第33話

 しばらくして芽杏が買い物から帰ってくる。

 今思えば、この時間は芽杏なりの気遣いだったのかもしれない。

 俺と杏音を二人きりにしてあげようという、恋愛の先輩によるエールだったのだ。


 それと思ったのだが、アポなしで杏音の部屋に凸ったのもあいつの思惑かもな。

 ラッキースケベを俺にプレゼントしようとした可能性だ。

 仮にそうだとしたら結構ヤバい奴だが。


 なんだかんだ杏音も思春期の女子高生だ。

 一人でいかがわしい行為に夢中になっていた可能性だって考えられる。

 仮にそんな現場に出くわしたらどうする気だったのか。


 まぁしかしアホな芽杏の事だし、特に何も考えていなかったのだろう。

 そういう暴挙に及んでもおかしくはない。


 芽杏がテーブルの空き席に座ると、杏音は話を始めた。


「勉強合宿っていうのはどう?」

「なにそれ」


 キョトンとする芽杏。

 当然の反応だ。

 俺も似たような顔をしているに違いない。


「さっき言ってた良い事ってそれですか?」

「そう。芽杏も悠も点数取らなきゃいけないんでしょ? どうせなら終日使って詰め込んだらいいじゃん」

「えー」

「留年したいんなら別にいいけど」


 留年したいわけがない。

 俺は楽して人生を生きていきたいと思っていただけであって、決して進級を蔑ろにしたかったわけではないのだ。

 そもそも最低限、一応ギリギリの期限(交渉次第)にギリギリの点数になるよう計算して課題提出の管理を行なっていたわけだし。


「ていうか合宿って……わざわざ泊まる必要あるんですか?」


 俺の問いに、今度は芽杏がニヤニヤし出す。

 あぁ、また変な勘違いを始めた。

 結局勘違いを訂正する気はないらしいので、ここも傍観だ。


「合宿ってのはあたしとお姉ちゃんと宮田の三人?」

「そうだけど」

「それなら二人でしなよ。あたしはいいからさ!」


 これでもかと目配せしてくる芽杏。

 と、杏音は慣れているかのように溜息を吐いた。


「芽杏もやるの。このままだと大学行けないよ?」

「うーん。まぁそこまで言うなら」

「おいこら。待ちなさいそこのお二方」


 勝手に話を進める姉妹を俺は止める。


「俺は参加するとは言ってませんけど。大体どこで合宿するんですか? この家ですか?」

「まさか、悠の家よ」

「……冗談ですよね?」

「本気よ。うちは両親がいるから無理」


 マジで言ってんのかこの女。

 俺の家に女子高生を二人泊めるだと……?

 本来こんなに容姿の整った奴らと夜通し一緒に居られるなんて、ご褒美だとガッツポーズ確定演出かもしれないが、俺には不安しかない。

 面倒ごとになる予感しかないんだが。


「芽杏はいいのかよ」

「何が?」

「仮に今フリーとはいっても、男子高生の家に泊まるの怖くないのか?」

「別に。お姉ちゃんいるし」

「いやでも……」

「ん? どしたの?」


 渋る俺に芽杏はどっかの誰かさんそっくりなイラつく笑みを浮かべて言ってくる。


「もしかしてあたしに何かする気? ん~?」

「チッ」


 小倉と別れた事でこいつも拗らせたか。

 姉妹二人から煽られ出したらストレスが爆発するぞ。


「はぁ、確かに成績も死活問題なので断ってる余裕は俺もないです」

「じゃあ決まりね」

「杏音は良いんですか? 一年の内容なんてやってる暇ないんじゃ」


 一応彼女は来年受験を控えている。

 一年後の今頃は共通テストを受けているくらいの時期だ。


「大丈夫。それこそ模試の対策になるし、私としても丁度いい機会よ」


 最後のチャンスもなくなった。

 これでどう足掻いても美人姉妹とお泊り勉強合宿をすることが確定してしまった。


「日程は?」

「今週末」

「……掃除しておきます」


 結局俺はいつもこの女の言いなりだ。

 それにしても芽杏とお泊りか。

 泊りと言えば色んなシチュエーションが想像に容易い。

 特にピンク色な展開だ。


 しかし、相変わらずそこまで浮かれない自分が嫌になる。

 ちょっと前まで好きだった女の子とのお泊まりなのに……つくづく恋愛恐怖症ってのは不幸な病だ。



 ‐‐‐



 帰宅した後。

 ぐちぐちと文句を言われるのも嫌なため、掃除機や雑巾を駆使して部屋を隅まで掃除していく。

 明日も学校はあるというのに、余計な仕事が増えてしまった。


「はぁ、めんどくさ……っと。電話来た」


 掃除機の電源を切ってスマホを見ると、小倉から着信があった。

 丁度切れてしまったので、かけなおす。


「もしもし?」

『お、やっと出たな』

「掃除中だったんだよ」


 芽杏との泊りの用意なため、少しいけないことをしている気持になる。

 別に小倉から奪ったわけではないが、罪悪感は多少拭えない。


『ちょっと話が合ってさ。今いいか?』

「おう。聞くよ」


 椅子に座って落ち着くと、小倉の声が聞こえる。


『芽杏とは別れたんだ。ごめんな、お前があんなに気を遣ってくれてたのに』

「……気にすんなよ」

『いやいや、お前には変な疑りかけたりしちゃったからそういうわけにはいかねーよ』


 そういえば芽杏との仲を疑われたり嫉妬されていた時期もあったな。

 言わなければ俺も忘れていたのに。

 律儀な奴だ。


「まぁ喧嘩別れじゃないんだろ?」

『あれ? 芽杏に聞いたのか?』

「あっ……そうだよ。さっき知ったんだ」

『気まずそうにすんなよ。何も悪いことしてねーんだから』

「それはそうだけど」

『ははは。お前って結構気にしいだよな』


 性格が悪いと言われる反面、その分他人の事をよく見ている。

 曲がったことをされるのが嫌いなのだ。

 理不尽な仕打ちには声を上げたい。


 ただその場合、自分に落ち度があれば人を批判できないため、自分が粗探しをされないように立ち回る。

 この辺はあの女にも共通するかもな。

 案外芽杏の言う通り性格も似ているのだろう。


『一応報告義務があると思って電話したんだけど。不要だったかな』

「いや、お前の口からも聞けてよかったよ」

『そりゃよかった。これからもよろしくな』

「あぁ」


 言うや否やすぐに通話が切られる。

 さっぱりした性格が羨ましい。

 あいつの事だし、今回の件もすぐに振り切って新たな彼女でも作るのだろう。


「二人の距離を近づける、か。随分古典的なパワープレイだな」


 今回の勉強合宿。

 俺の恋愛恐怖症は和らぐのだろうか。

 こればかりは杏音の手腕にかかっている。





 ◇


【あとがき】


 まずはじめに謝罪を。

 先日は更新をお休みしてしまってごめんなさい!


 そして小さな報告ですが、もしかすると明日頃から新作の連載を始めるかもです。

 恋愛を否定しまくってる本作と異なる、純粋なラブコメモノになります。

 是非読んでいただけたら、と思います。


 ただ、こちらの連載を止める気はありません!

 準備して執筆するタイプなので、今後の各話ごとのプロットも出来上がっていて大丈夫です。

 これからもよろしくお願いします(╹◡╹)

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