第9話 天才

「ぶるぁぁぁぁぁぁ!!!」


オークエンペラーがその拳を振るう。

とんでもない速度だ。


せめてもの救いは、動きがかなり荒い事だろうか。

恐らく変化したばかりで、自分の体をうまく制御出来ていないのだろう。

普通に考えれば、その状態を狙って倒すのが定石だ。


――が、俺は逆に長期戦を選択する。


「後ろだぜ」


転移で奴の背後に飛んで、そのまま斬りつける。

幸いダメージは通った。

奴の背中に、浅くはあるが俺の剣筋の切り傷が付く。


「取り敢えず、ノーダメージって事はないみたいだな」


斬りつけると同時に、俺は後ろに飛んで間合いを大きく離す。


「ぶぉう!!」


「そうそう、俺に集中しろよ」


背中を斬りつけられたエンペラーが、怒りの形相で此方へと振り返る。


よし……


唯一の気がかりは、俺を無視して逃げた疾風の面々を追いかけるなり、遠距離攻撃を仕掛けられる事だったのだが、それはクリアされた。


ま、いきなり背後から斬られた訳だし。

余程の事が無い限り、こっちを優先するよな。


後は攻撃を受けない様に出来るだけ間合いを取りながら、チマチマ戦うだけだ。

絶対深追いはしない。

エンペラーのとんでもパワーを喰らってしまったら、下手したら一発でゲームオーバーだからな。


因みに、逃げるという選択肢はなかった。

何故なら、経験値をいっぱいくれそうだから。


この世界では、魔物を倒すと経験値が入り、一定以上になるとレベルアップして強くなるゲームの様な仕様がある。

その経験値は、敵との差が大きければ大きい程激しく変動する。


そのため、自分より弱い奴を倒しても全く経験値が入らず、強い奴を倒すと大量に経験値が入る訳だ。

そしてその基準は、サーチの示す色で判別できた――因みに色の判定は、チートを裁定に含まない。


サーチに映るエンペラーの色は真っ赤。

俺よりずっと各上である。

つまり、こいつを倒せば激美味って訳だ。


まあさっきの一撃でダメージが全く入らない様なら、流石に倒すのは諦めてたけどな。


「ぶふぅぅぅ!!」


エンペラーが殴りかかって来る。

俺は攻撃を喰らわない様、相手の動きをよく見ながら回避に集中した立ち回りを行う。


「捌くだけなら、どうにでもなりそうだ」


猛烈な攻撃ではあるが、防戦に徹する分には問題ない。


……転移はとっとくか。


万一の一撃に備えた保険様に、転移は出来る限り使わない方向でやっていく。


防戦一方で、どうやって倒すのか?

それはすぐにわかるさ。


「ぶうぅぅぅ!!」


戦い始めてから2分ほど経つ。

狂った様に攻撃を続けるオークエンペラーの動きが、少しづつこなれて来る。

普通なら追い詰められる状況だが、それに反する様に俺には余裕が生まれていた。


「おっと」


エンペラーの攻撃を、俺は容易く躱す。

もう余程の事が無いかぎり、奴の攻撃は俺にかすりもしないだろう。


――別に俺のスピードが上がった訳じゃない。


「そろそろいいか」


俺のパワーだけでは、オークエンペラーに与えるダメージはたかが知れていた。

だから相手の動きを利用する。


奴の振り下ろす拳。

その勢いを利用して、俺はエンペラーの腕を深く切り裂いた。


所謂、カウンターだな。


「ぐうぅぅぅぅ……」


腕を切り裂かれたエンペラーが痛みに顔を歪め、一歩後ろへと下がる。


「反撃は来ないと思ったか?残念……お前の動きは見切らせて貰ったぜ」


――俺には、正確には、もう一人の俺には天才というチートがある。


それには学習能力を馬鹿みたいに高める効果があった。

そのお陰で、俺は人の何倍もの速度でスキルや魔法を習得する事が出来ている。


そう、天才の効果は超学習能力。

そして俺は学習したのだ。


――オークエンペラーの動きを。


どんなに速く力強かろうとも、動きさえ完璧に読めるのなら、もう何も恐れる必要はない。


チート最高!


「そういや……もう片方の体が死んじまったら、このチートも無くなっちまうのかな?」


もう一つの体はまだ死んでいない。

それは感覚で分る。

だが、意識はいまだ途切れたままだ。


「出来れば生き残って欲しいんだが……」


天才も成長倍加も、かなり優秀な物だ。

王家の人生なんかより、よっぽど無くすのは惜しい。


「ま、考えても仕方がないか」


俺は剣を構え直す。

守りの型から、攻めの型へと。


「それじゃ……行くぞ!」


「ぶいぃぃぃぃ!!」


オーク集落にエンペラーの悲鳴が木霊する。

単純な動きしか出来ない相手など、動きを見切ってしまえば楽勝だ。

俺は苦も無くデカブツを始末する。


「お。レベルアップ。ラッキー」


やっぱジャイアントキリングは最高だぜ。


「で、だ。逃げろつっただろうに……」


俺が声をかけると、物陰からペンテが姿を現す。

一度は集落から離れた彼女だったが、どうやら心配して引き返して来てしまった様だ。

勿論、俺はサーチで早い時点でそれには気づいていた。


「全く……」


俺は小さく溜息をつく

転移を最初の一回以降使わずに済んだから良かった物の、もし必要だったら、その行動は完全に邪魔以外の何物でもなかった。


「ごめんなさい。どうしても気になってしまって……」


「心配してくれたのは嬉しいよ」


まあ同じプラチナランクがやられてるんだ。

きっと彼女には、俺の行動が自殺にしか見えなかったのだろう。


だが、それなら猶更――


「でも……もし俺がやられていたら、君も殺されていたかもしれないんだぞ?」


のこのこ集落に戻って来た敵を、エンペラーが見逃してくれるとは思えない。

見つかれば待っているのは死だ。


「それに、逃げた仲間がオークに遭遇したらどうする?」


オークの集落に、残り全部がいたとは限らない。

もし巡回兵が残っていて、そいつらとかち合う事になったら間違いなく戦闘になるだろう。


まあ疾風の面子の実力なら大丈夫な気もするが、一人欠けている状態で不意打ちをうけでもしたら、万一と言う事も考えられる。

そう考えると、彼女の単独行動は決して褒められたものではなかった。


「すいません……そこまで考えてませんでした。ただ、どうしても見捨てる様な真似は出来なかったんです。だから……」


ちょっときつめの俺の言葉に、ペンテが俯いてしまう。

やれやれ、俺とした事がつい他人に説教じみた事をしてしまったな。


「謝らなくてもいいよ。誰かを心配する君の優しさは、尊敬すべき美徳だ。けど、次からはその辺りもきっちり考えて行動してくれ」


若干軽率な行動ではあったが、ペンテの方が一人で速攻で逃げ出そうとしたオーグルなんかよりよっぽど立派である。

だからこそ、彼女には成長して長生きして貰いたいと思う。


「それと……次も組む事があったら、俺が超強いって事も念頭に置いといてくれ」


説教モードは終了し、少しおどけた様に俺はそう言う。


ま、何にせよ。

取り敢えずこれでクエスト達成だ。

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