明かされる王宮と悪事の関係
女侵入者がパティと名乗ったのはそれからしばらくしてのことだ。
全身を苦しめた凍傷がまるで嘘だったように回復した。
「教えたら殺すことはしない。姫巫女様の名に誓ってな」
そこまでして安心感を抱かない人間は少なくないだろう。警戒心はいずれ解いてもらえればそれでいい。
いま必要なのは確実で正確な情報。
ただ、それだけだった。
「黒い狼の獣人はそれはそれは戦士として厳しいルールを課せられていると聞くが。お前らは殺人までするのか?」
「ちっちがう! それは普通にいきてきた黒狼の一族ならばそうなる。僕のように捨てられ、殺ししか教えられていない存在は……」
女なのに一人称は僕なんだ? 一堂はどこか倒錯した雰囲気を微妙にかんじとる。
パティは悔しそうに悲しそうに、それを持てない身を恨むように。
悲しみを吐露するように告白する。
「ふん。孤児たちに訓練を施し、優秀な暗殺者に仕立て上げたうえで、捜査官というエサを与えるわけだ。こいつらは生きる望みを他人に与えられないと満足できない性分ときた。悲しい奴らだ」
「異教徒を殺せと言われた! 王都を再び火の海にすることを企む悪の連中だ、と……」
「だから襲った? 相手の素性もろくに調べもせずにか? ただあの罠に引っかかっただけで夜討ちをかけるとは幼稚にもほどある」
全身の装備をはぎ取られ、上と下の下着以外すべて脱が冴えれたパティは「だって!」と小さく反論する。
「魔晶石の行方をずっと探してる。それがあれば、あの倉庫にあった魔石を燃焼させることのできる燃料になる。動かない証拠だ」
「だけど見つからなかった?」
「……姫巫女様、なぜそれを……」
「話を聞いていれば分かるわよ。それに私の手の者がいろいろと当時の管理者だの商業ギルドの監視体制だのを調べてくれたの。結果から言うと、ライシャの父親が魔石と魔晶石を混合する作業をしていたのは、あの区画ではなかった。通り一本離れた広々とした野原の一角に倉庫を借りてやっていたそうよ。それなら理解できることもあるわね?」
「あ……でも、それは!」
パティは食いつくようにして言葉の撤回を求めた。
自分達が行ってきた仲間内の捜査の正しさを証明するために。
しかし、それは虚しく崩れ去った。
「南の武装警察の管轄地ではまともに諜報活動なんて出来ないでしょ? その倉庫のなかに大量に用意された魔石が確認されていると報告にあるから。無駄よ」
「そんなっ……リグスビー商会はこちらの計測した以上の魔石と燃料となる魔晶石を購入し、鉱石ランプの原材料を製造したはずだ!」
隣に寝ているライシャを起こさないかとその大声にアデルは気が気でない。
「頑として譲らないのはある意味、表彰に値するけれど。その鉱石ランプの原材料は別の区画に存在したことについては? どう考えているの?」
「決まっている。別区画で製造した後に倉庫街の中心部に持ち込み、それらを爆発させることであの大火を引き起こしたのだ。それが間違いのない証拠だ」
信念に従った人間の、盲従にも思える情けない一言だった。
「あの、な。水を差して悪いだが……その倉庫は事件後すぐに閉鎖されて、南の武装警察によって厳重に管理されている。姫様の直接の命令によってようやく、使者に中身は開帳されるくらい。厳重に、だ。一個たりとも減ってなかつたんだとよ」
「馬鹿な……それこそ、嘘の発言だ。まがい物じゃないか!」
もうすこし証拠を必要とするらしい。
ロディマスはある表を見せた。
そこには魔石を調合して作る鉱石ランプの調合比率が記載されていた。
「店ごとに微妙に違うらしいな? 光の持続時間とか匂いとか、光の濃度とか、な。初めて知ったよ。それでな、あの大火事の夜だが燃えたのは調合前の魔石ばかりでそんなに多くは倉庫になかったそうだ。まるでからの引火しやすい建物が燃え盛っている。そんな発言まで飛び出て来る始末でな」
ここまで克明に暴かれるとパティは唇を噛み、ただ黙って俯くだけだった。
ロディマスは面白そうに四本の指を突きだしてパティに見せてやる。
「ここまでの間に四組だ。俺にリジオ、姫様とお付きの方々、お前とそこの相棒。そして、まだもう一つ嗅ぎまわっているのがいる。武装警察だ、それも北区。だが、お前たちとは違う部署だ。俺たちと姫様たちはライシャの身の上が心配だから。お前たちは誰かに暗殺を命じられたから。最後の一つは? より利権が絡んだ商人か、王族か、どこかの貴族かもしれない」
「そこまでは聞いていない! 捜査官としても普段は真面目に生きているんだ。なんでもかんでも持ってくるな!」
耐えかねてパティは顔を上げて叫んでいた。
いつまで生き恥を晒すような生き方を強いるのか。
武人なら武人らしくさっさと命を奪えばいい。そう、パティは訴えていた。
だが、そんな気まずさを残す彼女にロディマスが教えたのは青天の霹靂だったらしい。
「リグスビー商会のフリオが大火の前に調合した魔石だがな。王都のある場所でただ同然に配られているぞ?」
「なんっだと……?」
「それは本当よ。私の方でも確認したから」
と、口を挟んだのは眠たそうにしていたアデルだった。
影の者たちからの報告を受け、まったく同じ見解に達したらしい。
「売ってるのは御用商人のサイカ屋ね。フリスビー商会とは鉱石ランプの着火剤を王宮に収めることについて、過去から確執があったとか。そう言う意味なら、ライシャに関係する者を殺そうとするのも納得できなくもないかなー? でも隠し事は良くない」
そこまで言われ、ようやくパティは殺人を依頼するルートやそれを管理している武装警察の上層部の存在を明らかにした。
そこには今朝方、多くの人員を連れて押し込んできたあのグレモンの名前もあった。
もっとも、彼の場合は直接的にではなく、間接的。
まとまった人員がいる際に、グレモンの上司が適当な嘘をでっちあげて協力させているにすぎないようだった。
「なるほど。これは面白い。なら、お前の役目はまずはそれだ」
ロディマスは用無しだと判た侵入者の男、エレダムの始末をすることにした。
それはとても意外な人物に任せられた。
そう、とても意外な人物に……課せられたのだった。
「こいつの後始末はお前がやれ」
「なっなんだと!? 仲間の遺体の処理を私にやれというのか?」
「そうだ。そしてエレダム捜査官のバッチはしばらく俺が利用させてもらう。分かったらさっさとそれをかつげ! 王都の外にある沼地まで、しばらく馬車の旅に付き合ってもらおう。丁度いい手ごまが欲しかったんだ」
その一言は死神の死の宣告を受けるに等しくて。
庇護してくれるべきのアデルはまったく無関心だった。
パティの姫巫女に対する不信感はここに生まれたのかもしれない。
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