14.「他に好きな人がいますから」

 映画を観た米屋は上機嫌で感想を述べている。「あそこの演技、めっちゃ泣けたよな?」と、映画の内容どうこうより、好きな俳優の演技が主なのが面白い。


「んー、演技は分かんないけど、かっこよかったね?」

「かっこいいのは大前提としてね?」


 私は俳優の外見を褒めたけれど、米屋に言わせればそこは改めて言うポイントではないらしかった。

 好きな芸能人はいないけれど、推しはいる。だからその気持ちは分かるのだ。好きになればなるほどマニアックな長所に気づく。それどころか100周ぐらいして、分かりやすいチャームポイントが一番の魅力かも、と思い直したりする。まぁなんにせよ、推しがいることは尊いのだ。

 そして推しの素晴らしさを嬉々として話している人もまた尊い。米屋、かわいいなぁ、と自然と顔が綻ぶ。そんな私の表情に気づいた米屋は急に恥ずかしくなったのか、んんっ、と咳払いをして姿勢を正した。


「晩飯も一緒に食べるだろ?」

「んー?うん。お酒は飲まないけど」


 晩ご飯という単語を聞いて暗い気持ちになったのは、この前の失態ーー私と米屋にとっては当たり前のことで失態ではないけどーーを思い出したからではない。まさに今日の夜、千石と楓ちゃんが2人でご飯に行く事実を思い出してしまったからだ。……って、ほんとは考えないように隅っこに追いやってただけで、ずっと頭にあったけど。


 

 楓ちゃんとマンションのエントランスで会ったあの日。家に帰るなり、千石に「楓ちゃんとご飯行くんでしょ?」と聞いた。嫉妬心など微塵も感じていないことを分からせるために、手を洗いながらサラリと聞いたのだ。

 それが良かったのかなんなのか、千石は私に突っかかることなく「寺元さんから聞きましたか?」と肯定を表す質問を返してきた。

 それに「さっき下で会ったの」と答えて、「一応これ持ってきなよ」とお金を渡す。楓ちゃんから誘ったお礼の食事という名目なら、彼女が支払いをするつもりなんだろうけど。なんとなく、一応ね。

 初めは「いらないと思いますよ」と断っていた千石も、私のあまりのしつこさに「では、念のため」とそれを受け取った。





 今日は焼き鳥を食べようと、地下街にあるいい感じの古さと狭さの焼き鳥屋さんに足を運んだ。店内はテーブルとテーブルの間隔も狭いし、なんならカウンター席の方が多いぐらいの狭さだ。こういうところが絶対に美味しいんだよね。


 店員さんにカウンター席へと案内され、早速メニューを選ぶ。本当ならビールの一杯や二杯、飲みたいところなんだけどさすがに自重した。


「米屋は飲んでいいからね」

「んじゃ、お言葉に甘えて」


 私の恨めしそうな視線を一身に受けた米屋は「飲みにくいわ!」とビールジョッキをテーブルに置いた。そんなつもりはなかったのだが、目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。


「オマエも飲めばいーじゃん!今日も送ってくよ?」

「うー……ダメダメ!誘惑しないで!この前、せ、さとるにそれでめっちゃ怒られたんだから」

「……さとる?……あぁ、弟くんか」


 一瞬考えた米屋はすぐに納得がいったようで、ビールをぐびりと流し込んだ。


「なに?お酒禁止令でも出たの?」

「そこまではないよ。けど、米屋に迷惑かけるほど飲むなって」


 ハツに齧り付きながらしょぼくれてみせれば、米屋は「オレは迷惑だと思ったことはねーけど」と神様のような寛大な心を見せた。その言葉に甘えて、じゃあ、と飲んでしまいそうになるけれど、千石のため息がそれを阻止する。きっとまた、「誘惑に弱い人は嫌いです」とかなんとか、嫌味を言うに決まってる!


「んー、やめとく……。あ、そうだ!米屋ってさ、私のこと鈍感だと思ったことある?!」


 急な話の展開に、米屋が眉間に皺を寄せて「なにそれ?」と疑問を浮かべた。まぁ、たしかに突然すぎたな、とその表情で我に返り、もう一度丁寧に説明し直した。


「ふぅん。弟くんに鈍感だって言われて、ケンカになったんか」

「そうそう。米屋は私の鈍感さの被害者らしいよ」


 意味分かんないよね、と、ふふ、と笑えば、米屋は「こえー」と引き気味な声を出した。


「えー?怖い?あぁ、さとる?怖いっていうか、意地が悪いんだよ」

「いや、そうじゃないんだけど。オマエって分かり易いじゃん?けど、オレって分かり難いんだよ」


 真面目な顔で私のことを若干乏してきた米屋に、思わず顔を顰めれば、「ほめてるほめてる」と慌ててフォローを入れてきた。同じ言葉を繰り返された途端に嘘っぽく聞こえるんだけど。しかしこんなことにいちいち突っかかっていれば、話が進まない。ここは私が大人になって、「それで?」と続きを促した。


「好きな子にも、気づかれるか気づかれないかぐらいでアプローチするのが癖なの」


 ふぅん?それってなにかメリットがあるのだろうか。気づかれないと意味なくないか?

 米屋が分かり易いと評したように、私の気持ちは顔に出てしまっていたようだ。それを汲み取った米屋が「ジワジワと囲って、気がついたときにはオレが一番になってるの、その子の中で。それって最高じゃない?」と満面の笑みで答えた。


「えぇ、こわー。米屋に狙われたら終わりな気がする。逃げらんないじゃん」

「そうだよ?逃がす気なんてさらさらないから」


 爽やかそうな見た目をしているのに、米屋もとんだ腹黒系男子だったわけだ。騙されてた。


「でも、時間かかるし面倒だね?てか、そのやり方で今まであんだけ彼女できたのすごいね」


 心の底から褒めている。私はそこまで長い時間かけられないなぁ。所謂せっかちというやつだろうか。早く白黒つけたくなってしまうのだ。そんな私の感想を聞いた米屋は、穢れのないような眩しい笑顔を見せた。


「全員に使うわけないじゃん。効率わりーわ」


 あ、やっぱ効率悪いのは分かってたのね。それを理解した上で慎重に攻めていってるわけか。それって狙われた子、ほんとに逃げ場無さそうで怖いな?ご愁傷様ってやつじゃん!

 思わず肩を震わせた私を見て、米屋は歯を見せて明るく笑う。そして、「弟くんも、オレと同じタイプかなー?」と愉快な声を出したのだった。





 一人で帰れると言ったのに、米屋は「念のため!」と押し切った。米屋って大概過保護だよね、と思うが、人様の好意は有り難く受け取っておこう。


 最寄り駅に着いて、私の住むマンションまでの道を歩いていると、前に見知った姿を捉えた。どうやら同じ電車に乗っていたみたいだ。街灯があるとはいえ、夜道でも誰か分かるのは、片方の人物の背の高さのお陰だ。

 話している途中にその2人に気づいてしまったものだから、不自然に会話を止めてしまった。そんな私を不思議そうな顔で見た米屋が、私の視線を追い、「あれ?前にいるのもしかして弟くん?」と目敏く見つけたのだ。よく分かったな、と思うが、もしかしたら私の表情で察したのかもしれない。なんせ米屋からすれば、私って分かりやすいみたいなので!


「だね。なんか、デート?だったみたいよ」

「へぇ。女の子の方がだいぶ積極的だな」


 と、米屋が言うように、楓ちゃんは千石の腕に絡み付いている。もしかして付き合ったの?と勘繰ってしまうような距離感に胸がざわついた。

 というか、人様の恋路を盗み見るのは人として如何なものかと思うが。後ろを歩いているので不可抗力なのだ。だからこそ嫌でも目に入ってしまう。これが家に着くまでか、と思うと気が滅入ってきて、それならいっそと「さとる!」と千石の名前を呼んだ。

 普段は「さとる」だなんて呼ばないのに。それでも楓ちゃんや米屋の前で「さとる」と呼んできたからか、つっかえることなく、驚くほど自然と呼べた。


 私の声にすぐに反応した千石は立ち止まり、くるりと後ろを振り返った。


「瑠璃子さん。と、米屋さん。こんばんは」

「わ、お姉さんだ!こんばんは!偶然ですね」

「う、うん、ほんとに。こんばんは」


 米屋は千石にぺこりと頭を下げた後「邪魔してごめんね」と私の突然の行動を謝罪した。


「いえいえ。あ、紹介しますね。こちら寺元楓ちゃん。僕の、うーんと、友達?」

「今はまだ友達だけど、彼女になりたいです」


 強い……楓ちゃんが強すぎる。私には到底理解も実行もできないようなことを言ってのけた楓ちゃんに、正直敵わないと思った。って、なんで千石より米屋が照れてんだ?わけわからん。私が米屋の脇腹を小突けば、米屋は我に返ったのか「僕は米屋圭吾っていいます」と楓ちゃんに名前を告げた。


「けいごさん!もしかしてお姉さんの恋人ですか?」

「まっさか。姉さんにはもったいないですよ、米屋さんのような素敵な人。ねぇ?」


 楓ちゃんの質問に、米屋と私より早く答えたのは千石だった。しかもびっくりするほど失礼な答え方だな?あからさまにイラッとした私を見て、楓ちゃんが「なんで?お姉さんとけいごさん、お似合いだよ?」とフォローを入れてくれた。ほんと、楓ちゃんにまで気を遣わすなってんだよ。


「米屋とは会社が同じで。同期なんだ。ね?」

「うん。オレにはもったいないぐらい素敵な人だよ。美輪は」


 米屋のその言葉を聞いて、抱きつきたくなった。まじでいい奴!もう大好き!それに比べ、千石のそのつまんなそうな顔よ。ほんと、部屋に入ったら説教だからな?!


 それからは4人で取り止めのない話をしながら帰った。マンションの前に着き、米屋に「ありがとね」とお礼を述べる。結局今日も米屋にご馳走になってしまった。

 お酒を飲んでおらず、しっかりとしている今日ぐらいは私が払うと言ったのだけど。米屋は「じゃあ、次奢ってよ!」と私にお財布を出させなかった。ステーキぐらい奢らせてもらわないと、バチが当たると思う。


「じゃあ、明日また会社でな」

「うん!帰ったら連絡してね、心配だから」

「……おう。じゃあな。楓ちゃんも、慧くんも、さようなら」


 颯爽と帰って行った米屋を見送りながら、楓ちゃんが「爽やかですねぇ」と米屋を褒めた。なんだか私まで嬉しくなって、「でしょ?めっちゃいい奴なんだよぉ」と、頬が緩む。そんな私を微笑ましげに見ていた楓ちゃんが、「お姉さんは米屋さんのことが好きなんですね」と可愛らしい声で驚くことを言ったのだ。


「えっ?!好きって、その、恋愛、的な?」

「えっ?ふふっ。そうですよー。お姉さん、恋してる顔してますよ?」


 えっ!?と思わず自分の頬を両手で挟む。私、どんな顔してるの?てか、米屋のことが好き?……ないないないない。今までそんな風に見たことないもん。そりゃいい奴だし、一緒にいて楽しいし、大好きだけど。えぇー?私、米屋のこと好きだったのー?!?!

 一人パニックになり始めた私を千石が鼻で笑う。そのたっぷりと嘲笑を含んだ声に一瞬で冷静になった。


「ちがうちがう。この人は他に好きな人がいますから。ね?」


 その自信たっぷりな笑顔はなんなんだろう。千石のその笑顔に私は何も言えなくなってしまった。

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