第37話 推理

「どういうことや!」


 太田が狭いバスの中、後ろからドカドカと歩いて来る。僕と小川を押しのけた。後部座席の前に躍り出ると、唖然として立ち尽くす。振り返り、僕を見た。


「小林! 王女様みたいに、ココに置こうって言ったのは、お前やぞ」


 太田が、目を怒らせて僕を睨んだ。僕を責めるような言い方だ。ムッとしてしまう。


「確かにココに置いたけど……なんや、僕が悪いんか?」


 太田のことを、僕も睨んでしまった。どうしても感情的になってしまう。そんな僕と太田の間に、小川が分け入った。


「まあ、まあ、落ち着いて。こういう時こそ、冷静にならんと」


 僕は、目を背けて、大きく息を吐いた。太田も同じように、目を背ける。小川が、腕を組んで語り始めた。


「状況を整理しようよ。他に、無くなっている物はないかな?」


 僕は、周りを見回す。ジョージが描いたクロッキー帳は、そのまま残っていた。他に、盗まれたような形跡は無いように見える。その時、小川がしゃがみ込んだ。床をジッと見つめる。


「ここに、肥後守が落ちてる」


 太田が手を伸ばし、それを拾おうとした。小川が、太田を制した。


「触らないで!」


 太田が動きを止める。僕も、その肥後守を見つめた。


「その肥後守は、僕がジョージに渡した奴や。鉛筆を削るために……」


 小川が、口をへの字に曲げた。


「刃が出ている。しかも、絵があった後部座席の下に落ちていた」


 小川は、しゃがみながら後ろを振り返った。目を細める。


「足跡が、この後部座席まで続いている。足跡に迷いがない」


 太田が、小川の言葉に反応した。


「ど、どういうことや?」


 小川は、小さく息を吐く。


「犯人は、貴子さんの肖像画を盗む為だけに、ココに忍び込んだようやな」


「そうなんか?」


 しゃがみながら、小川が太田を見上げる。


「確証はないけど、多分……ただ、不気味なのは、肥後守がココに落ちていた事や。誰か、ココに置いたか?」


 僕は、頭を振った。


「いや、置いていない。確か、クロッキー帳と一緒やったはずや」


 小川が、唇と尖らせる。


「じゃー、やっぱり、犯人がココに持ってきたということになる。それは何のために?」


 小川の問い掛けに、太田が不安そうな声を出す。


「まさか、貴子さんの肖像画を切りつけたんか?」


 小川が、目を瞑り、天井を見上げた。


「んー、それもおかしい。切り付けたとして、どうして、その絵を持ち出したんだ。犯人の目的は、絵を盗むことなんか? それとも、切りつけることなんか?」


 僕は、昨日の夕立の事を思い出す。


「例えばさ、絵を梱包するために、その肥後守で作業をしたとか? ほら、夕立が降っていたし……」


 小川が、眉間に皺を寄せた。


「防水の為にか? んー、その可能性はある。ただ、梱包の用意までする犯人が、ナイフすら持ってこなかったというのも、何だか不自然だ。それに、足跡からは、そんな作業をしたような感じには見えない」


 太田が、元気よく叫んだ。


「そうや、指紋! 指紋を調べたら、どうや?」


 小川が、太田を見る。


「確かに、それは有力や。この肥後守、指紋が付いてそうやし……ただ、俺たちは小学生や。指紋を検出して、犯人を割り出すことなんて、とてもじゃないけど出来ないよ」


「じゃ、警察に頼むんか?」


 小川が、太田を見上げた。困ったような表情を浮かべる。


「警察に、何てお願いするんや。勝手に忍び込んでいる秘密基地で、絵が盗まれましたって言うんか?」


 太田が、口籠る。小川は立ち上がり、太田の背中を叩いた。


「俺たち、少年探偵団やろ?」


 太田が、鼻で笑った。恥ずかしそうに小川を見る。


「そうやったな……俺たちは、少年探偵団」


 小川が、僕と太田を交合に見る。


「昨日のことを、もう一度、整理しようよ」


 僕は、天井を見上げて、口を開いた。


「昼過ぎに、僕たちはこの秘密基地にやって来た。でも、既にジョージは居なかった。暫く、秘密基地で過ごしたけれど、その時は肖像画は、確かにあった。帰ったんは、夕方の五時頃やったかな……」


 小川が、頷く。


「ということは、犯行が行われた時間は、昨日の夕方五時から、今日の明け方の間かな」


 太田が、小川に質問する。


「何で、明け方なんや?」


「それは、この足跡が渇いていていたから。それに、明るい時間に犯行を行ったということは、多分ないと思う」


「何でや?」


「明るかったら、僕達と同じように靴が汚れないように注意をすると思う。これだけハッキリとした足跡を残したということは、かなり靴を汚したはずや。夕立の最中の犯行か、夜中に誤って足を汚したか、どちらにせよ靴を汚さざるを得なかったんだよ。これは犯人の落ち度だったと思う」


「なるほどなー」


 太田が、感心したように小川を見る。小川は、少し恥ずかしがりながら、僕を見た。


「あのさー、小林。昨日、貴子さんのお兄さんが来てたやん」


 僕は、頷く。


「うん。なんか凄く慌ててた」


 小川が、大きく息を吸った。僕と太田を、交合に見た後、ゆっくりと口を開いた。


「証拠はないんだけど、十中八九、そのお兄さんが犯人だと思う」


 太田が、小川の肩を、両手で掴んだ。


「そうなんか!」


 小川が、人形のように揺すぶられる。


「ちょっと、ちょっと、痛いって……太田」


 小川が、太田の手から逃げ出した。僕は、腕を組みながら、小川に意見をする。


「でも、お兄さんは、貴子お姉さんの事を心配してたんやで」


 小川が、目を瞑って、天井を見上げる。


「なぜ盗んだのか、その理由は分からない。でも、整理して考えると、そのお兄さんしか考えられない。それにね、お兄さんは帰りがけに、その肖像画について質問をしていた。これは、決定的だね」


 太田が、嬉しそうに腕を組む。


「これで、事件解決か……小川、お前、名探偵みたいやな」


 小川が、頭を振った。


「解決じゃないよ。これからが難しいんだよ」


 太田が、不思議そうな顔をする。小川が、僕たちを見回した。


「現時点では、何も証拠がない。僕たちがそのお兄さんに会いに行って、『肖像画を返してください』って言っても、軽くあしらわれるだろうね」


「じゃ、どうするんだよ?」


「いま必要なことは、この状況を正確に貴子さんに伝えること。どうすべきかは、お姉さんの意見を聞かないと立てようがない」


 太田が、大きく頷いた。ニヤニヤと笑う。


「じゃ、今から行くか。貴子さんの家に?」


 小川が、意地悪そうに太田を見た。


「肖像画が盗まれたのに、何だか嬉しそうやな?」


 太田が、身をよじる。


「ええやないか。貴子さんに会えるから、嬉しいんだよ」


 僕は、太田の事を肘で突いた。太田は、逃げるようにしてドカドカと歩き出す。


「おい、行くぞ」


 一人、バスの外に出て行った。僕と小川は、顔を見合わせて、肩をすくめた。

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