盗賊ギルドへの誘い

「なあ、リジオ。女は必要ない。だが、曲を楽しんでもらうのはいいかもしれない。だから、ピアノは置こう。洒落た場所じゃないし秘密の場所でもない。みんなが静かに会話と音楽を楽しめるならそれでいい。大事なのは雰囲気だ。金じゃない」

「あー……そう、だね。分かった、雰囲気だ。静かに会話と音楽を楽しめる、それだね」

「そうだ。それと暴力は必要ない。何より……俺達がいるからな」

「それは間違いないね。僕もロディマスも、同じ元ランクSだ」

「準備にどれくらいかかる?」

「さあー、業者と話をしてみるよ」

「すまないな。俺はどうもそういう細かいことが苦手だ」

「僕らの仲じゃないか」


 気にするな、そう言い、リジオはロディマスのでっかい肩に拳を軽く押し付けた。

 軍隊にいた時から使っている、二人の挨拶のようなものだ。

 その後、二人はホテルのオーナー、ロメリアと会い契約を交わした。

 先払いで十年分の家賃をぽん、と支払ったロディマスを見て、ロメリアはとても満足そうな顔をしていた。

 大金貨三枚を手にして妖艶に微笑む黒髪の美女。

 どう見ても二十代前半にしか見えない彼女はエルフ族で、半世紀ほど前まで東の大陸の他の国を荒らしていた有名な女盗賊と同一人物だとは、どうしても思えない二人だった。

 ロディマスが契約書にサインをし、契約金を支払ったのをロメリアとその側についていた執事のような男が確認し、それでビジネスは終わった。

 それからは他愛もない歓談をして互の顔をよく覚えてから、解散する。

 そんなはずだったのに、運ばれてきたコーヒーを口にしながらロメリアは奇妙なことを言い出した。


「あんた、『煌(きらめ)く炎槍(えんそう)』って二つ名を持つらしいじゃないか。それに魔法師ギルドのギルマスともやり合ったとか」

「それがどうかしたのか?」


 いきなりそんなことを問われて眉ひとつも動かさないロディマスをロメリアは面白そうに上から下までじっと見てから、ふーん、と声をあげた。

 まるで試しているようにしか見えない問いかけ。

 その裏に何があるのかを考えながら、不気味な女だと借主二人は考えていた。


「どうしたっていうほどのことじゃない。ただね、あの魔王はあまり面白くないんだ。私にしてもそうだし、大公様にしてもそう。意味わかるだろう?」

「残念だがもう、俺たちは大公様の部下じゃない。ただ同郷というだけだ。盗みをするつもりもない」

「別に手伝いをしろと言ってるわけじゃないよ。どうしてあの場で、敵の将軍の首を取らなかったのかって、界隈ではもっぱらの噂だよ」

「猫が鳴いたからだ。それ以外に理由はない」

「猫? ああ……あの、三度鳴いた猫神様か。あの鳴き声はとても神聖なものだった……薄汚れた私たち盗賊の心すらも洗い流してくれるような聞こえたよ」

「俺も俺の仲間達も、多分そうだったのかもしれない。早く故郷に戻りたい、そんな考えも心の底に湧いて出てきた。だが、休戦協定をしたのはそれが理由じゃない」

「猫が鳴いたから。それだけかい?」

「それだけだよ、ロメリア。もっとも、それを持ちかけてきたのは魔王軍からだが」


 あの提案を拒絶してそのまま魔王軍に背を向けていたらどうなっただろう。

 二人は帰路の間、ずっとそのことを話していた。結果として導き出されたのは数日後に背後から襲われていただろう、とそんな結論だった。

 もちろんそれをするのはあのジークフリーダではなく、帰る道の途中にたびたび沸いて出る、他の魔王軍だっただろうけれど。

 その可能性が高かったということを、ロディマスはエルフの元女盗賊、いやまだ女盗賊だろうロメリアに伝える。


「ふうん、まあいいけれど。もしそれが事実なら大公様はバーレーンの民をさらに多く失うことになった、か。なるほどね」

「何がなるほどなのか俺には分からないが、今の返事で満足してもらえたのか」

「私はそうだね。でも他は分からない。バーレーンの民で、この王都にいる連中を黙らせることはできるけれど、そうじゃない連中までは手が回らないわね」

「……? 何が言いたい? 俺の処罰はもう決まったはずだ」

「聞いてないの?」

 

 ロディマスの一言に、ロメリアは不思議そうな顔をして彼を見つめていた。

 王都に戻って来てからというもの、トラブルに次ぐトラブルだらけだ。

 聞いてないのかと問われても、何に関係するのかが今一つはっきりしないことにロディマスは不快そうな顔をする。


「一体、何の話だ?」

「あきれた。新しく姫巫女様におなりになる、公女様のことだよ」

「ああ、あれか。それなら知ってるさ。アデル様だろう? 懐かしい」

「懐かしい? 会ったことでもあるのかい?」

「昔、ちょっとな」

「関係があるんだ。なるほどねーだからフライ坊……っと大公様も難しそうな顔をしてたのね」

「いま、フライ坊って言わなかったか?」

「気のせいでしょ。そんな失礼なことこの私が言うわけないじゃない」

「何も聞かなかったことにしておくよ。俺もこのリジオもな」

「ああ、そうそう。僕も何も聞いてないし、何も知らない」


 それがいいわ、とロメリアは長い脚をつまらなさそうに組み上げた。

 ロングドレスを着ている彼女の形の良い脚が少しだけチラリと見える。

 それを目にしてリジオはピアニストも用意しないとなあ、と頭の片隅に思い浮かべていた。


「ところでそれだけじゃないんだけどね。気をつけてないと犯罪捜査局の捜査官があなた達の所に行くかもしれないわよ」

「犯罪捜査局? 冒険者ギルドの中で何が起こってるんだ」

「引退した炎術師にはもう関係ない話じゃない?」

「持ち出してきたのはそっちだろう。内部で何があったかを聞いたところで確かに関係はないがな。気を付けた方がいいっていう言葉には、ちょっと敏感にならざるを得ない」

「引退したからもう冒険者ギルドの後ろ盾はないものね、惜しいことしたと思わなかったの」

「あんな場所はもう二度と足を踏み入れたいと思わないな」

「僕もそう思うよ。僕たちは氷の精霊王様……浮遊都市バーレーンの中に大神殿があるけれど、そちらの庇護下に入ろうと思ってる。だよな?」


 リジオの問いかけに、ロディマスはそうだと頷いた。

 王都の冒険者ギルドにいるよりも、神殿のほうが余程居心地がいい。そう言いたいように、ロメリアには見て取れた。

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