第39話 調査

 貴子お姉さんの肖像画を取り返す。その為に、何をしなければいけないのだろう。僕は、小川に問い掛けた。


「なあ、小川。取り返すにしても、どんな風にやるんや?」


 小川が、腕を組んだ。目を瞑って考える。


「そうやな~。まずは、そのマサルお兄さんだっけ、その人の情報が欲しい」


 僕は、小川を見た。


「家なら、知ってるで」


 太田が、驚いた顔をして、僕を見る。


「そうなんか! それやったら、今すぐに行こうや。俺が、そいつを問い詰めたる」


 僕に、にじり寄ってきた。太田の鼻息が荒い。でも、そんな太田の肩に、小川が手を置いた。


「太田、そんなに焦るなって。岩城明を問いただした時は、上手くいったけど、今回は慎重にすすめるよ。そのマサルお兄さんの家には、兎に角、行ってみよう。でもな、問いただすのは次回や。今回は手がかりだけを探す」


 太田が拗ねた様な態度を示す。


「えー、そうなんか」


 小川が、強く頷いた。太田は、渋々納得をする。小川は、自転車のハンドルに手を掛けて、僕を見る。


「小林。そのお兄さんの家まで、先導してくれよ」


「分かった」


 僕も自転車を引っ張り出した。ペダルを漕いで走り始める。高井田家は、商店街の方向だ。その外れにある。小川が、自転車を漕ぎながら、僕に問い掛けてきた。


「おい、小林。マサルお兄さんって、どんな人や。少しは知っているんやろ?」


 僕は、自転車を漕ぎながら考える。これまでマサルお兄さんとは、何度も接触してきた。家にも二回、上がり込んでいる。


「家にお邪魔したことがあるんやけど、写真が趣味やねん」


「写真?」


「うん。学校は芸術の大学に行っているそうや」


「へー、本格的なんや」


「部屋には、幼い頃の貴子お姉さんの写真が飾ってある。それに、アルバムも見せてもらったけど、貴子お姉さんの写真で一杯やった」


「ふーん、写真ね……」


「そうそう、ジョージは、マサルお兄さんの先輩やねん。高校が一緒で、大学も一緒。二人は知り合いなんやで」


 太田が、驚く。


「えっ! そうなんか」


 僕は、自転車を漕ぎながら、言い難そうに伝える。


「んー、実はな、皆には言ってなかったんやけど……今回の騒動の原因を作ったんは、実は僕なんや」


 太田が、叫んだ。


「ちょっと、ストッープ!」


 キキキ――――!


 僕は、自転車のブレーキを掛ける。太田も小川も自転車を止めた。太田が、僕を見る。


「どういうことや? 詳しく聞かせろ」


 僕は、大きく溜息をついた。


「肖像画の作成の時、貴子お姉さんがジョージに盗られると思ったんや。それで、マサルお兄さんに相談に行ったことがあった」


 小川が、僕に問い掛ける。


「盗られるっていうのは、どういう事?」


 僕は、顔を赤くする。


「だから……貴子お姉さんがジョージの事を好きになって、どこかに……」


 太田が、腕を組み、大きく頷いた。


「分かる。小林の気持ち、俺は分かるぞ!」


 僕は、太田を見て、クスリと笑う。


「それに、マサルお兄さんから聞いたんや。ジョージは、女の人と駆け落ちをしようとした過去があるってことを……だから、とっても不安になった。だから、力を貸して欲しいって、お兄さんにお願いをしたんや」


 小川が、ため息をつく。


「そうやったんや」


「その後、マサルお兄さんとジョージが、あの裏庭で喧嘩したんや。貴子お姉さんは、ジョージに『投げ出すことは許さない!』て言って肖像画を描かせることを迫るし、マサルお兄さんには『お兄さんは、帰って』って言って追い出すし、大変だったんだよ」


 小川が、僕を見る。


「小林……そういうことは、早く言えよ。マサルお兄さんに動機があるやないか」


 僕は、眉間に皺を寄せた。頭を下げる。


「そうやな……ごめん」


 小川は、深刻そうな表情を浮かべた。僕と太田を、交互に見る。


「下手すると、肖像画は、既に切りつけられているかもしれないな」


 僕と太田は、目を開いて小川を見た。太田が叫ぶ。


「そうなんか!」


 小川が、目を細めた。ポツリと呟く。


「肥後守は、そういう事やったんや……」


 太田が、拳を握り締める。怒りを込めた声を絞り出した。


「あの野郎――!」


 小川が、そんな太田を見つめる。肩に手を置いてなだめた。


「太田、落ち着いて。まだ、そうと決まったわけではない。肖像画を持ち帰ったということは、まだ切られていない可能性もある。兎に角、今は情報収集が先決や」


 小川が、僕を見る。


「小林、行こうか」


 促されるままに、僕は自転車を走らせた。二人が後ろから付いてくる。高井田家には、程なくして到着した。川添商店街に近い住宅地にある一軒家。近くに公園があったので、そこに自転車を止めた。太田が、公園からその家を眺める。


「あれがそうか?」


 僕は頷く。僕は、小川に問い掛ける。


「今から、どうするの?」


「三人で行くのは目立つから、太田と小林は、ここで待っていてくれるか。僕が、様子を見てくる」


 太田が、小川の肩を掴んだ。


「いや、俺が行く」


「えっ、太田が?」


 太田が、頷く。


「お前ばっかり、格好良すぎやろ。今度は、俺の出番や」


 小川が、困ったような表情を浮かべる。


「まー、良いけど。あんまり目立つことは、せんといてや」


「分かってる」


 太田は、僕たちを残して、一人で歩いていく。足取りが慎重だ。でも、何だかぎこちない。小川が、そんな太田を見てクスクスと笑い出した。


「太田の奴……普通で良いのに」


 すると、いきなり電柱に隠れた。僕たちに振り返り、真剣な表情で頷いている。太田の意図が、全く分からない。その方が、返って怪しく見えてしまう。僕たちの心配を他所に、太田は高井田家を伺っていた。また歩みを進める。小川が、ため息をついた。


「帰って来て、僕たちにどんな報告してくれるのか、楽しみやな……」


 高井田家に到着した太田は、家の周辺をウロウロと嗅ぎだした。電柱に隠れるくらい警戒をしていた割には、今度は大胆だ。家の塀の中に首を突っ込んで、ジロジロと見ている。太田の動きが止まった。僕たちに振り返る。両手で大きな丸を作り、サインを送ってきた。どういう意味なんだ。益々、太田が分からない。今度は、玄関の前に立った。門柱をジッと見つめたまま、何か考え込んでいる。すると、ゆっくりと手を伸ばした。


――えっ!


 太田が、家の呼び鈴を押そうとしている。一人でマサルお兄さんと対峙するつもりなのだろうか。小川が、僕の腕を掴んだ。小川が小さな声で叫ぶ。


「おい、太田!」


 太田が、家の呼び鈴を押した。押した途端、踵を返して、僕たちに向かって走り出す。徒競走のように、全力疾走だ。息を切らして公園まで帰って来ると、僕たちの後ろで身を潜める。僕は、太田に問い掛けた。


「太田、何やっているんだよ!」


 太田は息を切らしながら、笑顔になる。


「ハー、ハー、ピンポンダッシュ……嫌がらせや」


 太田の堂々とした物言いに、笑ってしまった。


「アッハッハッ、太田!」


 小川も、笑っている。


「アホやなー、アッハッハッ」


 太田が、真剣な顔で僕たちをたしなめた。


「静かに! アイツが出てこないか確認するぞ」


 僕たちは声を潜める。公園に忍びながら、高井田家の様子を伺った。暫く様子を見たが誰も出てこない。小川が、太田に問い掛ける。


「丸のサインを送ってきたけど、何かあったんか?」


 太田が、満面の笑みを浮かべる。


「あった。ドロドロの靴が外に放置されていた」


 小川が、驚く。


「ドロドロの靴があったんか!」


「そうや。これは紛れもない証拠やろ?」


「そうやな。あの足跡と一致したら、尚更や」


「これで、問い詰めることが出来るんか?」


 小川は、首を横に振る。


「まだや、次は、伊藤のカメラ屋に行く」


「何でや?」


「マサルお兄さんは、カメラが趣味なんやろう? 何か情報が掴めるかもしれない」


 太田の顔が、パッと明るくなった。


「凄いのー、小川。本物の探偵みたいやないか!」


 小川が、満更でもない表情を浮かべる。自転車に歩み寄り、僕たちを見た。


「カメラ屋に行こうか」


 伊藤カメラ店に行く途中、三人で高井田家に寄ることにした。太田が見つけたドロドロの靴を、三人で確認する。靴は、玄関の横に無造作に放置されていた。高井田家には誰も居ないみたい。だけど、用心して直ぐにその場を立ち去ることにした。伊藤カメラ店に向かって、自転車を走らせる。店舗に到着すると、僕たちは店前に自転車を並べた。店の受付にいたマナブのおじさんが、僕たちに気が付く。店から出てきた。


「あら、いらっしゃい。マナブは、今は居ないよ。塾に行っている」


 小川が、おじさんに対応する。


「いえ、今日はマナブ君に会いに来たんじゃないんです。実は、おじさんにお聞きしたいことがあって」


 おじさんが、怪訝な顔をする。


「ワシにかい? なんだね」


 小川が、店頭のショーウィンドウに掲げられている、貴子お姉さんの似顔絵を見やった。


「この似顔絵……西村さんのお姉さんですよね」


 小川が話を切り出すと、おじさんが満面の笑みを浮かべる。


「そうだよ。彼女、別嬪さんだね。実はね……」


 おじさんが、声を潜めた。引き寄せられるようにして、僕たちはおじさんに近づく。小川が、おじさんに尋ねた。


「何かあったんですか?」


 おじさんが、悪戯っぽく僕たちを見る。


「君たちは似顔絵の関係者だから教えるけど、今から言うことは誰にも内緒だよ」


 僕たちは、声を潜めて頷いた。


「今度、川添商店街がテレビで紹介されるんだよ」


「えっ! テレビ」


 僕たちが叫ぶと、おじさんが慌てた。指を立てて口に添える。


「駄目! 静かに」


 僕たちは、再び口を噤んで頷いた。おじさんが語り出す。芸能人が街を歩き、地域を紹介するローカルな番組があるそうだ。その撮影の場所として、この川添商店街が選ばれる。なんでも、その切っ掛けを作ったのが、貴子お姉さんの似顔絵だったそうだ。ふらりと立ち寄った男が、おじさんに問いかけた。


「カメラ屋なのに、似顔絵を飾っているなんて、珍しいね」


 おじさんは、夏祭りでのジョージの似顔絵の話をしたそうだ。すると、その男はジョージの事を知っていると言い出した。話が盛り上がり話し込んでいると、その社長がおじさんに一つの提案をしてきた。


「今度、この商店街をテレビで紹介させてよ」


 その男は、番組制作会社の社長だったのだ。おじさんは、ひどく吃驚する。まさかテレビで紹介されると思わなかったからだ。番組の主役は、この似顔絵だ。似顔絵を飾っているカメラ屋ということで、おじさんは面白く弄られるらしい。おじさんが店に引っ込み、一枚の名刺を持ち出してきた。


「ほら、この名刺を見てよ」


 僕たちは、おじさんが手に持っている名刺を見る。司プロダクションの杉山浩司と印刷されていた。肩書は社長だ。まじまじと眺めていると、おじさんが僕の肩に手を置く。甘えるような声で、お願いをしてきた。


「それでね、小林君……君、西村さんの娘さんと仲が良いじゃない。今度、撮影があるときに、娘さんを店に連れてきてよ」


 僕は、驚く。


「えっ! 貴子お姉さんをですか!」


 おじさんが、手を合わせた。


「ほら、似顔絵とモデルが一緒の方が、説得力があるだろう。おじさんね、賭けているんだよ。このテレビは、絶大な宣伝効果を生むと思うんだよね。だから、お願い」


 深々と頭を下げるおじさんに、僕は断ることが出来なかった。


「分かりました。お姉さんに伝えておきます」


「そうかい、ありがとうね。ところで、君たちの話は、何だったかな?」


 小川が、身を乗り出した。


「貴子さんに従弟のお兄さんがいるんですが……」


 おじさんが、相槌を打つ。


「ああ、高井田さんの事?」


「ええ、そうです」


「彼が、どうかしたの?」


 小川は、目をぐるりと回して、おじさんを見た。


「僕も、写真に興味があるんですけど、お兄さんの写真の腕は、どれ位なのかな~と思いまして、人柄も含めて知りたかったんです」


 おじさんが、顔を上げて、頭をひねる、


「そうだなー、写真の腕はそこそこだと思うよ。大学で勉強もしているしね。でも、それ以上に、情熱が違う」


「情熱ですか?」


 おじさんが、ニンマリと笑う。


「カメラに対する金の掛け方が凄いんだよ。彼の持っているカメラのセットは、ちょっと高級すぎて、一般人には手が出ないな~」


「へー、そうなんですか」


「この間も、望遠レンズの注文を受けたんだけどね、高いよ。プロが使うようなレンズだもん」


「プロ……」


「でもね、店としては上得意だね。お客様の鏡だね。それにね……」


 おじさんが、イヤラシイ表情を浮かべる。辺りをはばかった。僕たちに顔を寄せる。


「これも、内緒だよ。プライベートなことに、首を突っ込むのは良くないけれど、彼の写真の趣味は、あまり良くないね」


 僕は、眉を顰める。


「どういうことですか?」


「彼は盗撮をしている。個人的には、彼とお付き合いするのは、あまり勧めないよ」


「えっ、そうなんですか」


 おじさんが、目を細める。更に、何かを言おうとした時、人の気配がした。


「あのー」


 呼びかけられた。おじさんが振り向く。慌てて背筋を伸ばした。僕たちも振り返る。


「いらっしゃいませ。高井田様」


 おじさんが、営業スマイルでお客様を迎える。手もみをしていた。僕たちも振り返る。驚いた。口を大きく開けたまま、固まってしまう。そのお客様は、なんと、マサルお兄さんだった。

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