ブルータス、お前もか

「………これで10戦目。そして、私の10勝目ね」

「くっ……!」


 ババを引くと宣言し、3のスペードを引いてしまった私は、翠川先輩に10連敗を突き付けられました。

 私はできるだけ悔しそうに見える表情を浮かべてみます。


 翠川先輩が提案した二人ババ抜き。

 先行を取った時点で私の勝ちは確定するのですが、しかし、目的を見誤ってはいけません。

 あくまで、無事、入部することが私の目的。ぼろくそにして勝ったところで、好感度が上がることはないでしょう。

 

「流石に、強いですね」

「いや、あなた……」

「何でしょう?」

「う……な、なんでもないわ」


 翠川先輩は歯切れが悪そうにして、私から視線をそらします。

 はて、なんでしょう。

 私は翠川先輩の心の声に意識を向けます。


(な、なんなのこの子!? 絶望的に弱い―――いえ、まさか! この私が『勝たされている』!?)


 ……この人の前で露骨なことをすると、読心能力のことがばれそうですね。

 流石に極端すぎたかなと、反省はしていますが。


 今度から気を付ければいいでしょう。


「ツッキー、マジで弱いな!」


 阿保のチャチャが何か言ってきます。

 素人は黙っとれ(仏顔)。


「チャチャもやってみては? 多分勝てませんよ?」

「流石に、私でも10連敗はしねーって! ツッキーじゃないんだからさ!」

「………」


 イラッ☆


 ……決めました。

 この子は今度、ボロ雑巾になるまでボコします。

 チャチャ相手なら読心能力が気づかれるなど万に一つもないですからね。

 遠慮はいりません。


「いやいや、翠川先輩が強すぎるんですよ」


 とはいえ、それはまた後々。

 今は、ここぞとばかりに翠川先輩をヨイショします。


「美人で、ゲームも上手いって、モテる要素しかありませんよね。昔は、ゲームに対してはよくない印象があったようですけれど、今やプロゲーマーなる職業もある時代ですから、誇っていいと思います! 私、尊敬します!」


 アーヨイショ! ソレヨイショ!


(……馬鹿にされているような気がしてくるわね。いや、本当にこの子が弱いだけなのかもしれないけれど)


 ……あまり効果はないようですね。

 表情からしても、なんだか微妙な反応です。これはよくありません。

 なら、少し方向性を変えてみましょうか。


「安居院先輩も、翠川先輩くらい、ゲームがお上手なんですか?」

「ん? まあ、同じくらい、かな?」

「なら、お二人は良きライバルというやつですね!」

「良き、ってのはちょっと違うんじゃないか? 俺ら、いつも喧嘩ばっかしてるぞ?」

「いえいえ! 喧嘩するほど仲がいいと言いますし、なんなら、お二人は本当にお似合いだと思いますよ!」

「お、お似合い? そ、そうか?」


 後頭部に手を回しながら、まんざらでもなさそうな安居院先輩。

 おっと。

 思いがけず、安居院先輩を喜ばせてしまいました。

 ですが、


(お、おおお、おおおおお、、、おおおお似合い!?)


 翠川先輩は、もはや心の声を聞くのが馬鹿らしくなるくらい、てれってれに照れまくっています。

 頬とか真っ赤です。

 可愛い。

 ……というか美味しそう。


「はぁ……はぁ……」

「? どうしたんだ、ツッキー? 涎たれてるぞ?」

「じゅるり……な、なんでもありません」


 むむむ、私としたことが、ついうっかりボロをだしてしまうところでした。

 しかし、先輩方二人はにやけ顔をごまかすためか、互いにそっぽを向いているので、見られてはいなさそうです。


「こ、こほんっ!」


 数秒すると、翠川先輩がわざとらしく咳をして私の方へと手を差し出してきました。

 その表情は、とても穏やかで―――まるで慈愛に満ち溢れる修道女のようです。


「月夜見さん、是非入部してね! 歓迎するわ!」

「はい、ぜひよろしくお願いします!」


 私は翠川先輩の手を取って、握手に応じます。

 ちょろいなー。

 

「ふふ。なんだか妹ができたみたいね」


 よしよし、といいながら頭を撫でてくる翠川先輩。

 ……背伸びをしながら。

 何、この可愛い生き物。

 お家に一人ほしいのですが。


 私は思わず手が伸びて、無意識によしよしと頭をなでていました。


「えーっと………」

「えへへ」


 困惑顔を浮かべる翠川先輩ですが、絹のように滑らかな髪触りに、私は手を離せません。

 自分でもわかるくらい、顔がにやけています。


「……も、もういいでしょっ!」


 しばらくすると、流石にむず痒くなったようで、翠川先輩はするりと私の撫で撫で地獄から抜け出しました。

 むう、足りない……。


「ところで、茶桐ノ宮さんも入部するのかしら?」


 どうにか先輩面をしたいらしく、私が手玉にとらないとわかったらしい翠川先輩は、チャチャへとターゲットを変更しました。


「もちろんだ! 私はツッキーと一緒だぞ……ッス!」

「……敬語、慣れてないなら無理に使わないでいいわよ?」

「本当か! じゃあ、改めてよろしくな、みどりん! 私のことはチャチャでいいぞ!」

「……まあ、いいか。よろしくね、チャチャちゃん」


 チャチャの不躾な物言いに、諦めたように息を吐く翠川先輩。

 二人は私と同じように、両手で握手を交わします。


 チャチャは、中学のころから憎めないキャラというか、人と距離を詰めるのが上手い印象があります。

 これが才能というやつでしょうか。

 私なんて、読心能力があってもボッチなのに……ああ、いや、私はわざと。意図的ですけどね?


「これで、なんとか部の存続はできそうだな」


 その様子を円の外から見ていた安居院先輩が言いました。


「部の存続、ですか?」

「ああ。うちの学校、部活を作るのは緩いんだけど、最低でも部員が5人必要なんだ。去年、先輩が3人も卒業しちまったから、今年は全部で3人だけだったからなぁ」

「安居院先輩と、翠川先輩の他にも部員がいるんですね」

「幽霊部員だけどな」


 そう言う安居院先輩から、その幽霊部員さんのイメージが流れ込んできます。

 ……なるほど、その人も、なかなか個性的なようですね。

 会ってみたい気もしますが、またの機会としましょう。

 

「つまり、私とチャチャで丁度、ということですね」


 なんとなく、運命じみたものを感じてしまいます。

 やっぱり、私はこの人たちと出会うことが決まっていた……天命というやつだったに違いありませんね。

 私の使命は、この二人の恋を面白く可笑しく調理することと見ました!


 ええ、ええ。卒業まで、ゆーっくりと熟成させてやりますとも。


「そういうことだな。まだ増えるかもしれないけど」


 あわよくば、といった雰囲気を醸し出す安居院先輩。


 ……なるほど、確かにそうですよね。


 まだ、1年生が入部する可能性もあるんですよね。


 元々、部員数が少ないという理由でここにやってきたわけですから、これ以上増えるのは勘弁願いたいところです。


 精々あと一人……そのくらいならまだ許容範囲内ですが、二人以上増えるとなると、ちょっと眉を顰めたくなりますね。

 この先輩方の行く末を見届けるため、入部しないという選択肢はあり得ませんが。


「ま、何はともあれ、歓迎するぜ新入生!」


 心地いいくらいの笑顔を向けてくる安居院先輩。

 愉しそうな玩具……もとい、優しそうな先輩でよかったです。

 それでこそ、からかい甲斐があるというもの。


(月夜見、だっけか。この子と仲良くなれば、自然と翠川との会話も増えて距離が縮まるかもしれない……好きなゲームとかあるのかな? 今度聞いて、一緒に遊んでみるか!)


 ―――まあ、下心はあるみたいですけどね。


「はい、よろしくお願いします!」


 私としても、仲良くなるのはやぶさかではありませんから、特に抵抗するつもりはありません。

 けれど、翠川先輩から嫉妬されそうですから、ほどほどにお願いしたいところです。


(……あれ? でも、ちょっとまてよ)


 ………ん?


(この子らが入部するってことは、翠川と二人っきりの時間が減る……それは不味いぞ!?)


 翠川先輩は、悩むように腕を組み、唸り始めます。

 しかし数秒後、安居院先輩は「よし」と言いながら、申し訳なさそうに私を見据えました。


「……そ、そうだ。よかったら、俺とも一戦交えないか?」


 あんたもかい。

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