25.「怖くなった?やめたい?」
私が若干のぼせてしまったのは確実に千石の悪ノリのせいだ。長夜の前哨戦だとでもいうように、散々キスを、しかも舌を絡め合うようなやつをしてきただけにはとどまらず。あまつさえ胸まで揉んできたのだ。
自慢ではないが、今日の今日まで胸で感じてしまうような事態に陥ったことがなかった私は、最初の一揉みは「ちょっと!?」と余裕綽々で千石の行為を咎めていた。
「なに?」
「なに?、じゃない。ここで胸触んないで」
私の非難の声に「うん。そうですよね、こんなとこで触らないでほしいですよね」などとさも分かったような言葉を並べながら、千石の手のひらは形を確かめるような手つきで私の胸をなおも触り続けた。
「もうっ!千石、ほんとだめ、っあ、」
乳輪の輪郭の縁を触れるか触れないか程度の力でなぞっていた千石の指先が、ふいに胸の頂を掠めた。
「あ、ごめんなさい。当たっちゃいました。痛くなかったですか?」
わざとらしく謝る千石を睨みつけたけれど、彼はどこ吹く風でニコニコと作り笑いを整った顔面に貼り付けている。
もお!と先ほどよりも強めな拒否をしようと思ったのだ。だけど股の間に突然差し込まれた千石の太ももにその言葉は飲み込まれた。太ももに体を少し持ち上げられバランスを崩しそうになった私は浴槽の縁を咄嗟に掴む。
そんな私に気づいていながら千石は気にかけるそぶりなど微塵もみせず、乳房をほんの少しの強い力で掴んだ。
「あっ、せんごく、やだってぇ」
「嫌ですよね」
おうむ返しをして、聞いてますよ、というふうを装っているが、実のところ私の拒絶は右から左。本気の拒絶だと思っていないわけだ。……いやいやいや、ほんとやめてほしいんだよ。
私が千石から逃げようと体を捩れば、胸の尖り始めた先端を湯船から出すように上へ向けられた。夏もそろそろ終わりに近づいてきたとはいえ、外気はまだまだ暑いはずなのに。温かい湯船から急に出されて外気に晒されたせいか、ひんやりとした空気を感じた乳首が快感にふるふると震え出す。
そんな敏感になった乳首を、千石の指はその横側を使って楽しそうにコリコリと弾く。本当におもちゃで遊んでいる子供みたいなくせに、そんなのに気持ち良くなってる自分自身にも追い立てられている心地だ。
つい先ほどまで伸びていた背筋も気がつけば千石にもたれかかり、もっと触ってと胸元を千石の手に押しつけているんだから。救いようがないなぁ、と思う。
体勢が崩れたことにより近づいた唇を千石の舌先が遊ぶようになぞる。熱にあてられて思考が霞んでゆく。その中で千石の細い舌先だけが赤々と燃えている。
千石はきっと私がどうしようもなく興奮し始めたことに気づいている。だけど股の間に差し込んだ太ももは微動だにせず、私に新しい快楽を与えてはくれない。しかしここで自ら腰を動かし、千石の太ももに気持ち良い部分を擦り付けるのは憚られた。我慢しなきゃ、早くお風呂から上がらなきゃ、そのことのみを考えて胸に感じる快感と体の中で燻る熱を必死で逃した。
「んんっ、せんごく、恥ずかしいからぁ」
やめて、と続けた言葉は頼りなさすぎて、千石の耳に届いたか不安になってしまう。しかし千石にはどうやらきっちりと届いていたみたいで、「はーい」とやけに素直な声と態度で彼はその行為を終わらせた。
そうだ、これは私が望んだことだ。だけど急に梯子を外されたからか、私の心と体は先ほどの刺激の熱を上手く発散できずにいた。もっと触ってほしかった。そんなはしたないことを考えながらにゅるりとした感触を指先に感じ、背筋が粟立った。
恐ろしいと感じたのは千石に対してではなく自分自身にだ。先ほど指先に感じたにゅるりとしたものは、私の股から溢れ出る愛液。私は熱を発散させようと、無意識に自分のそこに指をやってしまったのだ。そしてその感触によって自分の行動に気付く。私いま、なにをしようとしてた?ゾッとしたのと同時に千石には気づかれなかったよね、と勢いよく彼の方を振り返った。
「ん?」
「いや?なんもないよ」
良かったぁ!セーフ!気づかれていなかったようだ、とほっと胸を撫で下ろした瞬間、「瑠璃子さんがムラムラしすぎてオナニーしようとしたなんて、気付いてませんからね」と、千石。いやいやいや!
「してない!しようとしてない!無意識だったの、ほんと!違うから!」
私の必死な訴えを聞いた千石は「無意識のがエロいよ」とにんまりと紫の瞳を輝かせたのだ。
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畳の上にきちんと敷かれた布団に組み敷かれた状態で、「気分悪くないですか?」とのぼせたことを心配されても困るんだけど。
「うん、水飲んだし大丈夫」
「そ?良かったです。これで思う存分できます」
何を企んでいるのか。千石の口が綺麗に弧を描く。にやりと効果音がつきそうだ。
「ちょ、ちょっと待って待って」
千石は私の制止を無いものとして扱って、こめかみにキスを落とした。たったそれだけ、それだけのことに身体がびくりと反応を示す。それほどまでに敏感になった私の身体にこれから先を恐ろしく感じ、「ね、千石、ほんとに待って」と再び制止を要求した。
「なに?怖くなった?やめたい?」
あなたがやめてと言うならやめますけど、と微笑む千石を見て、息が詰まる。笑っているけれど千石は泣いている。きっと彼も迷っているいるのだ。私を抱くこと。いつか消えてしまうかもしれない、恐らく消えてしまうだろう自分が欲望のままに抱いてもいいのか、と。
私はゆっくりと2度、首を左右に振って「怖くないよ」と千石の頬に手を添えた。
「私のぜんぶ、まるごと愛して」
それを聞いた千石は私の胸元に顔を埋め、「はぁー」と長い息を吐いた。泣くことを我慢するように、必死で感情を逃すような息遣いに愛しさが募る。大好き、大切にしたい、そばにいたい。許されるならば、ずっと、ずっと。胸元をくすぐる千石の銀髪を優しく梳くように撫でれば、息を吐き切った千石は顔を上げて「やっぱりこの気持ちが愛ですよ」と言い切った。
「ふふ。そうだね、愛だね」
本当は愛だの恋だの、もうどうだってよかった。だけど千石があまりにも嬉しそうに言うものだから、私の口からは自然と同意の言葉が出た。
下がっているであろう眦に甘やかなキスを落とされ、千石の「好きだよ」に溶かされる。執拗に繰り返されるキスは全て千石からの愛だ。もう千石そのものが愛ではないか、と大袈裟ではなくそんな心地になる。なんだ、愛はこんなに近くにあったのか。
千石の唇が、舌先が、私の体を愛おしむように這う。自身から漏れ出る声にも煽られて我慢の意味すら忘れてしまった惚けた頭で、与えられる快感をひたすらに享受した。
だけど緩やかな快楽に慣れ始めた体はさらなる刺激を求めて、浅ましくも自らの体を千石に押しつけくねらせる。
「せんごくっ、」
「なんですか?」
"指で触ってほしい"それが言えなくて、布団の上に置かれた千石の手を強く握り締めた。千石は分かってる。私がどうしてほしいか。気づいていながら敢えて触らないこと、千石の意地の悪い笑みがそれを証明していた。
「指で触って、おねがい」
意地悪をされてもいつものように言い返さなかったのは、私自身が耐えられる自信がなかったからだ。意地を張ってこのまま舌と唇での愛撫が続けば、気持ちよさと焦ったさで私がどうにかなってしまう。
しかし素直にお願いをした私に千石は「その前に僕のお願いを聞いてくれますか?」と妖艶な笑みを浮かべ首を傾げた。
「私にできることなら、なんでも」
だから早く触ってほしい、と懇願するように薄く口を開いた私に、千石が「すごくかっこ悪いのは分かってるんですけど」と前置きをし「名前で呼んで」と眉を下げた。そんな願い事をする自身の不甲斐なさを恥じている千石のその表情に、なぜだかとても欲情した。それはずくりと下腹部が疼き、愛液がだらりと滴るのを感じるほどだ。
「さとる、」
以前千石に「瑠璃子さんが僕を呼ぶ声は平仮名っぽいですね」と言われ、意味が分からないし、なんなら馬鹿にしてんのか?と感じたことを思い出す。だけど、違った。
今千石の名前を読んでみてやっとその意味が理解できた。私は心のどこかで千石を手中に収めたいと、無意識に彼を誘っていたのだ。こちらにおいでと甘く誘うように千石を呼んでいたんだね。
「恐ろしいですね。名前を呼ばれただけでイキそうになりましたよ」
「さとる……」
「っ、次は僕が瑠璃子さんのお願いを聞く番です」
薄っすらと細められた瞳にぞくりとした。食べられてしまうかもしれない。私は千石から逃げられない。それは最上の幸福。頭の先から足の先まで、私の全てを千石にあげる。だから、千石、私の前から消えないで。
それがどれほど残酷な願いなのか。そんなことは重々承知している。だけど願わずにはいられないのだ。どうか、どうか、この今が少しでも長く続きますように。
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