姫巫女と氷の精霊王 2

「ですが姫様、中央に行かれるということはこの北の大地にやってくるよりも、よほど。よほど、珍しく重要なことであるとは思われませんか」

「……大事なことだと思うわ、でもどうして私が選ばれなければいけないの? 他にもっとたくさん公子も公女も、王子も王女だっているじゃない。なんで私が次代の姫巫女様なんかになら選ばれなければならないの、ねえ。爺?」

「それは、ご神託でございますから。太陽神様がそう望まれたとしか、爺にはお伝え出来ません」

「太陽神様、ねえ。今、私たちは氷の大地にいてその上にはうちの浮遊都市があって、太陽そのものを遮ってしまっているけど。それでも私が必要なのかしら」

「どのような御心で神がそう望まれたかは、謎でございますれば」


 爺はそう言うけれど。大体、答えは分かっていそうなものじゃない? と、アデルは思ってしまう。

 母方の祖先の誰かは氷の精霊王の聖女だったらしい。

 どこかの王国のお姫様で、氷の精霊王と夫婦になったのだとか。

 だからそれ以降のご先祖様たちはみんな、

銀色の髪に透き通るようなアイスブルーの瞳を持つのだとか。

 本当か嘘かも分からないそんな伝説に惑わされて、お父様は母上と結婚なさったのではないかしら。両親の本音は分からないがなんとなく真実はその辺りにあるのではないかとアデルは考えていた。


 残念ながら自分には母親のような氷の精霊を操る力も、氷の属性の魔法を使う力も何もない。

 銀髪と水晶の瞳を持つ単なる女にすぎないのだ。

 それなのに太陽神は自分のことを必要だといい、先代の姫巫女様に神託を送ってよこしたのだとか。


「困るのよねー」

「何がでございますか」

「だって困るじゃない。大神殿に行くことになったら魔法が使えなきゃ……姫巫女、もしくは聖女だったっけ? そんなものだって認めてもらえないじゃない」

「認めてもらえないならば認めさせるしかございません」


 分かったように返事をする大神官に……これでも、浮遊都市にある氷の精霊王を奉る神殿の大神官なのだ、彼は。

 同じ大神官でも、太陽神の大神官と比べたらかなり見劣りはするくらいだけれど、氷の精霊王からの神託を受けることができる程度には有能な大神官……。


「それじゃあ、爺はどうやって認めさせろって言うの?」

「姫様が、新しい道を切り開こうとなさるのであれば、お教えいたしましょう」


 大神官はそれまで寒い寒いと言っていたくせに。

 いきなり何だか元気になって立ち上がると、寝っ転がっているアデルに向かってあるものを放ってよこした。


「なに? これって……杖?」

「しばらく前に我が主、氷の精霊王様から神託がございましてな。というよりは、姫様の門出を祝って何かよこせと言ったらそれをよこして参りました」

「神様に対してなんて物言いしてるのよ!」

「長年の知った仲でございますからな、姫様にはまだお早いですが」


 にたり、と意地悪そうな微笑みを作ってラボス大神官は笑って見せる。

 彼がよこしたこの杖はいったい何になるのかと、アデルは不審な顔をしてあちこちを触ってみる。

 ふと、杖の頂点に設えられた自分の瞳と同じ色の宝石が気になって、そこをしげしげと眺めてみる。


「遠見の魔法でも使えるの?」

「それもありますが、念じれば姫様だけの神器にも変じます。何になるかは姫様次第ですが……」

「それはありがたいんだけど。これを使って何をしろってこと? お父様と敵対しているローンの王族でも捕まえられるって言うの?」


 ローンとは男の人魚のことだ。

 本当はここよりも、もっと東の高山地方の海の中に住み、アザラシの皮をかぶって海の中を移動する。

 そんな妖精たちのことである。


 彼らは本来のすみかを離れ北海までその勢力を伸ばしてきた。

 今、アデルたちがいるこの場所はローンの王国との国境に近い場所で、しばしばローンの王族たちがアザラシに姿を変えて現れるという噂を聞いたから、アデルはそれを捕まえてやれば父親に認めてもらえるだろうと思って降りてきた。


 もうちょっと本音を言うと、手柄を立てたら姫巫女なんて面倒くさい役割から逃れられるかもしれないと、そんな安直な願いがあったことは否めない。


 氷の精霊王が与えてくれた神器なんて役に立つのかしら? そんなことを思いながらアデルはラボス大神官に言われた通りに、杖に想いを込めてみる。

 すると手の中で杖は変化して、何とも巨大なククリ刀へとその実を変えてしまった。


「私は蛮族ですか……」


 その光景に呆れ半分驚き半分で奇妙なツッコミを入れながら、鞘から刀身を抜きだせば全く重さを感じないことにアデルは驚いた。

 続いて、その鏡のように反射する刃の中に、彼女がいま心底欲しがっている存在。

 ローンの王族が変身したアザラシたちがどこにいるかを、刀は教えてくれていた。


「うっそ……本当に神器じゃないの」

「だから言ったでしょう。氷の精霊王様に頂いたのだと」

「そうね、言ってたわね……。爺、これからちょっと狩りをしてきます、止めないよね?」

「無論。爺は部下たちとともにここでのんびりと待たせていただきます」

「勝手になさいな。神聖ムゲール王国の権力の極み……この手にするのも悪くないかもしれない」


 不敵に微笑むと、アデルは氷雪熊の毛皮を被ったまま、ククリ刀を片手にして氷の上を驚くほどの速さで滑り始めていた。


 この後、盗賊公女が敵であるローンの王族の数体を生け捕りにして戻ってきたのは言うまでもない。



 こうして、次代の姫巫女は誕生した。

 

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