新婚旅行――3

 愕然がくぜんとして、俺はポカンと口を開ける。


 ポッ○ーゲームとは、ポ○キーの両端をそれぞれくわえて同時に食べ進め、先に離れてしまったほうが負けというゲームで、互いの口が近づいていく仕様上、誤って(もしくはわざと)キスしてしまう危険性がある。


 たしかにお子様はしないだろうけど、こんなパリピ御用達(偏見)のゲームをここで行うだと!? 正気か、玲那!?


 俺が口をパクパクさせていると、玲那が、ふふん、と不敵に笑った。


「おや? 怖じ気づきましたか?」

「おおお怖じ気づくもなにも、こんな人目がつく場所でポッ○キーゲームなんてできるか! 恥ずかしいだろ!!」

「おやおや? お子様のわたしはできるのに、大人な兄さんはできないと?」


 玲那がわざとらしく溜息をついて、やれやれ、と肩をすくめる。


 いつもの俺なら玲那の挑発に乗らなかっただろう。だが、マウント返しをされた俺は、いつも以上に頭に血が上っていた。


 売り言葉に買い言葉。俺は噛みつくように言い放つ。


「やってやろうじゃねぇか! 後悔するなよ!」

「そ、それはこちらのセリフです!」


 玲那も後に引けないようで、箱と袋を開けてポッ○ーを取り出し、チョコでコーティングされたほうを咥える。


「んっ」と咥えたポ○キーを玲那がこちらに向け――俺はピキッと固まった。


 ちょ、ちょっと待ってくれ! この表情、マズくない!?


 唇をすぼめ、あごの角度をやや上げ、まぶたを伏せた玲那の顔は、完全にキス待ち顔だ。


 ツヤツヤした桜色の唇、長いまつげ、かすかに赤らんだ頬に、俺の視線が吸い寄せられる。


 この状態でポ○キーを同時に食べるだと!? なんて恐ろしいんだ、ポッ○ーゲーム!!


 おののきに固まっていると、玲那が片目を開けて口端を上げる。


 玲那の目が言っていた。


 ――びびってるんですか、兄さん?


 対抗心が羞恥心しゅうちしんを上回る。


 こ、こいつ……舐めやがってぇ……!!


 認めよう。俺はヘタレだ。だが、ヘタレにもヘタレなりのプライドがある。


 意を決し、俺はポッ○ーの持ち手側を咥える。俺の行動が予想外だったのだろう。玲那が目を丸くした。


 俺と玲那はにらみ合い――サクッ、と玲那が一口進める。


 俺は肩を跳ねさせるも、負けじと一口かじった。


 サクサクと音を立て、俺と玲那の顔が近づいていく。玲那の頬がさらに上気し、瞳がうるみだす。


 ポッ○ーを食べているはずなのに、味が全然わからない。味わっている余裕はどこにもない。


 体温が急上昇するのを感じながら、俺は頭の片隅かたすみで思った。


 待て待て待て。これ、本当にキスしちまうぞ? こんな意地の張り合いでキスしていいのか?


 玲那の顔はもう目の前。あと三口で唇が触れてしまう。


 玲那が一口かじり、俺も一口かじり、あと一口で唇が触れる――寸前。


「「んっ!!」」


 俺と玲那はそれぞれ顔を背け、ポッ○ーがポキッと音を立てた。ドローだ。


 勝敗をつけることはできなかったが、俺と玲那はそれどころじゃなかった。ふたりして赤面し、胸を押さえている。


 心臓の鼓動がドラムロールみたいに激しく、速く、うるさい。湯あたりしたみたいに体が熱く、頭がクラクラしていた。


 あああ危なかった! マジでキスするところだった!


 なんとか動機をしずめようと深呼吸してから、俺は玲那に文句をつける。


「ど、どうするんだよ、本当にキスしてたら!」

「た、たしかに困ります!」

「だろ!?」

「キスするならもっといいムードじゃないといけませんよね!」

「そういうことでなく!!」


 相変わらず玲那はぶっ飛んだ思考回路をしているらしい。


 長く深く嘆息たんそくして、頭をガシガシと掻きむしり――俺はつぶやいた。


「……お子様なんて言って悪かった」

「わ、わたしも、挑発したりしてすみませんでした」


 それぞれ目を合わせることなく、ボソボソとした声で謝る。


 チラリとうかがうと視線が合い、俺たちは互いにパッと逸らした。


 き、気まずい! 温泉郷につくまでこの空気なんて無理!


 たまらず俺は、パンッ! と手を鳴らした。


「は、はい! この話はここまで!」

「そ、そうですね! あっ! 温泉郷まではあとどれくらいでしょうか!」


 俺と同じく玲那も気まずかったようで、キャリーケースからスマホを取り出し、話題を逸らす。


 玲那がブラウザを開き新幹線の時刻表を確かめる。「ふむ」と唇に指を当て、玲那が俺にスマホの画面を向けた。


「到着まで三〇分以上ありますね」

「まだまだあるなあ……なにして過ごす?」

「わたしは兄さんと一緒にいるだけで充分楽しいですけど」

「さっきまで恥ずかしがってたのにもう通常運転かよ。お前のメンタルは鋼属性か」


 まあ、俺も玲那といるだけで充分楽しいですけどね?


「ですが、なにもしないのはそれはそれでさみしいですね……。せっかくの新婚旅行です。より有意義な時間を過ごすべきです」


 玲那がしばらく黙考し――頭の上で電球が灯ったような顔をした。


 なんとなく嫌な予感がする。具体的に言えばグイグイ来られそうな予感が。

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