ギルドの内紛

 ひどい言われようにロディマス以上に反応したのは、意外にも心根の優しいはずの副官だった。


「野良犬とは言いがかりもいいところだ! 戦争に向かった僕たちになんて言い草だ。あんたは恥を知るべきだ、ギルマス!」


 この都をでたのが五年前。

 その時、仲間の冒険者は八千を越えた。

 聖戦が終わり、無事に戻った者は三千もいない。


 半数以上が、無意味な戦争に命の炎を消したことになる。

 死んでいった部下に対しての侮辱は許しがたいものがあった。

 言葉を続けようとする副官を片手で制して、ロディマスは腹の底から怒りのこもった声で静かに交渉を続ける。


「……ギルドマスター、報告は以上だ。ただし、戦地に赴く前にギルドと俺の部下たちが交わした契約は必ず守ってもらうぞ。体を失ったものには毎年の退役年金を。家族を失ったものには、それ相応のかけていた保険金を。病気になったものには完治するまでの治療費用。心を病んで働けなくなったものには、改めて働けるようになるまでの生活費を面倒見てもらう。もちろん、それ以外のなにがしかの負傷を負った者に対して、全てギルドの公庫から捻出してもらう。いいな」

「おいおい、ロディマスの頭の中はまだ戦争中らしいな。いいか、姫巫女様が変わるんだ。政治のトップが変われば、保証制度だって変わる。バカはこれだから手に負えない」


 それを聞いて狼の目のように強烈な殺気を放つ視線がギルマスに向けられた。

 もちろん、ロディマスのものだ。それ以外にも、戦争に行き神官としては異例の胆力を付けたリジオもまた、同様の怒りをたたえた瞳でギルマスをにらんでいた。


「できないって言うのか。ならどこに訴えればできるようになるんだ、え? 新任ギルマス」

「おっ、脅したって……怯まないからなッ。お前たちは戦争に行く前にまだ新人だった私を召使いのようにこき使ったが、今度はこっちがそうする……」

「アアッ?」

「ヒッ……ッ!」


 ひぐまのような大男ににらまれて、ギルマスは縮み上がってしまった。

 思わず手を出しそうになるロディマスを抑えたのは、リジオだった。


「ロディマス、ここじゃまずいよ!」

「そっそうだぞっ……私がどれだけ苦労してこ座に就いたと思っているんだ! 手向かいするなら、ギルドメンバー全員と戦争になるが……いいのかな?」


 椅子の上で膝を抱えて丸くなりながらギルドマスターはロディマスたちのうしろに救いを視線で求めた。

 そこは一般の冒険者は入ってこれないが、上級以上の魔法師ならば誰でも出入りすることができる専門のカウンターが設置されている、そんな場所だった。

 オフィスの最奥にあるギルマスのデスクの前には、カウンター超しにクラスA以上の魔法使いたちが、ロディマスの暴挙を目にして身構えている。


 みんな誰もがギルマスの意見は滅茶苦茶だと理解しながらも、長いものには巻かれることしかできない公務員独特のオーラを放っていた。


「腰抜けどもがどれくらいきったところで、俺を止められるとでも?」

「……思ってはいなくても、あんただってここから無事に出られるとは限らない」

「お前を一発ぶん殴るぐらいはできると思うがな」


 無理があると分かっていながらもこれ以上、暴力沙汰を起こしても何も解決しない。

 ロディマスはギルマスにそう言って理解を求める。

 新任のギルドマスター、スヴェンソンは重い沈黙も後に頷いた。


「それでギルマス? どこまでなら面倒見てくれるんだ?」

「けっ、契約は。そのっ……」


 今度は集まった部下たちの注目を浴び、スヴェンソンの顔面が蒼白になる。

 すべてを契約通りに履行すると言えば、彼の管理能力が疑われるからだ。


 そうなったら、政治のトップである姫巫女の代行が決まるまでのたった数週間ですら、彼はギルマスを勤められない男として上層部の評価はだだ下がりになる。


 かといって、ここで負傷兵や戦死者に何も補償をしないとなれば、戦争に参加した冒険者たちからも反感を食らうことだろう。


「ギルマス、きちんとしてくれるのかしてくれないのか?」

「……支払いをしたくてもそれを認可するのは上だということだ。私の場所で許可を出したとしても、上がそれを許可しなければどうしようもない」

「それは違うだろうが、スヴェンソン。上が許可をださないじゃない、お前がそうさせるんだ。それがお前の仕事だろ。違うか?」

「それは……」


 相変わらず自分の椅子の上で膝を抱えたまま、さらに小さくなってしまうスヴェンソンだった。

 どうやら終戦処理の後片付けはまだまだ続くようだった。




  ::::::::::::::::::::::


 今日のマーデルさん




 ちびっ子?

 どうも私の元上司はそんな目で私を見つめていた。


 ギルド内でも最高クラスのS。

 Sクラスの炎術師。

 彼のここ五年間における聖戦での活躍はいつも勝利に彩られている。


 でも、仲間の多くを失ったとも聞いたけれど。

 戻ってきて、半人前の頃の視線で私を見下ろさないで下さいよ、ロディマス様。


 これからの会話がやりづらくなるじゃないですか。

 あなたが去ってしまっても、生還できた彼らは感謝をしているはずです。

 ……その決断を間違っていたなんて悲しそうにしないでください、先輩。

 後輩は、頑張りますから……。


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ランクSの炎術師、引退してバーのマスターになる。やってくるのが普通じゃないお客様ばかりで困るんだが? 和泉鷹央 @merouitadori

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