喧嘩するほど仲がいい(無自覚)
「ここか?」
「ここですね」
私とチャチャは、引き扉の前に立っていました。
ボードゲーム部なる部活動の部室は、上から見てコの字になっている第一、第二校舎のうち、第二校舎3階の、図書室の隣に位置する場所にありました。
いえ、部室なのかも、正直怪しいところでしょうか。
なにせ、扉の上にあるプレートに、はっきりと『会議室』と書いてありました。
ですが、冊子を見る限り、間違いなくここで部活をしているはずです。
「失礼しまー―――」
―――す。
そう続くはずの言葉は、しかし、喉まで出かかって、胃の中に飲み込まれていきました。
「だからこの解釈はおかしいんだよ! 受け流しできねえとか意味わかんねえだろ!! ヒト型の攻撃くらいマーシャルアーツで受け流せるわ!!」
「ルールはルールよ。ルルブにそう乗ってるんだから、グールのかぎ爪は受け流し出来ないわよ」
「ゲームマスターならそのくらい柔軟に対応しろや! それができねえならプレイヤー4人推奨のシナリオを俺1人にやらせんじゃねえ!!!」
「だから開始前にいったでしょ、1人で4キャラ動かせって」
「何が悲しくて一人お芝居しなきゃいけねえんだよ!!!!!」
「………お邪魔しました」
そっと、扉を閉めました。
おそらく先輩と思われる男女が、長机一つを挟んで今にも殴り合いに発展しそうな喧噪で、怒鳴りあっていました。
言っている意味も全く理解できません。
きっと、ろくな部活じゃありません。
ここは見る価値もないでしょう。
とても心穏やかに過ごせるとは思えません。
「チャチャ、やっぱり別のところに―――」
「なんでしめるんだよ」
「ちょっ……」
チャチャという名の爆弾が、がらりと引き扉を開けました。
こいつ……。
「しつれいしまーす」
チャチャは堂々とした声をあげて、ずかずかと教室に入っていきました。
このまま帰るわけにもいかず、渋々、チャチャの後ろをついていきます。
「「ん?」」
男女二人は、仲良くこちらへと顔を向けてきます。
女性は154センチの私からみても身長が低く、丸い瞳と肩まで伸びた黒髪が特徴で、とても美人さんでした。
ザ・風紀委員の委員長って感じです。身長以外は。
対して、男性といえば、中学の頃の同級生の田中君と同じくらいの身長……おそらく170センチ半ばほどで、整髪剤で整えられた清潔感のある短い金髪が、イケイケ系って感じで怖いです。
顔面偏差値は56といったところでしょうか。
「ボードゲーム部ってここっすか?」
「そうだけど……もしかして、新入生、かしら?」
女性は、私たちの緑色の上履きを見て―――2年生は黄色、3年生は赤と入学式で聞きました―――、そう判断したようでした。
私も見習って、二人の上履きを見てみますが、どちらも黄色でした。
「そうそう、そうっす。私は茶桐ノ宮茶月、1年っす」
「……同じく1年の、月夜見夜月です」
「ふうん………」
彼女は私たちを値踏みするように、じっと見つめてきます。
今は読心範囲を最小の半径3メートルにしていますから、それなりに広い会議室、それも入り口からだと、流石に何を考えているかはわかりません。
範囲を広げると疲れるので、無理に広げる気もありませんが。
「もしかなくても、見学に来てくれたのか?」
「はいっす!」
「そっちの、月夜見……さんも?」
「え、ええ、まあ」
「まじか………」
男性はがっくりと脱力して、顔をうつ向かせました。
……お邪魔虫だったのでしょうか。
「あの、お邪魔なら―――」
「おっしゃあああああああああああ!!!!!」
突然、男性が、大きくガッツポーズをキメて、声を張り上げるものですから、私もチャチャも、思わずびくりとか肩を震わせます。
「部員! しかも二人!!!」
それはもう、これ以上ないほどの喜び方でした。
読心をしなくとも、心の中が見て取れるようです。
……意外と、可愛いところもある先輩のようです。怖いというのは、取り消しておくとしましょう。
「部員じゃなくて見学でしょう、この鳥頭」
「誰が脳みそ豆粒だ、クソチビ」
「……貴様は言ってはいけないことを言ったぞ」
「えー、何のことかなー? 俺、鳥頭だからわっかんないなぁ?」
「上等だてめぇ、表出ろやぁ!!」
「望むところじゃロリっ子がぁ!!」
…………どうやら、今2人はすこぶる仲が悪いようです。
隙あらば喧嘩をしようと、にらみ合いを始めてしまっています。
私とチャチャは、完全に置いてけぼり。
その光景を目の前に、呆然と立ち尽くしていました。
「おー、これもボードゲームってやつなのか?」
チャチャは二人を指さしながら、私に尋ねてきます。
……前言撤回。
チャチャは何も考えていませんでした。
「あのー、お邪魔みたいなので私たちはここで……」
仕方なし、ここにいてもどうしようもないと判断した私は、この隙に退散すべく、踵を返そうとします。
というか、やっぱりここでは平穏な生活を送れるとは思えません。
「あ、ああ! 待って、行かないでくれっ!」
チッ。
………女性とにらみ合ってた男性は、こちらに気づいて呼び止めてきました。
「悪い、変な所見せちゃったな。改めて、俺は副部長の安居院太。そっちは部長の翠川燈だ。まあ、そんなとこにいないで、適当なところに座ってくれ」
「はあ、ではお言葉に甘えて……」
私は改めて教室を見渡しますが、大量の長机は、部屋の隅に折り畳まれた状態で重ねられており、座る場所といえば、先輩方が座っていた近くになってしまいます。
まず間違いなく、読心範囲でしょうが……まあ、心を読まれているとバレなければ、相手が気にすることもないでしょう。
知らないことがいいこともあるということですね。
私とチャチャは、促されるまま、先輩方と椅子一つ分ほど離れた席に座りました。
翠川先輩はそんな私たちを一瞥して、「ふんっ」と鼻を鳴らすと、鞄からタブレットを取り出していじり始めます。
あれ、この人……。
「それで、入部希望ってことでいいのか?
私が翠川先輩に意識を奪われていると、安居院先輩が切り出しました。
「あ、ええと、入部というか、見学ですね。ここは何をする部活なんですか?」
「ああ、そこからだよな。うちは名前の通り、ボードゲームをする部活だな。囲碁将棋麻雀、人狼ゲームやTRGPなんかが主かな。面白そうなゲームがあれば、持ち込んだりもするけど」
チャチャが「はいはーい」と手をあげます。
「てーあーるぴーじーってなんだ?」
「TRPG、テーブルロールプレイングゲームの略称だな。所謂、ごっこ遊び。機械を使わずに、自分の作ったキャラクターになりきって、物語を進めていく、みたいな感じだ」
「へー。なんか面白そうだな……っす!」
ちなみに、安居院先輩の心の声を聞く限り、TRPGには色々あるみたいですね。
シノビガミ、クトゥルフ、ソードワールド、ネクロニカ、ダブルクロス、パラノイアなどなど……中身はわかりませんが、コンテンツとしてはかなり多い方ではないでしょうか。
「もしかして、さっき、お二人は言い争いをしていたようですが、それもTRPGというやつですか?」
「まあな。こいつの『クソシナリオ』をやらされてたんだ」
「ちょっと、それは聞き捨てならないわね」
翠川先輩が、顔をあげて抗議の声を上げます。
「事実だろ? つか、お前の持ってくるボドゲって大体面白くねえんだよ! 難しすぎて!」
「クリアできない方が悪いでしょう? 貴方が馬鹿なだけじゃないの?」
「学力テスト万年二位が何かほざいてますなぁ」
「はー。いるわよね、勉強ができるからって頭がいいと勘違いしちゃう阿保って。知ってるのよ? 貴方、1年のころは下から数えた方が早かったわよねぇ?」
「ふっ。むしろ一年足らずで一位まで上り詰めた俺の才能が怖いな」
「言ってろ猿」
「黙れまな板」
「あ?」
「お?」
草。
口を開けば喧嘩をし始める二人に、私は思わず吹きだしそうになります。
しかも、この二人……マジですか。
なんとも、まあ、面白そうなことになっていますね。
「ちょっとちょっと、け、喧嘩するなよー!」
状況がわかっていないチャチャは、彼らを落ち着かせようと口を挟みます。
「……ふんっ」
「……けっ」
しかし、喧嘩は止まったものの、二人は怒り心頭といった様子で、顔をそらし、黙り込んでしまいました。
「…………」
「…………」
そして完全に置いてけぼりにされる、あわあわとして落ち着かないチャチャと、無表情を突き通す私。
無言と静寂が、この場を支配します。
聞こえてくる音といえば、外の野球部のものと思われるカーンワーワーといった雑音くらいでしょうか。
一見、空気も居心地も悪いこの状況。
ですが、私の心はこれ以上ないくらい、穏やかなものでした。
今なら、中学時代、脳内で私のことを犯しまくっていた竹沢君にも、笑顔で接することができるかもしれません。
「チャチャ、私決めました」
「え?」
私は意を決して、チャチャにだけ聞こえる声量で、呟きます。
………私、たまに考えることがあるんです。
どうしてこんな能力を持って生まれてきてしまったのか。
どうして、私は普通じゃないのか。
どうして、どうして、どうして。
疑問に絶えない日々を送ってきた私でしたが、ようやく、答えが導き出されました。
パパ、ママ、私、ようやく前に進めます。
(あああああああああああああああ! またやっちまったああああああ!!!! 翠川を前にすると、どうしても緊張しちまう……口が勝手に動くし、思ってもないことをべらべらと……ああ、また嫌われた。絶対嫌われた……死にてえ……。いや、阿保とか馬鹿とか言われてる時点で、もう嫌われまくってるか……はは)
(あああああああああああああああああああああああ!!!!! 私の馬鹿ああああああああああああああ!!! 何で喧嘩腰!? ほんと馬鹿じゃないの!? ちょっとむかついたからって、なんでわざわざ嫌われるようなことするの!? いや、でも、安居院君も安居院君よね!? せっかくの二人っきりの部活だったのに、女の子が二人も来たからって、あんなに喜ぶとかさあ!)
先輩方二人の心の声に聞き入りながら、私は声高らかに宣言します。
「私、ここに入部します!」
神様。
私はこの玩具達に出会うため、今日まで生きてきたのですね!
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