新婚旅行――2

 二日後の正午過ぎ。俺と玲那はキャリーケースを片手に、俺たちが暮らす県でもっとも大きな駅の、ホームにいた。


「兄さん。いまから向かう温泉郷、日本観光地百選に選ばれているそうですよ」

「おお! それはスゴいな!」

「見てください、この写真。青々とした木々に覆われた山々に、み渡った清流。この自然美がわたしたちを待っているんです」


 玲那が俺にパンフレットを差し出し、温泉郷の見所みどころおぼしき風景を切り取った写真を見せてくる。観光地百選の噂に恥じない雄大さだ。


 それにしてもはしゃいでるなあ、玲那。


 普段のルームウェアと違い、白いノースリーブワンピースに青いカーディガンと、玲那はちゃんとした格好をしている。


 表情も涼しげで『深窓の令嬢』モードだが、仮面では隠しきれない期待感が、口角の角度となって俺に筒抜けになっていた。


 まあ、玲那がはしゃぐのも無理はないか。


 キラキラした目でパンフレットを眺める玲那に、俺は苦笑する。


 これから向かう温泉郷には、まず間違いなく知り合いはいない。つまり、温泉郷にいるあいだ、玲那は妹としてではなく、妻として俺と過ごせるのだ。外出先で妻として過ごせる機会は滅多めったにない。玲那にとっては千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだろう。


 羽目はめを外しすぎないようにはしてほしいけど……注意するのは野暮やぼだろうな。玲那の期待に水を差すような真似はしたくない。


 それに俺も、玲那と夫婦として旅行できるのは嬉しいからな。





 温泉郷は、俺たちが暮らす県からふたつ離れた県にある。


 新幹線に乗った俺と玲那は向かい合って座り、車窓から景色を眺めていた。


「新幹線に乗ると、不思議なことに『旅行がはじまった感』が強まりますね」

「それな。ただ移動してるだけなのにワクワクするんだよな。中三の修学旅行でもそうだった」

「修学旅行と言えば、ひとつ心残りがあるんです」

「心残り?」

「兄さんと混浴できなかったことです」

「頭のネジ飛んでるのか、お前は」


 半眼でツッコむ俺に、玲那が深い溜息をつく。


「旅館で兄さんをお呼びしたじゃありませんか。『夜中の一一時にわたしの部屋の前まで来てほしい』と。わたし、待ってたんですよ?」

「俺は言ったはずだぞ? 『教師に見つかるからやめとけ』って」

「ツンデレな兄さんのことです。素直になれないだけで、ちゃんといらっしゃるのではないかと思ってました。『押すな押すな』と同じやつです」

「俺はダ○ョウ倶楽部じゃない」


 父さんと母さんが再婚してから半年経った頃の話だ。どうやらあの頃から玲那はぶっ飛んでいたらしい。俺のことが大好きだったらしい。


 本当はしっかりたしなめるべきなんだろうけど、できない。あの頃から玲那が慕ってくれていたとわかり、嬉しくて仕方ないからだ。


 俺も相当なバカみたいだ。俺と玲那はバカップルみたいだ。


「ですので、今回の新婚旅行では混浴リベンジしたいと思います」

「マジでやめろよ?」

「……からのー?」

「からのじゃねぇよ! 言っておくがフリでもないからな! 入ってきたら追い出すからな!」


 訂正ていせいする。俺はまともで玲那だけバカだ。


 好きでいてくれるのは嬉しいけど、もうちょっとブレーキかないもんかなあ? 近頃、精神的疲労が絶えないんですけど。


 こめかみをグリグリしている俺に構わず、玲那は「ふんふん♪」と鼻歌を奏でながら、キャリーケースをごそごそと漁りはじめた。


「なにしてるんだ?」

「旅行の必需品を持ってきたんです。兄さんもいかがですか?」


 にこやかな顔で玲那が取り出したのは、ポテ○チップス、チ○ルチョコ、バーム○ールなど、様々なお菓子の袋だ。


『深窓の令嬢』って呼ばれるほどの才媛さいえんのくせに、遠足に来た小学生みたいだな。


 微笑ましい玲那の言動に、思わず俺の頬が緩む。そんな俺を目にして、玲那が眉をひそめた。


「……兄さん? わたしのこと、子どもっぽいと思いましたね?」

「いや、思ってないぞ?」

「本当ですかー?」

「完全にお子様だと思ったんだ」

「余計に悪いです!」


 玲那がぷくぅっと頬を膨らませた。『深窓の令嬢』の仮面は完全にがれている。


 ねる様子が可愛くてクツクツと喉を鳴らすと、玲那はますます頬を膨らませ、ポッ○ーの箱を俺に突きつけてきた。


「いいでしょう! わたしは大人だと証明してみせます!」

「ええー、お子様の玲那がかー?」


 マウントを取れる機会があまりないので、ここぞとばかりに俺は玲那をおちょくる。


 が、俺のニヤニヤ笑いは、続く玲那の一言で消し飛んだ。




「兄さん、ポッ○ーゲームをしましょう!」

「…………は?」

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