第8話 2段変異

「さて、やるか」


俺は足を止め、剣を構える。


「ぐぼおおぉぉぉぉ!!」


追いかけて来たオークの数は19匹。


この5年でかなり強くなった自信はある。

天才に、成長倍加の加護の影響は大きかったからな。

だがそれでも、正面切って19匹ものオークと戦うのは分が悪い。

一匹一匹は敵じゃないが、数に物を言わせて囲まれたさいのディスアドバンテージと言うのは本当に厄介だ。


じゃあどうするのか?


答えは至って簡単。

囲まれなければいいだけである。


更に言うなら……基本背後からの奇襲で始末させて貰う。


俺にはそれを可能とするチートがあるからな。

他の人間がいると使えないが、この状況なら遠慮はいらない。

不意打ち万歳である。


「ぐぶぅぅぅ!!」


戦闘のオークが斬りかかって来る。

俺はそれを躱す様に転移を使い、最後尾のオークの背後へと飛ぶ。


「隙だらけだぜ」


相手からすれば、きっと意味不明だろう。

追っていた相手がいきなり背後から現れ、自分の首筋に剣を突き立てたのだから。


「ぶぎゅ」


深々とオークの首筋に剣が突き刺さり、潰れた豚の様な声w出してそいつは絶命する。


「ぶるぁ?」


異変に気付いた前のオークが何匹か振り返るが、此方に反応するより早くその内の一匹の腹部へと深々と剣を突き刺す。


これで2匹。


「ぶぎぃぃぃぃ!!」


回りの奴らが手にしたこん棒で殴りかかって来るが、それを受けるより早く、俺は転移で別のオークの元に飛んだ。

もちろん背後で。

そして転移と共に、斬り殺す。


因みに、空間転移は再使用時間が3秒程ある。

そのため、斬って直ぐに飛ぶというような真似は出来ない。

まあとは言え、効果を考えれば、たった3秒程度なら縛りとしては超緩い方だろう。


「ぶぎゃああ!!」


仲間がやられた事に気付いたオークが、即座に襲い掛かって来る。

俺はそれを適当に軽くあしらい、3秒と同時に別のオークの背後へと飛ぶ。


「ふぅ……終わり」


転移襲撃を繰り返し、オークを殲滅し終える。

19匹全て倒すのにかかった時間は2分ちょいだ。

此方の被ダメージは無し。


もし普通に戦っていたら、こんな簡単に圧勝する事は不可能だったろう。

やはり、不意打ちは最強の攻撃手段である。


「あんまり早く戻るのもあれだからな。一休み……いや、一応見える位置で状況の確認はしとくか」


オーグルが下手をしないとも限らない。

俺は転移で集落近くに飛び、サーチでキングや疾風の面子の位置を特定し、バレない様に近づいてこっそりと戦いの様子を伺う。


気分は完全に覗き魔である。


「ふむ……結構楽勝っぽいな」


集落を離れてまだ6~7分しか経っていない。

だが既に残った雑魚達はかたずけられており、現在オーグルとキングが一対一で戦っている最中だった。


疾風の面子は、それを離れた位置から見守っている。


「いっちょまえに、王冠までかぶってやがるな」


キングの体格は通常のオークよりも一回り大きく、手には何かの骨で出来た槍が握られていた。

その頭部には王冠――と呼ぶにはみすぼらしいが、冠上に編まれた葉っぱのヘッドサークルを付けている。


完全に王様気取り。

まあだからこそ、オークの変異種はキングと呼ばれているのだが。


戦闘ではキングが豪快に槍を振り回し、その隙を突いてオーグルがヒットアンドウェイで攻撃を仕掛けると言った感じで進んでいる。

一発喰らえばアウトそうな攻撃ではあるが、オーグルの動きに危なげさはない。

この状態からの負けは、まあまずないだろう。


「態々目視で確認するまでもなかったか」


サーチでは位置関係や地形は把握できるが、細かい怪我の有無なんかは確認できない。

だから一々目視できる位置まで来たのだが、不要だった様だ。


「ん?」


オークキングの全身に、オーグルの攻撃による傷が順調に増えていく。

もうそうろそろかとそう思った時、その体に異変が起きた。


「なんだ?水蒸気?」


戦っているキングの体が赤く変色し、全身から水蒸気の様の物が立ち昇る。


「それに、体がデカくなってる?」


心なしか、いや、確実にキングの体は膨らんで行っている。

そして――


「おおおおおぉぉぉぉぉ!!!」


奴が大気を震わす強烈な咆哮を上げる。

その瞬間、キングの両肩が裂け、その中から二本の腕が生えて来た。


「まさか進化か!?」


2段変異。

極稀に、変異した魔物がさらなる進化を遂げるという。

まさかそれを目の前で拝む事になろうとは。


「ぶおう!!」


オークキング――いや、正確にはもうキングではない。

サーチはその魔物を、オークエンペラーと表示している。


なんでキングとエンペラーの称号に差があるのか?


そんな疑問を持たなくもないが、重要なのはそこではない。

最大の問題は、奴を示す色が真っ赤だという事である。


完全なる格上だ。


エンペラーが骨の槍を放り棄て、その両右手でオーグルに上から殴りつけた。

スピードも先ほどとは比べ物にならない程上昇している。

それをオーグルは何とか躱しつつ、エンペラーの脇腹をショートソードで斬りつけた。


「こりゃ駄目だな」


空を切ったエンペラーの拳はそのまま地面に叩きつけられ、地面に巨大なクレーターを生み出している。

それに対して、オーグルの攻撃は薄っすらとした掠り傷すら残せていなかった。


――余りにもパワーが違い過ぎて、ダメージが通らない。


状況的には絶望的な相手だ。


それでもスピードに差があれば、なんとか戦えなくもなかっただろう。

だが、そのスピードすら今では大差ないレベルだ。

このまま放置すれば、そう長くは持たないのは明白だった


「つっても……普通に戦ったんじゃ、俺も勝ち目はないけど」


転移無しの強さだと、俺とオーグルにそこまで大きな差はない。

まあパワーがある分、俺ならダメージを通せるとは思うが、まあその程度だ。


「取り敢えず、黙って見ている訳にもいかないし助けに――」


そう思った時、オーグルが地面に何かを叩きつけた。

瞬間、大量の煙が舞い上がる。


煙幕だ。


「まあ、間合いを離すのは正解だな……」


未知の強敵相手に、接近戦を仕掛けるのは危険だ。

一旦間合いを開けて仕切り治すのは、プラチナランクレベルなら当然の行動と言えるだろう。


だが間合いを開けるにしては、本格的にダッシュしている様な動きだった――煙幕があってもサーチで動きは分かる。

それですぐに気付いた。


「おいおい……あいつ、疾風の奴らを放って逃げるつもりかよ」


疾風の面子は2段変異に動揺してか、その場を動けていない。

エンペラーがオーグルを追えばいいが、そうでないのなら、彼らは確実に皆殺しにされるだろう。


……格下の味方をあっさり見捨てるとか、完全に糞野郎のムーブだな。


「ん?」


煙幕の煙が晴れ、エンペラーの姿が見えて来た。

奴は両掌を筒の様な形にして、口の前に添えている。

向いているのは逃げたオーグルの方だ。


何をする気だろうか?


「——っ!?」


奴が大きく息を吸い込むような動作をする。

次の瞬間、突然奴の前方の煙が円型に吹き飛んだ。


「遠距離攻撃か!」


何が飛んだのかは全く見えない。

だが間違いなく遠距離攻撃だ。

何故なら俺のサーチに、球型の何かがオーグルに向かって真っすぐ飛んでいるのが映っていたからだ。


明らかに直撃コース。

オーグルの動きを見る限り、その攻撃にはまだ気づいていない。


――俺なら、奴を助ける事も出来る。


だが、その選択肢を即座に外す。

転移には3秒の再使用時間がある。

オーグルを助けにいって、戻ってくるまでに疾風の連中が殺されないとも限らないからだ――エンペラーとの距離は離れているので、走っても3秒以上かかる。


味方を見捨てる様な糞野郎を優先する理由は、俺にはない。


攻撃がオーグルに直撃し、その反応がサーチから消える。

どうやら即死した様だ。


奴の遠距離攻撃はかなりの威力だとこれで分った。

オーグルも最後に少し役に立ってくれたのだから、一応感謝の念を送っておく。


「ス、スバルさん!?」


俺は急いで転移で疾風の面子の上に飛ぶ。

転移する姿を見られない様にするためだ。


頭上から急に落ちて来て着地する俺を見て、ペンテが驚いた声を上げる。


「あいつの相手は俺がする。お前らはここから撤退しろ」


「そんな!あの化け物を一人でだなんて無茶です!!私達も一緒に――」


「足手纏いだ!失せろ!」


ペンテの言葉を遮り、俺は大声で怒鳴りつけた。

彼女達がいると転移が使い辛いので、さっさと離れて貰わないと困る。

この場に長く居残られる程、俺がきつくなるのだ。


「でも……」


「早くしろ!俺の邪魔をしたいのか!!」


既にエンペラーはこっちに突進して来ていた。

遠距離攻撃では無かったのは幸いだが、今の奴のスピードならあっという間に距離が詰められてしまうだろう。


頼むからはよどっか行ってくれ。


「わ、分かりました。皆、行こう!」


急接近するエンペラーの圧に負けたのか、やっと疾風の面々がその場を離れだす。

だがペンテは一旦足を止め――


「死なないでくださいね!」


そう言ってから再び走り出した。


「心配いらないさ」


最悪、駄目そうなら転移で逃げればいいだけだからな。

正にチート万歳である。


「ぶるぁぁぁぁぁぁ!!!」


目の前まで迫ったオークエンペラーが雄叫びを上げる。

俺は軽く息を吐いて剣を構え、それを正面から迎え撃つ。

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