第9話 行動と結果の最適化

 「目覚めたか?」


 このセリフを聞くのはこれで五度目だろうか。一度目は殴られ、二度目も殴られ、三度目は冷水を、四度目はナイフで。だからこれで多分五度目。


 ただしループを繰り返す度に俺の前で起こる展開は確実に進行している。

 だがこれはあくまでもこの能力特有の所定セーブ機能と、俺の記憶力が良いだけで、何もしなければ別の展開が起こっていただろう。

 そう、まさに拷問を能力で完全克服した時はどうなっていただろうか。


 さて、今回は多分五度目という訳だが、最早このセリフはこの先に起こる展開まで全て記憶している。

 何故ここまで記憶力が良いか? と問われるなら、一度一度の展開は濃すぎるからだろう。忘れたくても忘れられないってやつだ。


 ならば今回はこの記憶を頼りにさらに展開を省略し、最適化しようと思う。

 森から脱出した時もそうだ。

 飢えて死にそうになっていた俺は、翌日は実は狩りの達人でしたというオチによって、多少のズレは生じたが、生存するための技術があったおかげで結果オーライとなった。


 だから今回も同じ方法で行く。

 と、そうしたいところだが。俺は四度目の時点で忘れていたことがある。

 あの、隊長の名前を聞くことを忘れていた。あぁ、どうやってここからあの人を呼ぼうか。


「良いか? これから俺の質問だけに答えろ。素直に答えれば、すぐに楽にしてやる。

 嘘はだめだぞ。嘘付いたら痛い目にあうからな」


「あーわかったから少し黙っててくれ。少し集中したい」


「は?」


「そうだなぁ……まぁいいや。俺は異世界人で、スパイでは無いけれど疑惑ということにしておいてくれ。

 そして上層部にこう報告するんだ。

 俺は死ぬ度に記憶をそのままに、時間を巻き戻す能力を持つと。いいな?」


 とりあえず相手の考えるスパイ疑惑と、それを払拭するための必要なことをまとめて言う。


「てめぇ! 何が言いたい! 勝手に口を開きやがって!」


「お願いだからそうしてくれ。お前の言葉も実は五回目なんだよ」


「ご、五回目!? 畜生、クソが! 何が何だか知らねぇが、この一度だけならその妄言を上層部に伝えてやる」


 あぁ、それでいい。一度ならず三度目だけどな。

 そう言えば彼は拷問部屋の扉を開けて、がさつに外へ出ていった。

 だがこれでいい。あの男。精鋭部隊のリーダーとか言われていたあいつ。あいつは俺が思っている以上に物分かりが良いからな。


 あ……取引のこと完全に忘れてたわ……。


◆◇◆◇◆◇


 だが何故か上手くいった。スパイ疑惑がある俺の言葉を上層部に伝えに行った彼曰く。

 今回が五回目であることを考えるなら、スパイだと決めつけられることに狼狽えることなく、疑惑だと想定するということは、今回のスパイ捕獲に最も懐疑的な精鋭部隊の隊長のことも知っているのでは。

 と思ったらしい。


 つまり、今回の俺がスパイだと確信しているのはエルフ族たちの九割で、その一割があのリーダーと、俺という訳らしい。

 エルフの人たち怖すぎない!? 俺とかなんでスパイだと思われているのかさえもまだ理解してないってのに!


 もうこれ以上彼らのことを考えるのはよそう。


 そうして、拷問官と一緒に少し遅れて部屋に入って来たのは、正しくリーダーの男だった。


「お前が五回も拷問に耐え、なにか訳ありの人間か……。まぁ、お疲れ様とだけ言ってやる。

 わざわざ回数まで伝えるんだ。お前、取引したいんだろう? 素直にそう言えば良いのに」


「あー、そのことは完全に記憶からすっぽ抜けてました。サーセン」


「ふーん……。まぁいい。取引だと言うならば、丁度良い案件がある。

 どうせこの先も知っているんだろう? 目隠しと耳栓は要らんな。

 足の縄だけ解いてやれ、ついて来い」


「はいはーい」


 そうしてリーダーに着いていくと、前に連れて来られた部屋は、作戦会議室だと初めて知った。


「何をキョロキョロしている? まさかここまで来るのは初か? 四度も拷問官に殺されていたというのか? それはまたご愁傷なこった。

 たかがスパイ疑惑だというのに、最後は殺されるなんて不憫としか言いようが無いな」


「えっと、それで、ここで何をするんです?」


「お前にはこれから人間の人質になってもらう。話はそれからだな」


「あーなるほどね……」


 俺はこのリーダーに会うのは二度目だが、それを知られてはならない。

 作戦内容は知っているけど、とりあえず素人の言葉ということにして、俺がここで作戦内容を提案してやる。

 自分と同じをことを考えているやつがすぐ側にいたら少しは信頼を得られるだろう。


 作戦会議室でリーダーと話していると、しばらくして三人の兵士が入ってくる。


 一人は細身ながら肉付きの良い体で、男なんだろうけど、一見なら女に見えてしまうほどの華奢なシルエットをしている。顔も中性的の好青年。


 また一人は大柄でゴリラみたいな筋肉量で、喧嘩売ったら俺で無くとも一撃で殺しそうな拳を持っていそうで、顔もまたゴリラだった。


 そして最後はまさかの子供にしか見えないほどの低身長で、言うなれば完全なショタ。部屋に入る時は後頭部に両手を組みながら怠そうにしているが、仕事疲れの大人を真似ているようで、背伸びしているようにしか見えない。


 すげぇ、濃いメンバーだったんだなぁ……。


「よし集まったな。それでは今回の作戦内容を言う。間違いは許されない作戦だ。良く聞け」


 ここで俺は会話を遮る。


「あの〜……その作戦について提案があるんですけど良いっすかね?」


「貴様……ここが初めてではないのか? 提案と言っても大雑把な内容はわからないだろう」


「いや、実はエルフさんたちの内情は別の時に少し齧ってまして」


「へぇ……。あぁ、言い忘れた。こいつが今回の人質だ。私たちのスパイだと知られている男だ。

 ならば言ってみろ。下らない話ならお前に六度目のチャンスを与えてやる」


「よし。まず、俺が何故スパイだと思われているのかは詳細までは知らないので省略して……。

 確か、俺がいた森には人間陣営の拠点があるんですよね? だから俺をスパイだと勘違いして、これからその人質として連れていく。

 

 ただし、人間とエルフとの関係は良いとは言えず、どちらかと言えば悪くはある。

 人質なんて連れて行ったらそれだけで一色触発。最悪の場合は乱戦は避けられないでしょう。

 だからと言って、無闇に人間を迎撃。殺す訳にいかない。ここまでは良いですか?」


 俺の話を聞く精鋭の三人はそれぞれ疑いや驚きで目を見開いており、リーダーはというと何故か分かりやすいほどにほくそ笑んでいた。


「と言う訳で素人が考える作戦ですが、俺を人質として見せるまでは良いでしょう。

 しかし何があっても受け渡すことはしてはいけません。

 想定ですが、俺は確実に殺されるでしょう。だって現状俺がスパイを否定しているし。

 それこそ全く無関係の人がエルフと人間の緊張状態下のど真ん中に連れ込まれたとしたら、それを俺に知られた人間側は見逃す訳が無い。


 だからここで提案です。もしそうなった時に、『人質を解放しろ』なんて言ったら交渉決裂だと思ってください。

 相手からしたら真っ当な言葉を言ったのに決裂なんて無茶苦茶な話だと思うでしょうが。

 こちらとしては出来る限り血が流れることは避けたい、人質が殺されるのは……リーダー。貴方にとっては嫌だと思うんですよねぇ……」


「ほぉ? 続けろ」


「だからもし交渉が決裂した時は、あればですが、遅効性の神経麻痺薬とか。そんな感じの矢とかあれば良いかもしれません。

 遅効性である必要は、当たりどころによっても死に至り難い点と、相手の即座の反撃。つまり、宣戦布告を認めたことを確認するためです。

 少しでも葛藤すれば、その時にはもう体は動きませんから」


 これで俺の提案は終了。だがそこでリーダーは突然笑い始める。


「クックック……ハッハッハ……。貴様……お前の能力が私の想定通りならば、この質問に答えられるはずだ……。お前は私に会うのは何回目だ? 五回中、何度目だ!?」

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