第二章

新婚旅行――1

 五月の頭。ゴールデンウィーク直前の日の夕方。


 いつものごとく玲那がグイグイ来て、俺が翻弄ほんろうされ、はたから見たらイチャついてるようなスキンシップを俺たちはとっていた。


「玲那、涼太、お邪魔するよ」

「ふたりとも元気にイチャついてる?」


 父さんと母さんがやってきたのはそのときだ。


 玄関に出た俺は、突如とつじょ来訪した両親に目をしばたたかせる。


「いきなりどうしたんだ? なんか用でもあるのか?」

「あら? 用がないと来ちゃダメなの? お母さん、悲しいわー」

「わざとらしい嘘泣きやめろ」

「まあ、私たちはお邪魔虫だから歓迎はできないだろうね。涼太も玲那もふたりきりでイチャつきたいだろうし」

「別にお邪魔虫なんてことはないけど……」

「ふたりきりでイチャつきたいことは否定しないのね?」

「……とりあえずなかに入ったらどうだ?」


 ふい、と顔を背けながら父さんと母さんを迎え入れる。背後から、「素直じゃないわねー」とか「きっと恥ずかしいんだよ」とか、明らかに面白がっている母さんと父さんの声が聞こえた。


 父さんも母さんも黙ってくれ、追い出すぞ。いや、玲那とふたりきりでイチャつきたいのは事実なんだけどさ。余計にからかわれそうだから口にはしないけど。


 むずがゆさと微量の悔しさを感じつつふたりを案内すると、ダイニングに紅茶の香りが漂っていた。どうやら父さんと母さんがやってきたことに気づき、玲那がお茶を入れているらしい。


「手伝おうか?」

「大丈夫です。お兄ちゃんはお父さんとお母さんの相手をしてあげてください」


 気遣きづかう俺に、玲那がニコッと笑みを返す。


 そんな俺たちのやり取りを眺め、椅子に座った母さんがニヤニヤ笑いを浮かべた。


「見て、清司さん。ふたりともちゃんと夫婦してるわ」

「お客さんへの対応がバッチリだね、玲那。涼太も、ちゃんと玲那の手伝いをしようとしているのはポイント高いよ」

「どう、涼太? あたしたちの見立てに間違いはなかったでしょう? 玲那ちゃんは最高の奥さんでしょう?」

「黙らっしゃい」

「わたしは最高の奥さんでしょう?」

「玲那まで混ざるな!」


 父さんと母さんは俺をからかわないと死んでしまう病気にでもかかっているんですかねぇ!? あとナチュラルに参加するな、玲那! 恥ずかしいだろ! たしかにお前は最高の奥さんだけどさ!


「そ、そういう父さんと母さんのほうはどうなんだよ?」


 玲那がティーポットとティーカップをトレイに載せて運んでくるなか、これ以上父さんと母さんにからかわれたくない俺は、対面の椅子に腰掛けながら話題をらしにかかる。


 玲那が注いでくれた紅茶を口にした父さんと母さんは、俺にニッコリと笑いかけた。


「涼太、玲那ちゃん、弟か妹がほしくない?」

「待て、それ以上は言わんでいい」

「二人暮らしははじめてだから、私も春美さんも燃え上がってしまってね」

「言わんでいいと言ってるでしょうに! なにが嬉しくて両親の性事情を知らないといけないんだ!」

「お兄ちゃん! わたしたちも負けてられませんよ!」

触発しょくはつされるな、玲那!!」


 母さんが頬を赤らめながら体をくねくねさせ、父さんがまんざらでもない顔で頬をき、隣に座った玲那が鼻息を荒くしながら身を乗り出してくる。


 やめてくれよぉ! 父さんと母さんのなんて聞きたくないんだよぉ! あと、玲那をきつけないでくれよぉ! 俺、まだ覚悟できてないんだよぉ!


 複数の恥じらいに襲われ、俺は顔を覆ってプルプル震える。


 母さんが、はぁ、と溜息ためいきをついた。


「その様子では、まだ玲那ちゃんといたしてないみたいねぇ……このヘタレ」

「ぐぅ……っ!」


 母さんの言葉が槍のように俺の胸に突き刺さる。玲那を待たせているのは事実なので反論できず、俺はうめくことしかできない。


 母さんがもう一度溜息をつき、バッグから一枚の紙を取り出した。


「そんなあなたに朗報です。玲那ちゃんと仲を深めるチャンスをあげましょう」


 俺たちが見やすいように向きを逆にして、母さんがテーブルに紙を置く。


 俺と玲那は、その紙に書いてある文字を同時に読み上げた。


「「温泉郷ペア宿泊チケット?」」

「春美さんが抽選ちゅうせんで引き当てたんだよ」


 目をパチクリさせる俺と玲那に、紅茶を一口してから父さんが提案してくる。


「ちょうどゴールデンウィークが間近まぢかだろう? ふたりで行ってきたらどうだい?」

「俺たちがもらっていいのか、父さん? この温泉郷、結構有名なとこみたいだけど」

「構わないよ。私と春美さんは家で励んで――」

「その話はもういい!」

「あたしたちのことは気にしなくていいの。それより、涼太と玲那ちゃんは新婚旅行がまだでしょう? ちょうどいいと思うわよ?」

「新婚旅行!」


 玲那がパアッと顔を輝かせた。見るからに乗り気だ。


 玲那の気持ちはわかる。俺たちは結婚したけれど、式を挙げてないし新婚旅行にも出かけていない。結婚にまつわるイベントはなにもしていないのだから。


「環境を変えればムードも変わるんじゃない? ヘタレの涼太でもその気になるんじゃないかしら?」

「結局その話に戻ってくるのかよ!」

「行きましょう、お兄ちゃん! 目指せ、ハネムーンベイビー!」

「目指さねぇよ!?」

「じゃあ、このチケットはいらないのかい、涼太? 新婚旅行には行かなくていいのかい?」

「……いります。行きたいです」

「はじめからそう言えばいいのにー。ホント、素直じゃないわねぇ」


 母さんが悪ガキみたいに口端くちはしを上げ、父さんがクスクスと笑みを漏らし、玲那が「ハネムーン♪ ハネムーン♪」と体を揺らしている。


 俺は頬をひくつかせた。


 絶賛募集中なんですけど、どこかに俺の味方はいませんかね?


「楽しみねぇ。早く孫の顔が見たいわ」

「任せてください、お母さん! 全力でお兄ちゃんを誘惑します!」

「涼太、もう諦めたらどうだい?」


 母さんと玲那が実の親子より仲良くはしゃぎ、父さんが俺に苦笑を向けてくる。


 新婚旅行は楽しみだが、その何十倍も心配だ。


 神さま、どうか何事なにごともなく新婚旅行を終わらせてください。


 念じつつ、俺は付け足す。


 断じてフラグじゃねぇからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る