねん!つか、中身男やろが!」

 「言っとくけど、中身も女の子です。たまたま前世がメンズだっただけの、か弱い女の子!」

 「へいへい、もうそれでええわ。」

 それでいいも何も、河童を見てからシオン成分なんて、どっかに行ってしまった。河童を撫でられないかなぁ、なんてことが、意識の大半を占めちゃってる。うん、私、ちゃんと、女の子だ。友達が騒ぐみたいに格好いい男の子にときめく、なくて経験はないど、女の子にときめくこともないし、ちゃんと、心がときめいてる。あの、つぶらな瞳で見上げてくる河童に、私の心はときめきまくってます。


 そんな私を放置して、タツはなにやら早口で河童と話し出す。

 地震、とか、やつはどこや、とか、そんなこと。

 しばらくして、「よっしゃ、連れてって。」と、河童に告げたタツ。

 私の腕をガシッと握って、空中にジャンプ!


 って!

 ちょっと待ってよ。心の準備が!

 私の悲鳴を無視し、水面は瞬く間にもうそこだ。

 バシャン!水音が!

 ・・・・・

 ・・・・・・・・


 しなかった。


 いざ着水か!そう思って息を詰めたその瞬間。

 何かを通り抜けるような酩酊感。

 あ、これ、次元渡るやつ・・・

 何度目かになる、結界を抜ける感覚。


 着水、と思った瞬間、目を瞑ったらしい。

 そっと目を開けるけど、何も見えない。

 真っ暗。

 あの、土蜘蛛の洞窟と同じ、真の暗闇。

 どころか。

 上も下もない感じ。

 立ってはいるけど、足に地面を感じない。

 いろいろ感覚がない。

 軽いパニック。

 が、腕に感じるタツの手が、それ以上の混乱を防いでくれる。

 さっき飛び込んだままに、俺の腕を掴む力強い手の感触。

 そして、幾度となく死地を超えた俺の経験が、何も見えなくとも危険を感知させない。不安はあるが、危険は無い。そう確信できる・・・勘、とでもいうのか。


 シオンの感覚が研ぎ澄まされて、暗闇の中に、しっかりとしたタツの気配と、もう一つ、何かの気配。

 そこに意識を集中すると、心配そうにこちらを見つめるピンクの河童のつぶらな瞳が、目に映った。いや違うな、視覚ではない目の感覚、というのか、魔法の視覚というのか、そういったある意味慣れた感覚が俺を浸していく。


 「大丈夫そうやのぉ。」

 タツが俺の様子に、そう声をかけてくる。

 「ここは?」

 「河童の通行道や。河童ってのはあちこちに散らばっててな、水と水を結ぶ道をこの次元に作れるねん。他の種族には単なる空間としか感じへんねんけど、河童にとっては、立派な通行道。迷子になれへんように、河童の言うこと、よう聞いたりや。」

 俺は、それを聞いて河童を見る。

 河童は、ニコッと笑って大きく頷いたように感じた。

 そして、振り返ると、泳ぐようにその空間を飛んで行く。


 その水紋のような跡を、ゆっくりと、こちらも泳ぐように、はじめはタツに腕を引かれたまま、途中からは手を離したタツのあとを追うように、俺も同じく泳ぐ感覚で、この闇をぬっていった。

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