後始末は軽やかに

 夕刻のことだった。


 姫巫女が大神殿で会見する時間のほぼ終わり頃。

 急遽、呼び出しを受けてやってきた一団があった。

 朝の話題に上がっていたサイカ屋の主人とその家人だ。


 慣れない礼服に袖を通し、普段は締めることのないタイに首元を苦しめられながら彼らは別室に通されて小さくなっていた。

 そこにはサイカ屋だけでなく、武装警察の中間管理職が一名、同席していた。


 北区武装警察広域犯罪捜査局、アモル局長。


 北区を管理する武装警察の中でも、情報局と並んで権力を誇る実力者。それだけ悪名高いともいえる。

 王都の市民のみならず、盗賊や冒険者たちからもその非合法に近いやり方を問われている男だった。


「これはアモル局長様。どうしてこのような席に」

「サイカ屋。俺にも今一つ見当がつかん」


 職務に対する処分なら職場で上司から渡されるはずだ。

 そう考えると褒章か。それにしては、自分だけが招待されるというのもおかしな話だ。

 アモルが訝しんでいると、ドアが開き幾人かの神官と共に老人が入ってきた。


 ラボスだった。


 アデルの代理人として現れた彼は二人の労をねぎらうと突拍子もないことを言い出して、二人を驚かせる。


「魔石には配合によって光の色が変わるらしいな? 原料となる魔晶石の調合を変えることで色合いが変わるのだとか。いやはや、このおいぼれも知らないことだったわ」

「……大神官様。それがどうかなさいましたか?」


 サイカ屋はそれとなくお伺いを立てる。

 すると、ラボスは軽やかに笑って見せた。

 まだ衰えの知らない生えそろった白い歯がきらんと煌めく。


「北の大火の件だが、あれの元凶となったフリスビー商会の保有していた魔石が西区の倉庫に移動されていた、とそのような話を耳にしてな」

「はい……?」

「それは」


 と、サイカ屋とアモルの顔に妙な汗が一筋垂れる。


「それでなくても、移動する前に在った在庫はどこに行ったかという話まで出ておる始末。そこでこちらが内々に調べたところ、王都の中央広場でサイカ屋。お前が安価に配布している魔石のそれと内容の調合比率が一致したとの話に至ってな?」

「いや、それは。何かの間違いでは? 当方はあれを……」

「ああ、待て」

「はあ」

「誰も責めようとはしておらん。鉱石ランプの燃料となる魔石の市場価格が高騰している中、それを安価で販売しているのは殊勝だと。姫巫女様はそう申されておる」


 二人は顔を見合わせた。

 悪事がバレたかと思っているのに、褒められるとは何事か。

 これは良い事なのか。それとも破滅への道が開こうとしているのか。

 判断が付かなかった。


「フリスビー商会の品は大火のどさくさに紛れて盗賊に盗まれた可能性がある。盗品と知って販売したなら罪だが、知らなければそれは無罪だ」

「なるほど……それで、姫巫女様はどのような御判断を?」

「先ほど、伝えた通り。殊勝な心掛けだ、と。そう喜ばれておる。だが、盗品であったなら戻すのが道理。売った利益ごと、正規の価格で販売した利益を上乗せして……よいな?」


 ぐえっ、とサイカ屋は呻いた。

 そんなことをすれば儲けどうこう以前の問題だ。

 下手をすれば店を畳むことになってしまう。


「も、もちろん、正規の代価で……よろしいのですね?」


 慌てて確認するが、老人はもちろんと言って譲らなかった。


「もちろん、本日現在の最高値を更新している売価で販売した利益にて、戻すように」

「そっ、そんな……横暴だ。そんなことをしたらうちは破産っ」


 慌てふためくサイカ屋はアモルの方に振り向き助けを求めたが、アモルは確かにその通りとラボスの判断を指示した。


「とっ、倒産……!?」


 助かる術がないと知った商人は押し黙ってしまう。

 ラボスは次はお前だと、アモルに目を向けた。


「大火の大元になった倉庫の中身、どうやらその後の現場検証で特に魔石は残っていなかった。そう鑑定結果が出ているが。いつまで炎や光の技を使う術師たちを不当に逮捕・勾留しておく気かな?」

「……魔石が無かったからこそ、あのような大火になる原因。それこそが、力の強い術師による放火の可能性がありますので」


 などとあらかじめ用意してきた言い訳を並べてアモルは窮地を脱そうとする。

 しかし、ラボスはそれを鼻でふんっと一蹴してみせた。


「あの夜、人為的にあれほどの大火を巻き起こすような術が行使された現象は確認されておらん。総合ギルド、神殿騎士、宮廷魔導師たちからの証言でも明らかでな、アモル殿」

「こちらの依頼した鑑定人はそうは申しておりませんでしたな」

「魔法ではなく、精霊を使役しない自然の炎が多方面で発火した現象ならば、幾つも確認されておる。空の倉庫は良く燃えただろうな」

「……なにを言われたい、大神官様」

「別に。大火の原因を責めても致し方ない。ただ、その程度のずさんな捜査しかできないなら、その役を降りてはどうか。そう申しておる。よくよく考えなされ」


 生かしておいてやるから、自分の後始末は自分でやれ。

 そう言われているようで、アモルは噛み締めた口内から血の味が混じっているのに気づいた。


「承りました」


 今回の首謀者と目された二人が、それぞれサイカ屋は破産を申請し、アモルは職を辞して一般職へと移動した。

 しかし、その後、彼ら二人とその関係者は忽然と姿を消してしまった。


 ※

 今日のイシュタリアさん


 太陽神の大神殿の一室に、小さな影が降り立つ。

 一つ、二つ、緩やかにそれらは人の形を取り始めた。

 静かに床から蜃気楼の陽炎のようにゆらめいて、彼らは形を確実なものとする。


 そこにあったのは女官長イシュタリア……の、外側だけを切り取り隅で塗りつぶしたかのような姿。

 もう一つは、体格の良い人物の物でそれとなく男性と分かる。

 骨格の様相からして三十代ほどか。

 もう一つはでっぷりと太った体躯の男性。

 こちらは顔面の皺まで微妙に再現されていて、五十代ほどと思われた。

 彼らは三人でぐるりと輪を描くように向かい合う。


「トゥワード大司教。どうなさるおつもりなの?」


 イシュタリアの影がそう呼んだのは、太った影だった。

 彼は顔をしかめるように足元に向けると、濁った笑い声を立てる。


「大火の放火犯を逮捕すると見せかけて、こちらに対抗する連中を弾圧するつもりでしたが……。さて、どうしたものか。なあ、グレモン」


 トゥワード大司教の影は隣に立つ背の高い影を見上げた。


「……アモルの役立たずは沼地に消えて貰いました。サイカ屋もどこかに。傀儡として操るには

奴らは役者になりきれなかった。そういうことですな」

「それだけではないでしょう? グレモン」

「左様です、イシュタリア様。人の目だけでない何かが動いている。そうは思われませんか?」


 グレモンの影の言葉に三人の影は、それぞれ天を見上げていた。

 太陽神か。

 それとも、それ以外の神か。

 もしくはもっと別の第三勢力か。


「盗賊大公……が裏で動いている可能性もあるかもしれません、イシュタリア様」

「我らはイシュタリア様の御世を望んでおりますぞ」

「そう、ね」


 重苦しいため息交じりの肯定が室内に静かに消えて行った。

 アデルを追放し自分が政権を取るにはまだまだ時間がかかるだろう。

 イシュタリアはそう理解する。

 より強い戦力が、都合の良い存在が必要だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る