元ランクSの炎術師は店舗を訪問し、神官は頭を悩ませる

 あれから三日が経過した。


 魔法師ギルドでちょっとしたトラブルを起こした後、ロディマスは炎術師の職位を捨てて、相棒の神官と王都の中を練り歩いていた。

 とはいっても観光目的ではなく、彼が昔からやりたいと考えて資金を貯めていたバーを経営するための物件を探していた。


 見た目よりも若く今年、二十八歳を迎えるロディマスはその日暮らしのままに稼いだ金を使ってしまう冒険者の中で、かなり堅実に生きていて。

 聖戦に参加した五年間の給金を貯蓄したりして、軽く大金貨二十枚ほどの資産を得ていた。

 普通の市民が一年に稼ぐ額が約金貨二十枚。


 金貨が百枚で大金貨一枚だから、金貨二千枚近くを貯めたことになる。

 大通りに面した物件でなければ、煉瓦造りの五階建てのアパート一棟を買えてしまうほどの大金だ。


「どこにそんな金貯めてたんだよ」

「俺はお前みたいにな女や酒に金を注ぎ込むような馬鹿なことはしない」

「……女には金を注ぐ暇もなかった」

「軍隊はそんな場所だ。仕方ない、今からでもまだ間に合うだろうが。嫁でも探したらどうだ」

「それはこちらのセリフだよ。しかし、まだ回るのか? この三日間でもう、二十件は回ったぞ?」

「まだだ。どうもいいところがない。今度は大通りに面したホテルの二階だ」

「ホテルって……バーをやるんだろ?」

 

 場違いじゃないのか、とリジオは声を上げた。

 ロディマスは良い客を選べるとそれに応じる。

 王都なんて酒場だらけの中で、いまさら良い客も悪い客もないだろう?

 リジオはそうぼやいてみせた。


「良い客は大事だ。ギルドの一階に併設した酒場のように、いつも絶えず喧嘩ばかり起こるような場所を選びたいのか? 俺は嫌だ」

「それは僕も嫌だけど。お前はこだわるとしつこいからなあ……」

「聖戦の五年間でなれただろう?」

「まさか!」


 五年間どころか、バーレーンで生まれた時からロディマスはリジオを知っているし、二人は近い親戚同士だ。

 だからといってロディマスがこんなに資金を貯めていたなんて、リジオは知らなかったし、思いもしなかった。


 ロディマスは巨漢で金髪碧眼のむさい大男。しかし、顔は整っていて彫りも深くその瞳には知性が溢れている。

 かたやリジオは二歳年下で二十六歳になったばかり。

 氷の精霊王の神官職に就いて八年目、ロディマスとは対照的に銀髪に紅の瞳をしていて、そこには野心的な光が宿っていた。


「だけどさ、僕はルベドナ帝国で何度か参加した社交界のパーティー会場にいる、言葉と態度が裏腹の貴族たちは嫌いだ」

「貴族がみなそんな風に言うのはよくないぞ、リジオ。俺たちの生まれたバーレーンの大公様だって貴族だ」

「それはそうだけど」


 ロディマスが勝手に独断でやったとされたあの停戦協定。

 ルベドナ帝国から派遣されてきた大隊長は子爵様で、あの場で彼はよくやってくれたと手放しで喜んでいたし、こうも言ったのだ。

 君はよくやってくれた、これは素晴らしい判断だし自分も尊重する。連名で帝国には報告するから、褒章を期待してくれ、と。


 それがいまさら軍法違反だなんて、あの子爵はきっと責任を逃れて自分は安全な場所で手柄を独り占めしたのだろう。

 リジオはそう不満に思っていたから、つい言葉を濁してしまった。


「……終わったことはもういいだろう、な?」

「お前がそう言うなよ! 僕が怒れなくなるじゃないか」

「そうしないと、負傷した仲間たちや戻らなかった奴らの家族に補償がされなくなるかもしれない」

「ロディマス……」


 お前はいつでもそうだ、どうして自分で責任を取ろうする、とリジオは言い出せなかった。

 納得しなかった仲間の家族や友人たちは何人になるだろう。

 八千人が参加して戻ったのは三千人。五千人が死亡したか行方不明だ。


 その家族や友人を計算したら単純に考えても二万人はくだらない。

 二百万はいるとされる国民の約一割。それが冒険者ギルドを襲ったら大問題になる。

 出るはずの補償だって出なくなる。


「そうだな、お前が正しいよ。次を見に行こう」

「ああ、すまんな」


 一番悔しいのは誰でもない。

 成果を認めてもらえなかったこいつだ。

 そう思うとリジオはどうにかして彼の無罪を勝ち取れないものかと考えてしまう。


「おい、余計なことはするなよ」

「何のことだか」

「何も考えてないならそれでいいんだ。俺たちは聖戦から無事に生きて帰ってこれた数少ない生存者の一人だ。これ以上、争いごとに巻き込まれたくない」

「そうだね。それは僕も同感だ」


 それでもこの扱いは正しくない。

 お互いにそのことが分かっていながらどうにもできない微妙な空気を背負いながら、二人は次の物件へと足を向けた。


 ◇


 次の物件。

 六階建ての煉瓦造りの建物で、屋上には入居者に開放されている庭園があるのだという。

 王都の中心にある大広間に面した大通りにから少しだけ南に入った場所で、ホテルというよりは富裕層向けのアパートメントのようになっていた。


「これはなかなかいい物件だね」

「悪くない。作りもしっかりとしていて、隣の部屋の物音も聞こえないし、バルコニーだって……」


 二階とは聞いていた。

 しかし、建物正面から見て左側に位置するその部屋は、一階にホテルの経営する店が入っていてその真上にはバルコニーが設置されている。

 半分が部屋で半分がバルコニー。


 ひとつの物件で二つの部屋分の面積を借りることになるから、家賃もそれなりに高いかと思ったらそうでもなかった。

 貸主のホテルのオーナーが彼らと同じバーレーン出身で、大金貨を一枚、即金で払えると言ったからかもしれない。現金に目を光らせていた。


「いざとなったらこのバルコニーから逃げたつもりなんだろうね」

「俺たちの故郷の奴は、みんな盗賊だからな」

「王都の中で仲間が安心して住むことができる場所を提供するのも、大公様の部下の役割だしね」


 バーレーンの出身者はなにがしかの商人か、ホテル経営をやっている者が多い。

 故郷の大公の別名は、「盗賊大公」。

 国が認める空賊の主でもあり、国内の盗賊や山賊、海賊の多くは彼の配下に入っているし、二人を東から西の大陸に送ったのも大公配下の海賊船だった。


 それはさておき、この場所でバーを開店するとなると、肝心の酒も要るし、内装だってそれなり整える必要がある。

 ロディマスの言う、「良い客」を集めるためにはそれなりに金をかけなければならない。

 高級なカウンター用の椅子、高級なソファー、高級なテーブル。

 もしかしたら席に同席してくれる「淑女」だって雇うか、もしくは派遣してもらう必要があるし、何よりもまずお酒を手に入れなければ話にならない。

 それに厨房の設備だって必要だ。


 リジオは店の経理兼総務係としてあれがいるこれがいると、メモに書きつけては一つ一つを再確認する。料理だってそれなりのものを出さなければならないし、料理人やもしかしたら楽器を奏でることができる楽師だって必要かもしれない。

 そうなってくると歯の場所……、とリジオは店の最奥を見た。

 そこだけが二段ほどの段差の上にちょっとしたステージがあって、その隣にも何がしかの小さなスペースがある。


「あそこ、どうするつもりだよ? ピアノとかそういったものを奏でるなら、もう少し経費がかかるよ」

「そう、だな。テーブルを入れるとしたらどれくらいの数になる?」

「難しいところだなぁ。四人掛けのコの字型にソファーを組んで、そこにテーブルを置く。間に壁を挟めばちょっとしたボックス席になる。会話聞かれたくない高級官僚とかがやってきてくれたらなかなかいい稼ぎになるだろうね。それでも十~十二席。後はカウンターにそうだなー、間に余裕を持たせるとしてよくって八席。バルコニーというか、テラスの方に席を設けるんだとしたらあちらは八席ほどはできるだろうね。だけど、秘密の場所とはちょっと言い難いかもしれない」

「そんな富裕層望んでる訳じゃない。たまに来てくれてきちんとボトルを入れ、行儀よく遊んで帰ってくれたらそれでいい」

「女性はどうする? バーなら女はいらないが、高級クラブならそれは必要だ」

「静かに会話を楽しんでもらう場所にしたい。女性の派遣を必要ないと思うがな」

「儲けたいなら女は入れた方がいい。だがその分、金もかかるし男手も必要になる。金の管理だってもっと重要になるし、何より酒や料理を作る人間だって必要だ。そうそう簡単には開業できないぞ」


 どんなイメージを持っているのか。

 それについて今の今まで、確認するのを忘れていたリジオは何やってるんだろう、と心でぼやく。

 ロディマスはロディマスで、大公の配下でいた頃に出入りしていたバーを想像していろいろと考えていたから、リジオとのイメージの差を埋めるのに苦労しそうだと思っていた。

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