第34話
待ちに待った終末がやってきた。
おっと間違えた、週末がやってきた。
午前十時過ぎ、俺は二人の女子高生を出迎える。
「なんすかその格好」
「勉強は形から」
「だからって制服で来なくても」
制服JKを二人家の中に入れると背徳感が凄い。
俺も未成年なため何も問題はないはずだが、犯罪臭がプンプンして嫌な感じだ。
と、堂々と部屋に入ってくる杏音に芽杏は首を傾げる。
「なんかお姉ちゃん随分慣れてるね?」
「なにが?」
「宮田の家に入るの初めてじゃないの?」
「……」
そうか、そういう事になっているのか。
実際に彼女が俺の部屋に入ったのは四日。
ドブから拾い上げた日とその翌日、そして俺が恋愛恐怖症患者だと告白した日に、この前の慰めてもらった日だ。
以前、ドブにハマった日は俺の姉ちゃんの家に泊まったと嘘をついていた。
結構厄介なことになっているのではないのだろうか。
自分の首を絞めているのではないか。
俺は杏音を見る。
今回はどう逃げ切るつもりなんだろう。
もはや曖昧に誤魔化すしかなさそうだが。
「さぁ、どうでしょう?」
杏音は意味ありげに芽杏に笑いかける。
と、芽杏が目をキラキラ輝かせ始めた。
「宮田もやるじゃん!」
「……好きに言ってろ」
孤高魔女恐るべし。
そういう逃げ方をするのか。ふぅん。
きゃぴきゃぴとリビングまで直行する姉妹(妹の方だけ)を見ながら、俺は溜息を吐く。
「ちゃんと掃除してるんだ。綺麗」
「ありがとうございます」
お褒めの言葉をいただいた。
芽杏はテーブルの前に座ると、早速教材を広げる。
現代文、古文、英語、日本史。
文系オールスターが並べられた。
「じゃあ始めますか! お姉ちゃんよろしく!」
「ん。何から?」
「えっと……」
「あのね。勉強を聞くときは分からないところを初めに絞って。全体を適当に流しても意味ないから。そんなだからいつまで経っても学年下位なの」
「お姉ちゃん目が怖い」
実の妹にも容赦なし。
ただ言っていることは至極的を射ている。
涙目の芽杏を無視し、俺は数学の問題を渡した。
「三角比がわかりません」
「課題やってないからでしょ。まずはそれをやって」
「……なんのために来たんですか?」
「悠に課題をさせるため」
「へにょ?」
「キモい声出さないでキモいから。気持ち悪くなる」
どこかの環境大臣御用達構文みたいな言葉に耳を疑う。
この女、勉強を教えに来たわけじゃないのか?
あくまで一番の目的は芽杏と俺の距離感を近づける事だと、言外にそう言われているように聞こえる。
「課題でわからないところがあれば聞いて。教えてあげるから。そもそもその方が効率良いでしょ? わからない問題が悠の弱点なんだから」
「おぉ、それっぽい」
「……」
「……」
なんかピリピリしているので、舐めた口を利くのは控えよう。
俺はそう心に誓った。
‐‐‐
「なんで日本人なのに英語が必要なのか、ぜんっぜんわからない!」
「元気だなお前」
「だってイライラするもん!」
数時間後、俺は疲れ切っていた。
机の上には解答が完成した課題冊子が二冊。
数学と生物の二科目を死ぬ気で終わらせた。
「頑張ったね」
「ありがとうございます」
「意外と地頭が良いから教えるのに困らなかった。どこかの誰かさんと違って」
本来課題冊子を二つこなす程度でここまで疲れない。
手こそ疲れるものの、解答を丸写しするだけの作業だからだ。
しかし中間テストでコケた日には死が確定するので、今回ばかりは真面目に解いた。
そしてわからない問題は全て杏音に教えてもらったというわけだ。
疲労の一番の原因は気疲れ。
下手な間違えをすると射殺さんばかりに睨みつけられるため、かなりの集中力を使った。
そのおかげでなんとか杏音の機嫌はやや不機嫌レベルに抑えられた。
杏音は現在鋭い眼差しで芽杏の参考書を見ている。
「ねぇ芽杏。そのミス何回目?」
「え、どこか間違ってる?」
「ここの『I missed train because I walked home.』って何?」
「『私は電車を逃したので歩いて家に帰った。』って書きたかったんだけど」
「これだと私は歩いて帰ったから電車を逃したって言ってるみたいだけど。あのさ、何回も言ってるけどsoとbecauseの使い方がおかしい」
説教モードに入る杏音。
対する芽杏はこれから始まるであろうお叱り地獄を思い浮かべ、絶望色に顔を染める。
耐えろ、そして生きて帰ってくるんだ。
冗談はさて置き、芽杏の成績が悪い理由が分かった気がする。
たまにいる『単語や小テストはバッチリなのに何故か成績悪い奴』ってのは、根本的な文法だったりとか、物事の組み立てが苦手なんだろうな。
その点杏音は強そうだ。
繊細で神経質な彼女は小さな違和感を徹底するタイプだから。
「悠、手が止まってるけど」
「休憩中です」
「暇なら肩でも揉んで」
「え、そんな凝ってるんですか?」
「なにそれ。また胸のこと馬鹿にしてる?」
「誤解です」
単なる疑問だったのだが。
ていうかなんでもかんでも胸のサイズに話題を持っていっているのは、この人の方ではないだろうか。
変に因縁つけられているのは俺な気がする。
「宮田、そんなこと言っちゃダメだよ」
「芽杏が言うと嫌味にしか聞こえない」
ストレスピークの拗らせ魔女にはどんな言葉も嫌味に取られるので警戒だ。
対策は何もしゃべらないの一つに尽きる。
「それにしても、芽杏と悠って意外と距離が遠いね」
「そうすか?」
「こんなに仲良いのに苗字呼びって違和感凄い」
「まぁ確かに」
芽杏を向く。
「別にそういうつもりじゃなかったんだけど。まぁでも確かに、宮田だけあたしのこと名前呼び捨てってのも生意気でイラつくし、呼び方変えよ」
「なんだよイラつくって」
「悠のくせに生意気じゃん」
「ッ!?」
何だこの感覚。
女子に下の名前で呼ばれるのって、こんなに素晴らしいものだったのか。
何気なく悠と呼ばれ、頬が紅潮する。
斜め前の杏音は俺の反応を見て楽しんでいた。
策士だこの女。そしてありがとう。
しかし、ふとあることを思い出した。
「そう言えばどこで寝る気ですか? うちシングルベッド一つしかないんで、流石に三人で一緒に寝るのはしんどいんですけど」
そう、寝場所だ。
前杏音は何も敷いていないフローリングに直接雑魚寝していたが、流石にそういうわけにもいくまい。
「さらっと変な事言ってるのは別にいいけど、私はそこらへんで寝るから気にしないで」
「……じゃあ芽杏と二人でベッドか」
「あたしは寝袋持ってきた!」
冗談がスルーされ、悲しい。
芽杏は持ってきていたバッグから寝袋を取り出す。
「そんなもんよく持ってたな」
「なんか家にあったから」
「杏音のはないんですか?」
「一個しかなかった」
ますますよくわからない状況だが、まぁいい。
「何? 一緒に寝たかったの?」
「そんなわけないだろ」
ニヤニヤ聞いてくる芽杏に俺は溜息を吐く。
別に強がりではない。
前にも言った通り俺は潔癖症だし、寝起き特有の匂いなんかは好きじゃないのだ。
恋人や夫婦というのならまた別かもしれないが、可愛いくらいの女友達と寝ようとは思えない。
「杏音は将来結婚したら、夫とは一緒のベッドで寝たいですか?」
「……わからない」
「ですよね」
これは潔癖症の曖昧な部分だ。
俺と杏音が全く同じラインを心に引いているかは知らないが、ある程度近い感性を持っているだろうと思って聞いてみた。
積極的にキスをしたいとは思わない。
ただ行為中は深い方をした方がハイになれるかもしれないと思う事はある。
おかしな感性だが、そんなもんだ。
そういう曖昧な線引きが、俺達潔癖症にはある。
って何言ってんだか。俺気持ち悪いな。
俺と杏音の意味深な会話を、芽杏は興味深そうに聞いていた。
◇
【あとがき】
本作関係ないのであれですが、新作の情報です。
今日の新作投稿は見送りました。
現在四話分の原稿が出来上がっており、一応連載開始も可能でしたが、どうせならより完成度が高く面白いものを読んでもらいたい……という気持ちの上の判断です。
それと本作はこの話で十万字突破しました〜。
☆おめでたい☆
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