首筋

「死にたくなければ、カバン出しな」


まだ冷える朝の岬。

車もまばらな公園の駐車場。


丸いフォルムの軽自動車。

その運転席で、私の首筋にはナイフが突きつけられていた。


「か、カバンね、わかったわ」


「いいか、余計なことはするな。そのままこっちに渡せ」


助手席に置いていたバッグを掴み、そのまま後ろへと回す。

シートベルトが肩に食い込む。


ミラー越しに見える犯人は、目出し帽にスポーツキャップ。

小柄な体躯に、ハスキーな声。


片手は変わらず、アーミーナイフを握ったまま、

もう片手で、バッグの中を手慣れた様子で探る。

携帯を取り出し、こちらへと差し出してくる。


「ロック、解除しろ」


「は、はい」


パカ、と画面を開き、4ケタのパスワードを入力。

そのまま犯人へと渡す。


「……おい、これだけか?」


「へ?」


「だから、お前の持ってるケータイはこれだけかと聞いている」


「は、はい。それだけです」


高校入学以来、ずっと使い続けているお気に入りのガラケー。

機械オンチの私には、これだけでも過ぎた代物である。


「そうか、消したんだな。消せたんだな……」


「?」


「この場所に来るからには、お前も同じだと思っていたのに」


わなわなと、犯人の肩が怒りに震える。

顎の下から、ひんやりとした金属の温度。


「さっ、さっきから何のことだか分からないわ」


刺激しては行けないと黙っていたが。

そうされては、口を開かないわけにはいかなかった。


「わからない?」


「今日この日、この時間に、命を狙われる理由が?」


「姉さんが飛び降りた、この場所に居てなお、わからないのか?」


つぅ、と血が流れる。

ナイフを伝い、私の膝へ。


「姉さんは、アンタの唯一の友達だったらしいじゃないか。

 いじめられていたアンタを助ける巻き添えで、姉さんも標的になって

 それに耐えられなくなって死んだ。

 そう教えられた」


ぽとり。


「でも、違う」


ぽとり、ぽとり。


「姉さんが、自分のつらさのために死ぬ訳がない。

 そんな人であってくれたのなら、そもそもアンタなんかには関わらない。

 ましてや、本来の標的のアンタを残して自分だけなんて、絶対にありえない」


ぽとり、ぽとり、ぽとり。


「なぁ」


「アンタが、姉さんを殺したんじゃないのか?」


「おい、何とか言ってみろよ!」


暖かいしずくが、太腿を濡らす。


「……それに、はい、と答えたら、私を殺すの?」


「あぁ、殺す」


「そう。なら私は、その質問には答えないわ」


瞬間、一層深くナイフが差し込まれる。

そのわずかに前に、シートベルトをぐい、と胸元へ持ち上げる。


結果、彼女の右腕は、ベルトに阻まれ致命には至らず。

その手首はがっちりとホールドされていた。


「……なぁ、なんで一緒に死んでくれなかったんだよ」


「それが、あの子の望みだったから。

 だから、私は精一杯生きて、目一杯苦しんで死ぬの」


彼女の手から、アーミーナイフを奪い取り、ダッシュボードへとしまい込む。


後には、嗚咽と、椿の残り香だけが。

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