恋は戦争、戦え乙女!

「ちょっと待ちなさい」


 私の魂の入部宣言に待ったをかけたのは、翠川先輩でした。

 もっていたタブレットを机の上に置くと、まっすぐに私を見据えます。


「月夜見さん、だったわね。よく考えてみなさい。高校生活は3年間もあるのよ? そんな大事なことを、今すぐに決めるのは、時期尚早だとは思わない?」

「なるほど、一理ありますね」

「そうでしょう、そうでしょう」


 うんうん、と頷く翠川先輩。

 私を心配しているような口ぶりですが、その真意はといえば。


(安居院君との二人っきりの部活、手放すわけにはいかない……!)


 …………下心しかありませんね。


 とはいえ、翠川先輩の助言を聞き流して、無理やりにでも入部する、という選択肢はありません。

 そんなことをしても、面白くもないでしょう。


 さて、そうと決まれば――――入部を認めてもらうため、翠川先輩で説得あそぶといきましょう!





●●●


(翠川視点)


 

 不味いことになったわね……。


 ボドゲ部は去年の12月、当時の3年生が引退してからというもの、私と安居院君の二人っきりで活動してきたわ。

 私にとっては、安居院君と話す口実ができる、唯一の場。

 安居院君は私を嫌っているようだから、クラスで話しかけるのは中々に勇気がいる……話しかけるな不細工とか言われたら、私はもう立ち直れない。

 ………なんだか、自分で言っていて、悲しくなってきた……。


 いやいや、気をしっかり持つのよ、翠川燈。

 今は、だからこそ、この一年生達を入部させるわけにはかないのだから。


「おいおい、翠川。本人が入りたいって言ってるんだから、いいじゃねえか」

「ふん。安居院君は女の子が入部してくれるかもしれないから、嬉しいみたいね?」


 ああ、私はまた余計なことを……。

 でも、ここで女の子が二人も入ってしまったら、安居院君に嫌われている私の付け入る隙は無くなってしまうかもしれない。

 男子は年下を好むと聞くし、なにより、あの月夜見って子は、なんとなく侮れない気がする。


「安居院先輩、いいんです。翠川先輩は私のためを想ってくれているんです」


 月夜見さんは、椅子ごと安居院君に近づくと、手を重ね……て、え?


 あ?

 で、出会って一時間もしないうちに彼女面?

 はー。

 いるわよねぇ。

 男に媚びを売るしか能のない寄生虫。

 他人の男を横からかっさらうメンヘラが。

 しかも?

 後輩だっていうのをいいことに?

 あんな近くにすり寄っちゃって?

 なに?

 1年間かけて手すら握れない私に喧嘩売ってるの?


 いいでしょう。

 買いましょう。

 ―――戦争よ。


「月夜見さん。よかったらゲームをしない?」

「ゲームですか?」

「ええ。せっかく見学に来てくれたのだもの。少し体験してからでも、入部を決めるのは遅くないと思うの」

「なるほど。そういうことなら、ぜひお願いします」


 かかった。

 私は静かにほくそ笑む。


 作戦はいたってシンプル。

 完膚無きまでにぼこぼこにして、まずは心を折る。

 そして、ボドゲ部には無慈悲な先輩がいると思い込ませる!

 ふっ、完璧ね。


「ゲームは、そうね。二人ババ抜きにしましょうか」

「二人ババ抜き、ですか」

「ルールを説明するわ。まず、お互い、1から4の数字のカード、そしてジョーカーのカードがそれぞれ1枚ずつ配られるわ」

「ジョーカーが2枚あるということですか?」

「その通り。普通のババ抜きと違うところは、相手のカードを引く前に、必ずババを引く引かないを宣言するの。ババを引くと宣言したうえで引ければ、一発勝利。逆に引けなければ、一発ゲームオーバー……引かないと宣言した上で引いてしまえば、当然、負けよ」

「ペアのジョーカー。なるほど、それで『二人』ババ抜きですか」


 月夜見さんは、感心したようにうんうんと頷く。

 このゲームは、手元にトランプしかなかったとき、安居院君と二人で思いついたゲームの一つ。

 いわば、私と安居院君の愛の結晶……!

 このゲームで、私たちの間を割く障害を排除してみせる!


「翠川、あんまりいじめてやるなよ」

「いじめるって、人聞きの悪いことを言わないで貰えるかしら。これは100パーセント運のゲーム。確率の勝負よ? 経験が有利に働かない、平等なゲームとさえいえるわ」

「いや、お前―――」

「さあ、早速やりましょう、月夜見さん」


 安居院君が余計なことを言う前に、私はカバンからトランプを取り出し、カードを配っていく。

 もちろん、カードに細工なんてない。

 正真正銘、ただのトランプ。


 ゲームとは信頼だ。いわば、それ単体では何の価値もない、その国の信用があって初めて役に立つ紙幣のようなもの。 

 いくら安居院君との愛の巣を守るためとはいえ、ゲームを裏切るようなことはしない。

 ゲームは私にとって、とても大切な物。

 ただの遊びじゃない。

 いわば私の人生を形成する、血や肉と同じだ。

 私は正面から目の前の寄生虫(つくよみ)を排除して、安居院君との平穏の日々を取り戻す!


 というか――――ゲームでズルなんてしたら、安居院君は私と一笑遊んでくれなくなるかもしれないし……!


「先手と後手、どっちがいいかは選ばせてあげるわ」


 カードを配り終えた私は、月夜見さんと相対する位置に椅子を持っていき、座る。

 彼女は安居院君の隣に座っているから、自然と、彼が視界に入ってくるわけだけれど……ちょ、ちょっと距離、近くないかしら。

 これは、本格的に負けられないわ。

 女狐から、安居院君を取り戻して見せる!


「それでは、先手でお願いします。引いていいですか?」

「ええ。もちろん、宣言は忘れないようにね」

「わかりました。うーん、どっちにしようかなぁ……」


 月夜見さんはそう言って、私のカードへと手を伸ばしてくる。


「助言をしておいてあげるけれど、最初はババを引かない方を宣言した方がいいわよ。ババを引く確率は、最初は20%だけれど、カードを引くたび、ババを引く確率は上がっていくからね」


 そういいながら、私は手元のカードを見やる。

 右から2番目にあるジョーカー。月夜見さんの宣言に合わせて、このカードを引くかどうか、『私が選ばせる』。

 ババ抜きで自分が選ぶカードは、実は相手に選ばさせられているという話がある。

 ちょっとした視線誘導のテクニックと、心理を突く話術。例えば、相手が引こうとした瞬間に口を挟むことで、引くカードを変えさせる、などだ。


 この手のプロになると、息を吐くようにできるようになるというが―――もちろん確実ではない―――、私はその域に達していない。


 月夜見さんの一挙一動に見逃すまいと、私は瞬きすらも忘れるように観察した。


「逆に、翠川先輩に手番を渡したら、20%の確率でババを引かれてしまうかもしれませんよね」

「それはもちろん」

「なら、私はババを引くほうにかけてみます」


 月夜見さんはそう宣言して、私のカードへと手を伸ばしてきた。

 それならばと、私は右から2番目のジョーカーを引かせないよう、他のカードを少しだけ上にあげて、引くカードを誘導させることにする。

 そして作戦通り、彼女はそちらのカードへと指を触れた。


 勝った!


 私はポーカーフェイスを続けながらも、そのカードが引かれるその瞬間を待つ。


「あ、やっぱりこっちにします」

「え?」


 だが、次の瞬間、彼女に引かれたカードは―――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る