射手座

「射手座の、弓を持ったケンタウロス、ケイローンはんの死因ってご存知?」


日付の変わった頃。

私とセンパイだけのオフィスで、いつものように唐突に彼女は切り出した。


「しりませんけど」


明日のプレゼン資料をタイプする手を止めないまま。

素直な返事を返す。


「「ヘーラクレースが誤って放った毒矢が当たり、

苦痛のためゼウスに死を願って聞き入れられ、

彼の死を悼んで天に上げられて星座となったとする話が定説となっている」やて」


「そんな唐突にWikipedeaを丸読みされても」


貴女も知らないんじゃないですか。


「ようは誤射って死んだ仲間?が召された姿ってことやんな」


「"定説となっている"ってことは諸説あるんでしょうけどね」


要約に情緒も何もない。あまりにあまりだ。


「これ、どう思てたんやろなぁ」


センパイは、スマホの画面を指でなでる。


「自分のミスで、死ぬより辛いほど苦しませて、あげく殺したそのお人が」


スクロール。


「毎夜毎夜、お空のどこかで矢を番えてはるんやろ?」


スクロール。


「私やったらそんなん、耐えられんわぁ」


深く長く。下へ下へと画面が流れる。

情緒が無いのも問題だが、彼女にかかれば情緒があっても問題であった。


「センパイ、冷蔵庫にダッツありましたよ」


「ほんまに?」


あからさまな話題そらしであったが、彼女は意外にも、言うが速いか席を立ち、給湯室へと向かった。

彼女にとっては、今の小話も、ダッツも、どちらも同じレベルの思いつきでしかないのだろう。


「って、よう考えたら私、よる9時以降はモノ食べんようにしてたんやった」


ほどなく、手ぶらのまま帰ってくるセンパイ。

イチゴのがあったんやけどな、と名残惜しそうに。


「そうですか、それは残念でしたね」


「ほんまにな」


そう言って、私の隣の席に、体重を預ける。

時刻は2時になろうとしていた。


「センパイ、すみません。今日は仮眠室使います」


「あら、そうなん? おやすみな」


「はい、おやすみなさい。できれば、皆が来る前に起こしてくれると有り難いです」


「それは、約束はできんけども」


覚えてたらな、と、ひらひらと手をふるセンパイに、応えつつ。

席を離れて、仮眠室へと向かった。


仮眠室には、二段ベッドがいくつか。

それぞれに、金庫代わりの鍵付きキャビネットが備え付けられている。

貴重品を入れておこうと、一番上の引き出しを開ける。


「……」


そこには、ビニール袋に入った粉末タイプの薬。

そういえば、仮眠室は給湯室の隣であったか。


袋はポケットに。貴重品は中に。

鍵をかけて、二段ベッドの上へと登る。


毒矢で死んだ、ケイローン。

毒矢で殺した、ヘーラクレース。


夜空を見上げるたびに輝く、罪の証サジタリウス

耐えられないのは、どちらなのだろうか。


それが見えるはずもない、冬の空を仰ぎつつ。

私の意識は深く深く沈んでいった。

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