悪党たちは夢を破られる
今回の騒動についてあらかたの見極めがついたところで、アデルは王宮に戻ると言い出した。
ライシャとはあれから再度、今後について話し合ったし、彼女を託すにはやはりロディマスたちのバーが良いだろうと結論がつく。
もちろん、何もなく戻すというわけでもなく。
「つまり、姫様。このクリスにバーで働きながらライシャ様の警護をしろ、と? それは構いませんが、しかし、事件の解明が早急に図れた場合。どうなさるおつもりですか?」
「んー? うーんとね、まあしばらくいてちょうだい。王宮からの連絡は都度、やるようにするから」
「はあ……畏まりました」
どこか訝しむクリスにアデルはそれと、と告げた。
「この部屋、きちんと使えるようにしておいて。そうね……二人用に部屋を別に借りてそこに移ってもいいから。任せるわ」
「畏まりました」
多分、二人体制にするのだろう。
この時、クリスはそう思い深く追求しなかった。
まだアデルの真意には気づいていなかったのだ。息抜きに王宮から降りて来る時のために足がかりになる場所の確保・継続と、手足になってくれる存在が一人増えたと、アデルが心の中でほくそ笑んでいるとは思ってもいなかったのだった。
「おいおい。姫様、うちにおける人間には数に限りがある……」
ロディマスは自分達が住むホテルの部屋数を考えて進言する。
確かに、いまの部屋数ではロディマス、リジオ、ライシャにルルーシェと四人が寝泊まりするので限界に近い。
相部屋とする方法もあるが、他の二人がどう反応するかはまだ分からない。
「いいのよ、ここから通わせるから。近いし、問題ないでしょう? バーを経営するって話も耳にしたわ。その資金援助ってわけにはいかないけれど、人員の補充と御祝儀にいろいろと手配はするつもりよ」
「いやしかし、従業員くらい」
「クリスにあなたの部屋でライシャを看ていた猫耳メイドで二人」
と、アデルはクリスをちらりと見やる。
「警護より給仕がメインの仕事になるかもだけれど。よろしくね、クリス?」
「えっ。……はい」
その笑顔があまりにも眩しくて、ついつい返事をしてしまうクリス。
押し切られる形で請けてしまうロディマス。
これで人件費が削減できると喜ぶリジオ。
すったもんだあった後、奥から出てきてこれまでの経緯を知り、改めてロディマスたちのもとにしばらく厄介になることを決めたライシャ。
アデルは一同を見渡すと、これからやるべきことを思案しながら、この夜はクリスと共に王宮へと戻った。
翌日。
東の山裾からまだ太陽が昇りきっていない頃、姫巫女の席に御座するアデルの姿があった。
居並ぶ神官や行政官なんていなくて、ラボス爺もまだ氷の精霊王の神殿で朝の祈祷が済んでない時間だ。
「……眠い」
「昨日、さんざんな目にあわされたんだから。今日はきちんとしなさい」
「だからってこんな装飾品まで持って来なくても」
「自分が使うものは自分で管理して」
「はあい……」
先日、変わり身がバレてラボスにしかられたエミーナは、侍女たちが運ぶべきものを利用する主人に運ばせていた。
アデル個人が使う様々な品物。そこには身の回りの品々だけではなく、昨夜のうちに官吏たちが用意した書類の山もあれば、膳一つ一つに分けられた褒章の品など多岐に渡る。
それを当日の朝まで保管庫にて保管しておいて、都度、別室に移動させアデルの政務が滞ることのないように準備していくのだ。
そのすべてではないが、午前中に入り用なものはいま、それを使う主人が運ばされていた。
「もう腰が痛いよー」
「弱音を吐くんじゃありません! 姫様が悪いんですからね」
「えーっ、爺ーっ!」
と助けを求めてもラボスはまだ王宮の別棟で祈祷中だ。
助けは現れない。
はあ、仕方ないか、とアデルは覚悟を決めると重さ二十数キロはある頑丈な木箱をよいせっと持ち上げて運び出す。
それを見てエミーナの怒りは溶けていきそうだった。
「それで、エミーナ。きちんと手配してくれた?」
ようやく室内に差し込んできた陽光の温かさを肌に感じながら、アデルはそんな質問をする。
エミーナはもちろん、と頷いた。
「フリオ・リグスビーのみならず。武装警察が捕縛し、尋問していると報告が合っている者たち全員に関しての通達は出しました」
「拷問は禁止。尋問は規定時間の超過を禁ずる。総合ギルドの犯罪捜査管理局と王都監察局による合同監査会を設けての、武装警察への抑止を行う、か。あなたにしては思い切ったわね、アデル様?」
「様は余計。重いわねーこれ! ……アイギス様のとき、武装警察がやったのは広域犯罪の捜査っていう特別な機動力・捜査力を利用して政治的に対立する存在を陥れることだった。拷問はいうにおよばず事件捏造に殺人すらも日常茶飯事に行われているってどこに行っても耳にするもの。そんな秘密組織めいた合法的機関は要らないのよ」
「まるでフライ様に対する反抗みたい」
クスリと、エミーナは笑ってしまう。
アデルの父親も武装警察のような組織を利用して権力の座に就いたからだ。
しかし、その娘は後ろ暗いことはしたくないらしい。このままだと、姫巫女に対する政権批判まで許しそうで、それはちょっと考えられなかったが。
この神聖ムゲール王国は表向きは王政国家。
政治批判は国王に対する反逆となる。アデルの物言いから、いまのところ王室と神殿との強固な一枚岩を揺るがす気まではなさそうだと思い、エミーナはほっと胸をなでおろした。
「姫様、ところでそれ以外の指示につきましては……どのように?」
「そうねえ。いますぐに捕まった犯人候補たちを処刑、ってわけにもいかないし。逆に無罪放免というわけにもいかない。まずは馬から射るかな」
「馬? ですか」
「馬よ。厚意の奉仕を装って、他人の倉庫の持ち物を無断で配布する、馬。その行為自体は、真相を知らなければ素晴らしい行いだわ。まずは、それを表彰しなきゃ」
「しかし、それだと処罰にはならないわよ」
重箱をいくつか運ばせて気が済んだのか、エミーナはアデルがもう一つ持ち上げたそれの端を掴み、二人で運び始める。
周りにいる担当者たちは、二人が怪我でもしないかとひやひやしながらそれを見守っていた。
「配合があるらしいのよねー。店ごとの。すでに完成した魔石についてはいじりようがないから、配布したものをこっそりと集めさせてる」
「……? よくわからないけれど、それで処罰できるなら、まあ……」
「うん」
アデルは上の空で言うと、それから数個をさらに運び、「朝の運動にいいかもしれない」などと嫌味とも本音ともつかないことを言って担当者たちを困らせていた。
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