武装警察は横暴を尽くそうとし、ライシャは逃亡する
その来客は突然やってきた。
ホテルの従業員たちは入り口のドアマンを押しのけ荒々しくカウンターに手の平を叩きつけた男を拒絶できなかった。
「……王都西区を預かる武装警察のグレモンだ」
「武警!」
従業員の数名は悲鳴ににた声を上げた。
彼らは表向きはホテルの関係者だが、裏では盗賊という顔を持っている。
ギルドに所属しない野良の盗賊団を壊滅させたり、密輸組織を一網打尽にしたりと噂に枚挙がない武装警察はある意味、天敵と言ってもいい存在だった。
彼らの心に戦慄が走るなか、その時間帯を担当するマネージャーはカウンター越しに怯えを見せずに応対する。
「これはこれは、グレモン様。ようこそいらっしゃいました。当ホテルにどのような御用件でしょうか」
「お前は?」
「マネージャーをしております、アロン。と申します。よろしくどうぞ」
「……」
グレモンは三十代のいかつい白人種だった。
金色の髪を短く刈り込み、油断のならない目つきでアロンをじろりと一瞥する。
そして部下に向けてカウンターに置いた手とは別の手を差し出した。
帯剣に防具までそろえた完全武装の部下の一人が、彼の手になにかを渡す。
アロンがそちらにちらりと目をやると、それは一通の書類だった。
「ここにな。いるだろう?」
「どなたのことでしょうか?」
「先日の姫巫女様の行列に紛れ込んだ子供とそれを庇った男だ。用事がある」
そう言い、カウンターに一枚の紙が広げられる。
逮捕状……。などではなく。
ロディマスの開業申請書類の写しがそこにはあった。
「俺たちが用がある。意味は分かるな? 上を通す必要もない」
「……ああ、そうですね」
アロンは少しだけ言葉を詰まらせた。
武装警察は特別な存在だ。
事前の法的な許可を得なくても独自の捜査権と逮捕権を有している。
それを拒絶することは、盗賊ギルドの看板を出しても難しいことは、誰もが理解していた。
「四階に……お泊りです」
「案内しろ」
グレモンが静かに要求する。
アロンは従業員の一人に頷くことしかできなかった。
ドカドカと不躾の足音が廊下に響いた。
十数名の完全武装な男たちが階段を上り、四階にたどり着いたのはそれから数分後のことだった。
用があり二階の店舗に降りていたリジオは彼らと遭遇することはなく、部屋にいたのはロディマス、ルルーシェとライシャの三人だった。
リビングのソファーに大柄な身体を窮屈そうにおさめていたロディマスは、ちょうど店舗に仕入れる様々な品目の書類に目を通していた。
「ん?」
何やら廊下が騒がしい。
団体客でも訪れたのかと思えばどうやらそうではないようだ。
非常口を抑えろだの、階段に何名のこれだのと的確な指示が聞きたくなくても反響して耳に届いてくる。
ギルドマスターのロメリアから事前に忠告を受けておいて良かったとロディマスはにやりとした。
来客が訪れる前に、彼の左側の扉が開きルルーシェが頭頂にある猫耳をピンッと後ろ立てて緊張しながら入ってくる。
「どうだった?」
「あれはなにの騒ぎですか?」
「ああ……どうやら俺に用があるらしい。それよりもあちらはどうだ」
騒がしい声は近づいてくるがまだ玄関までは距離があるようだ。
余裕のロディマスにそう問われ、ルルーシェはああ、と落ち着きを取り戻して返事をする。
「あの子が。ライシャ様がお話があるそうです」
「そうか。だが……来客の方が少々やかましいよな? とりあえず玄関を壊されてはかなわん。出迎えてくれないか?」
「え? ……はい」
余裕の表情でロディマスはそう指示を出す。
ルルーシュは本当に大丈夫なんだろうかとビクビクしながら玄関へと向かう。
彼女が扉のドアノブに手をかけた時、ガチャガチャと忙しげにそれは鳴り、あちら側からかけてある鍵を誰かが解錠しようとしているのだと分かった。
「開けろ! 武装警察だ!」
「ひっ……お待ちください。ただいま……」
耳にするだけで背筋が寒くなるその単語が飛び込んできて、一瞬にしてルルーシェの心は冷え込んだ。
武装警察。
そんな相手がやってくるなんて。
一瞬、脳裏に思い浮かんだのは数分後には生きていないかもしれないという、確信めいた予感。
武装警察の悪名はそれほどに轟いていた。
ルルーシュの返事に彼らがおとなしく従うことはなく、ドアにかけたチェーンを外して内側からしか開けれない三重の鍵とともに扉が開かれる。
おずおずと恐怖を押し殺してメイドが少しばかり開けたその隙間を無理矢理こじ開けるようにして、彼らは室内に踊り込んできた。
「女? 関係者か?」
先頭に立つグレモンの部下がそう問うと、後ろでホテルの従業員だと誰かが答えた。
「……動くな」
そうルルーシェに告げた彼らは手に手に帯剣から抜刀したそれを持ち、もしくは何かしらの武器を掲げてリビングで悠然と座る炎術師の周りをぐるりと囲む。
抜き身の白刃が十数本もすぐそばにあるというのに、彼は全く驚く素振りを見せなかった。
「ロディマス・アントレイか?」
部下たちが容疑者は確保したのを確認して、グレモンがその前でゆっくりと問いかける。
ロディマスは「おいおい、ご挨拶だな」と不敵に微笑むとだったらどうする? と逆に問いかけてやる。
お前たち程度なら、どうにでもできるんだぞ?
そんな炎術師の無言の圧力に、武装警察の捜査官たちは気圧されてしまいそうになった。
「俺が何か悪いことをやったというのかね?」
「王都西区を担当する武装警察のグレモンだ」
「そうか? 俺がロディマスだ。その武装警察さんが何の御用だ?」
犯罪捜査官であり優秀な魔導師であるはずのグレモンの部下たちは、一斉に喉を鳴らして唾を飲む。
元炎術師の余裕のある笑顔の奥から、恐ろしいほどの威圧が放たれたからだ。
熱く、真夏の太陽のような熱気を放ち、巨大な火球が膨大な魔力を秘めてそこに座っている。
そのことをその場にいた全員が受け止ていた。
「お前に用がある。きてもらおう」
「俺に? 武装警察が御用とはな」
その中にいてひるまない数人にグレモンは含まれていた。
特に意に介した素振りも見せず、淡々と彼は出頭要請を告げた。
「おとなしくくるなら丁重に扱おう」
その言葉の裏にあったのはロディマスに対する安全を保証する意味ではなく。
彼が預かっているライシャや、このホテルに対しての安全を保証するという意味だった。
「それはありがたい申し出だ。しかし……あいにくと俺はそれに従うことができない」
「ほう? それはどういう意味かな?」
「残念だが、俺は見ての通り」
ロディマスは手にした書類を一瞥する。
「下に近日オープン予定の店に入れるいろんな商品を用意しないといけないからな。今すぐは……無理だね」
「従う気はないというのか?」
「いやいや。そうは言ってない。今は無理だと言ってるだけだ。分かるだろう?」
ぼうっと炎術師の掌が怪しく虹色の光を帯びる。
煌めく炎槍。
その二つ名を耳にしていたグレアムはロディマスの左手の輝きを目にして眉をぴくりと動かした。
強大な魔力だ。
逮捕を強行したら互いに面白いことにはならないだろう。
グレモンはそう判断したようだ。
「いつなら来れる?」
「近いうちに」
「……今日は火曜日だ。金曜まで必ず来い」
「約束しよう。午前中には伺えるはずだ」
「待っているぞ」
それだけ言うとグレアムは顎をしゃくり、部下たちに刃を鞘に戻させてから部屋を来た時と同様にどかどかと足音を立てて撤収してしまった。
「あー……すまん。大丈夫か?」
男たちが去ったあとに残されたルルーシェは、普段ならダラリと下がっている金色の猫の尾をめいっぱい膨らませて、その場にへたり込んでいる。
よほど怖かったのだろう、目が見開かれ、少しだけ垂れ下がったその瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
「大丈夫……です」
「すまん。ああでもしないと帰ってくれなかった」
「はい」
メイドは片手を引かれどうにか立ち上がるが、すぐにへなへなとその場にしゃがみこんでしまった。
どうやら腰が抜けたらしい。
これは悪いことをしたと大男は困った顔をする。
そんな騒動の最中、ライシャは響く大声と続いてやってきた灼熱の熱波に耐え切れなくなって思わず窓を開け、その下に続く非常階段に身を投じてしまっていた。
ロディマスとルルーシェがライシャの部屋に顔を出した時、少女の姿は影も形もなく消え失せてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます