女盗賊と月の魔法鉱石


「それならそれで好きにすればいいけれど、王都には氷の精霊王の神殿は無いわよ? わざわざ四つの城塞都市まで行くつもり?」

「あー……一応、僕は神官なんだ。司祭の位も持っている。申請すれば自分で細やかの神殿を開くことくらいはできる」

「だけど、そこには必要な時に必要な神殿騎士も神官もいない、と。そういうことでいいの?」

「嫌味だな。アデル様は氷の精霊王の聖女様でもあらせられるようだけれど? つい最近、そう聞いた気がする」

「新聞にも書いてあったわね、でもそうなると、単なる司祭のあなたが個人的に神殿を開くなんてことは許されないんじゃない? 特にここ、王都だし」


 意地悪そうにそう含み笑いをするエルフはとても嫌な奴だった。

 王都にも神殿はあるじゃないか、とリジオは言いたくなる。もっとも、それは王都の中心部、王城の王族だけが入れる場所にあって、一般人は入ることが許されない場所だ。

 その意味では、ないと言った方が正確かもしれなかった。

 だって、行きたいと願っても入ることが許されないのだから。

 言葉に詰まるリジオに変わり、黙って事の成り行きを聞いていたロディマスは口を開いた。


「もうその辺でいいんじゃないのか? ロメリア、俺たちは王都の盗賊ギルドには加盟できるのかな」

「そう聞いてくるのを待ってたわ。ようこそ、盗賊ギルド王都支部へ」


 さっきまでの意地悪な雰囲気はどこに行ったのか。

 ロメリアはコーヒーカップをグラスのように掲げて、新しい二人の冒険者を歓迎する。

 そこに不満を漏らしたのはやはりリジオだった。


「……王都支部、なんだ」

「そうよ、神官の坊や。なにか文句あるの?」

「いや、何もない……それよりも、気を付けた方がいいっていうのはどういうこと? 今の話だけじゃ納得することができないよ」

「まあ、時期的に関係ないと思うのだけれど。大火事があったの知っているかしら」

「それはまあ、知らないこともない。ロディマスは?」


 隣に座る友人に確認すると、彼も知っていると答えた。

 しかしそれは先週にあったもので、二人が王都に戻って間もない頃だ。

 まだ帰還兵に与えられた王都の郊外にある、兵士の中で寝泊まりしている夜のことだった。


「あの夜、俺たち二人はランギスの陸軍基地に滞在していた。調べてもらえばそれはわかるはずだ」

「……それならそれでいいのだけれど。犯人が捕まったのは捕まったのよ。でもね、ちょっと怪しいかな」

「怪しいというと?」

「捕まったのは魔晶石を扱う商人、リグスビー商会のフリオ・リグスビーって言ってね。人間族で、三十代。王都にある家庭の大半が、魔晶石を燃料にした鉱石ランプを家の照明に使っていることは知っているでしょう?」


 ついさっきまで、バーの内装や照明について考えていた二人は、もちろんと頷いた。

 魔晶石を扱う商店の店主が逮捕されるとは、それも変な話だと思いながら。

 ロメリアはそれでね、と話を続ける。


「リグスビー商会の倉庫から火が出たっていう役所の調べが新聞には載ったけれど、どうも違うようなのよね」

「倉庫から火が出たのなら、そこを管理している商人ギルドの担当者が捕まるはずだろう?」

「そうなのよね。魔晶石を燃やすことなんてできないのに」


 その通りだと、元炎術師は頷いた。

 魔晶石と呼ばれる鉱石には属性がある。火や水、光や闇といったものだ。

 しかし、それだけでは魔晶石は発動しない。そこにあるだけでは効果も出さないし、内部に眠る属性の力を魔法によって引き出さなければ燃えることも、水が沸き出ることもない。

 何より地下深く眠っていたり、海中に没していたりして、そうそう簡単には原石が手に入ることは無い。

 さらに……。


「魔晶石は精錬しないとその属性による効果を発揮しない。管理は厳重に行われているはずだ。販売する場所と販売する人間と管理する場所、管理する人間はギルドすらも別にされているというのに。誰がそんなデタラメな逮捕を許可したんだ……」

「専門家のあなたなら。元炎術師はそう言うと思ったわ」

「俺でなくても、炎を操ることができる魔法使いなら誰でもそう言うよ。つまるところ、倉庫にあったのは加工された後の魔晶石。そういうことか」

「その通りなの。おまけにリグスビー商会は御用商人。つまり、王家に荷物を納品することが許された特別な商人だったの。だから、問題なのよ」

「御用商人となったら、動いたのは犯罪捜査局じゃない。武装警察か」

「その通り。特別な事件にだけ動く、どうしようもなく厄介な連中。それでね」


 その後の話はなんとなく二人には想像がついた。

 多分、フリオ・リグスビーはリグスビーという名前からしてバーレーンの民だろうし、光の属性を持つ魔晶石は……二種類の鉱石をうまく調合しないと加工できない。

 その二種類のうち、月の光を吸いあげて溜め込む鉱石は、天空都市バーレーンの地下からしか採掘できない。


「ブラウディア鉱石が関係していて、この事件にはうちの大公様も関わっていてそれで……?」

「バーレーンの民であり、王都に在住していて王家や王都に恨みを持っていそうな奴」

「俺かよ? 確かに冒険者ギルドは国営だが……放火をして喜ぶような間抜けに見えるか」

「見えないわね。あなたも、そこの神官さんも」


 とりあえず登録をしておくと、ロメリアはぞんざいに言った。

 もうこの話は終わりだということだろう。

 気を付けろと忠告はしたから、それで気が済んだらしい。

 カップのコーヒーを飲み干した彼女を見て、二人は静かにソファーを立った。

 執事の案内で部屋を出ようとしたら、後ろから声をかけられた。

 

「ねえ、あなたたち、前のランクは?」

「俺はSだ」

「僕も……Sだよ」

「あ、そう……」


 てっきり、神官の方はBかよくてもAだろうと思っていたらしいロメリアは気の抜けた返事を寄越して返した。

 二人は面白くなさげに肩をすくめると部屋を退出する。

 それから二人はバーが入居するビルの四階に部屋を借りることになった。

 なぜか部屋代はタダで、それは盗賊ギルドかもしかしたらロメリアが困ったときに手を貸せ、そんな意味かもしれないと二人は困った顔を浮かべて荷物を兵舎から移動した。


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