16.「ほんとにしてほしいの?」
なんでこんなことになってんだ?と思う。
たまたま楓ちゃんに会って、流れで米屋の話になった。これまた流れで千石の話になって、楓ちゃんは「慧くん、ガード固すぎます」と一応姉であるはずの私に不満を漏らした。「まだ連絡先も教えてくれないんですよ」と頬を膨らませた楓ちゃんは可愛い。
たしかに今時、スマホを持ってないと言われれば完全な脈無しだと捉えてしまうだろう。しかし事実、千石はスマホを所持していないのだ。だけどそれは言えない。
そしてなんか気づいたら「4人でご飯食べません?」ってことになってて、私もなんでか頷いていた。
そして今日だ。なんでか米屋の家にお邪魔してご飯を食べてる。しかもお酒まで飲んで。
「4人で?面倒そうだから嫌です。あ、米屋さんちでご飯食べるならいいですよ」と、無理難題を押し付けた気で安心していた千石も驚いたことだろう。米屋のフットワークの軽さに。
楓ちゃんと約束してしまった手前、律儀に米屋に「米屋んちでご飯とかどう?」と聞いた私に、二つ返事で了承をしてくれた。やっぱり。そもそも米屋は人と関わることが好きなのだ。
米屋の部屋は一人暮らしの割に広い。営業部エースは同期といえど私より随分と稼いでいるのだろう。
初めは当たり障りのない会話をしていたが、お酒が進むにつれて際どい会話が増えてきた。特に楓ちゃん。君がこんなに明け透けな性格だとは知らなかったよ!
「米屋さんはぁ、わたしのことかわいいって思いますか?」
「え、う、うん。可愛らしいと思うよ。楓ちゃんならみんなそう思うんじゃない?」
「ですよねー?だけど、慧くんは全然靡いてくれないんです」
しくしくと泣き真似まで入れながら、愚痴を垂れ流す。ちなみに千石はトイレに行ってる。さすがにこれを千石の前で言ってしまうほど酔ってはいないみたいだ。
「お姉さん、慧くんのタイプ教えてください!」
え、えー?とタジタジになりながら、私はカエデちゃんを思い浮かべた。
「芯があって、勝気な子?」
「見た目は?」
「綺麗系……かな?背も高めの、」
私がカエデちゃんの見た目をなぞっていると、トイレから帰ってきた千石が「なんの話ですか?」と興味なさげに聞いてきた。とりあえず聞いてるんならわざわざ掘り下げなくていいから!とも言えず、しかし楓ちゃんの手前「さとるのタイプの子の話」とも言えない。困った私は咄嗟に「私のタイプの話!」と嘘をついた。これは必要な嘘だ。
「あぁ、瑠璃子さんの?瑠璃子さんのタイプはだらしなくてー、テキトーでー、自信家でー、仲間思いでー、やるときはやる男、でしょ」
それは完全に永良隼人だ。楽しげに揶揄われ、私は言葉に詰まる。具体的すぎるタイプに米屋と楓ちゃんも怪しむ表情を浮かべた。
「ちっがう!私のタイプは、明るくて、責任感があって、頼りになる綺麗好き!」
「えー!それって米屋さんじゃないですかぁ!」
適当に並べたタイプを拾い上げて、楓ちゃんの声が弾みながら米屋を名指しした。突然呼ばれた米屋は「いやいや」と気まずそうだ。
「あ、わたしお酒の追加買ってきますね!慧くんついてきて」
と、あからさますぎる楓ちゃんからの雑な応援のパスに思わず苦笑いを返す。「早く早く」と千石の腕を引っ張りながら、楓ちゃんたちは部屋を出て行った。
「2人になりたかったのかな、楓ちゃん」
「ん?あぁ、そうじゃね?オレらお邪魔みたいだったよな」
米屋も苦笑いをしながら、空になった私のグラスに梅酒を注いだ。
「あっ、この梅酒で最後にしよっかな?」
「?全然飲んでねーじゃん」
「いやー、だって家まで帰らなきゃじゃん?」
「泊まってけば?」
いやいやいや。さすがにお酒飲んで泊まるのはまずいよ、と言った後に、これって私が米屋のことめっちゃ意識してるみたいじゃない?と気づく。
「オマエだけじゃねーよ。慧くんも楓ちゃんも」
「、あっあぁ、あはは。そりゃそうか」
意識しすぎて空回って、これはめっちゃ恥ずかしい。にしても、米屋ってほんとパーソナルスペースが広いよな。私だけじゃなく、ほぼ初対面の2人も泊まっていいよって。
「でもさとるがどうだろ?」
「あぁ。なぁ、慧くんって、オマエのことめっちゃ好きだよな?昔っから?」
「へ?さとるが?ないない。好きならあんな態度とらないよ」
米屋はつまりシスコンだと言いたいのだろう。だけど実の姉弟ではない私に、そのセリフは受け入れ難い。もちろんそう見えるなら嬉しい。だけどあいつは心の底から私を揶揄って楽しんでいるだけ。そういう奴なのだ。
米屋とはただでさえ安心してお酒が進むのに、その上お酒を勧めるのが上手いんだから。米屋と飲めばどうしたって出来上がってしまう。
よほど遠いコンビニまで行ったのか、それともお酒を選ぶのに時間がかかったのか。千石と楓ちゃんが随分と遅く帰ってきたときには、私は見事に酔ってしまっていたわけだ。
「おかえりー」
とヘラヘラとしたのが気に食わなかったのか、千石は「どんだけ飲んだんだよ」と口調荒く、私を責めるような目つきで見てきた。
「米屋さんも、あんま飲ませないでくださいよ。連れて帰るの大変なんですから」
「あー、ごめんごめん。けど、」
「きょう、とまるんだよ、ねー?」
いつの間にか泊まることが私の中で確定していたみたいだ。米屋の言葉を遮って告げれば、千石の顔からみるみる表情が失われていく。
「え、いいないいなー!わたしも帰りたくなーい」
「そうそう。良かったら慧くんも楓ちゃんも泊まっていってよ」
米屋の提案に楓ちゃんは「やったー」と喜んだ。
「じゃあ、下着買って来なきゃいけませんね。ほら、行くよ」
そう言った千石は私の腕を掴み、無理矢理立たせる。「わたしも買いに行く」という楓ちゃんに「後で、米屋さんについて行ってもらってください」と返し、千石は半ば引っ張るような形で私を部屋の外へと連れ出した。
「あ、まってまって、さとる、はやい」
「酔っ払いうるさい。黙って歩いてください」
「さとるおこってるねー?」
ついに千石は私に返事もしてくれなくなった。
米屋のマンションから一番近いコンビニは歩いて5分もかからない。そこで2人分の下着を買って、私がふと「コンビニめっちゃちかいのにぃ。楓ちゃんとなにしてたの?」と疑問をそのまま声に出した。
「べつに。なにもしてませんよ」
「うっそだー。ちゅーぐらいしたでしょ。ちゅー」
「はぁ、キスぐらい誰とでもしますよ」
「……なにそれー、わたしにはしてくんなかったじゃん」
下着が入ったビニール袋を前後に振りながら私が拗ねた声で不満を訴えた。やっぱキスしてたんじゃん。つら。
「なに?ほんとにしてほしいの?」
「……うー?うん?してほしい」
私のその言葉で千石が歩みを止める。急な行動に、「さとるー?どしたの?」と千石の顔を覗き込めば、「酔ってる方が素直でかわいいですよね、瑠璃子さんって」と一言。
その言葉を理解するのに少し時間を要した私は、キョトンとした顔で千石を見つめる。千石も視線を逸らさない。そして、ぽつりと「だから誰の前でも酔ってほしくないのに」と思わぬ本音をこぼしたのだ。
「え、今かわいいって言った?」
「はい?」
「だーかーらー、千石、今私のことかわいいって言ったよね?」
「…………」
「あれ?ちがった?」
「言った言った。言ったけどそっちに食いつきます?普通」
不満げな声を出す千石に気づいていない私は、「ね、もう一回可愛いって言ってよ」としつこく迫り、ついにおざなりな「かわいいかわいい」をゲットできた。
あれ?結局千石ってば、私にはキスしてくんなかったな。その事実に気づいて、また落ち込むのだった。
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