第23話 皆のお部屋見学をします。

 その日、午前中に体力作りと魔法の修行を終えたアメリアは、医務室にて先日痛めてしまった手の診察を受けていた。


「ふむ……」

 アメリアは大人しく椅子に腰掛け、包帯の巻かれた手を撫で回しているドクターバッカスの言葉を待つ。しばらくしてから杖をデスクに置いたバッカスはアメリアの手をペチンと叩き、

「相変わらず純人族離れした大した回復力じゃのう」

 と言って、親指を立てるとグーサインを見せた。


 ☆


「いやー、良かったですね! これで剣の修行が再開できますよ」

 魔王城内の廊下を歩きながら、ルーナはアメリアの怪我の回復を喜ぶ。


「うん、魔法の方も形になってきたし、これからは剣と魔法を両立して鍛えていかなきゃね」

 アメリアの魔法の修行は相変わらず順調に進んでおり、魔力のコントロールの訓練と並行して、いくつかの属性の最初級魔法も習得した。そしてカーバンクル——メルティアの召喚も毎日のように行っているが、今の所百発百中で成功している。彼女も森でのびのびと暮らしているらしく、出会った頃より幾分顔色が良くなってきていた。


 剣の修行の方も、ここしばらくは剣を振ることはできなかったとはいえ、筋力トレーニングや基礎体力作りはこれまで通りどころか、徐々に負荷を増しながら続けている。おかげで数ヶ月前までは白樺の木の枝のように白く細かったアメリアの腕は……。


「姫様、ちょっと腕太くなりました?」

 袖から伸びるアメリアの腕を、ルーナはぷにぷにと揉みしだく。


「うっ……。それは仕方ないでしょう。鍛えてるんだし」

「いえいえ、別に悪い意味ではありませんよ。むしろ今までが細過ぎて不健康だったくらいです。マチルダさんだって筋肉質ですが美しいじゃないですか」

 アメリアはいずれ自分がマチルダのような姿になった時の事をイメージする。


『ハーッハッハッハッ! 我が名はアメリア! 魔王よ、今日こそ貴様の首を斬り落としてくれるわ!』

 マチルダスタイルになった脳内アメリアは、何故だか妙に頭が悪そうで、身の丈程の大剣を抱えていて、魔法が使えなそうであった。


 二人が塔に戻ると、アメリアの部屋ではマチルダとプリムが待っていた。

 今日は午後から修行を休みにしてバッカスに手を見せに行くと伝えていたので、いつも通りお茶会をしようと待っていたのだろう。それからアメリアはメルティアを召喚し、五人でお茶会を始めた。今日のオヤツはマチルダの作ってきたプティングである。


「ほらメルティア、お口についてるわよ」

「姫様、紅茶のおかわりいかがですか?」

「基礎トレーニングはサボっていなかったろうな」

「マッチー、プティングもう一ついい?」

「オイシー!」


 初めはアメリアとルーナの二人きりだったこの部屋も、お茶会に参加する人物が増えてきて随分と賑やかになってきた。それは騒がしいとか息苦しくなったとかそういう事ではなく、人数が増える度にアメリアは自分の心が満たされてゆくように感じられていた。いっその事、ずっとこの城で過ごしてもいいかもしれないと思ってしまうほどに。


 茶会が進む中、アメリアは唐突にこんな事を言い出した。


「ねぇ、いつも私の部屋に集まってるけど、みんなの部屋ってどんな感じなの?」

 その言葉に、森に住むメルティア以外の三人は頭上を見て、「「あー……」」

 と間の抜けた声を上げた。


「どんなって言われても……私の部屋は普通ですよ」

「私の部屋も普通だぞ」

「僕の部屋も普通だよ」

 三人は三人とも自らの部屋を『普通』だと言い張る。

 しかし、アメリアにはこの三人の『普通』が同じ『普通』であるとは思えなかった。人はそれぞれ個々の普通を持っており、それは他者から見れば普通ではなかったりするものだ。

 アメリアだって自分の部屋は普通だと思っているが、きっと他者からすれば何かしら思う所があるだろう。まぁ、塔の上にあるこの部屋は本来のアメリアの部屋ではないのだが。


「じゃあ、これから三人の部屋を見に行きましょうよ!」

 アメリアの提案に、三人は互いの顔を見合わせる。


「別にいいですけど、何も面白いものはありませんよ」

「右に同じだ」

「僕の部屋は楽しいよー!」

 先程の『普通』発言と矛盾するようなプリムの言葉に疑問を覚えながらも、アメリアは三人の部屋を見て回る事になった。


 ☆


 魔王城城勤者用宿舎。

 それは魔王城の東側にある、城内で勤務する者達が暮らす煉瓦造りの宿舎の事である。三棟に分かれたその巨大な宿舎では、様々な役職や階級を持つ者達が現在数百人生活している。


 宿舎に住む殆どの者達は二人から六人の相部屋で生活しているが、幹部であるマチルダとプリム、そしてアメリアのお付きであるルーナも役得として個室が与えられている。そして魔王軍内で横行している◯◯ランキングで上位になれば特典として個室が与えられたりもするらしいが、それが事実かどうかは定かではない。因みに四天王ともなると、城内に3LDの豪華な個室兼オフィスが用意されているようだ。


「じゃあ、まずは私の部屋から行きますか?」

 最初に訪れたルーナの部屋は宿舎の二階にあった。

 部屋の広さは六畳程であり、十二畳はあるだろうアメリアの部屋と比べるとかなり狭い。物は少なく、ベッドと机、数着のメイド服と私服が掛けられたクローゼットと、本がびっしりと詰め込まれた大きな本棚とチェストが一つずつあるだけである。


「本当に普通ねー」

「家具も備え付けの物で買い足したりしていませんし、趣味も読書ですので」

 そんなごく普通の部屋の中で、アメリアは一つだけ異彩を放つ物を見つけた。それは机の上に乗っている一冊の本のようなもので、太い鎖でグルグル巻きにされた上にガッチリとした南京錠が二つも付けられている。

 アメリアがそれに触れようとすると、ルーナは

「危なーい!」

 と叫び、机の上から素早く本を奪い去った。


「そ、それは何?」

「私の日記です……。持ち主以外が触れると電撃が放たれる魔法が掛けられているので、迂闊に触らないように」

 それほどまでに厳重に保護されているとは、一体中に何が書かれているのだろうと一同は思ったが、プライバシーに関わる事だし、きっと知らぬが仏な事が書かれているに違いないと察したので、それ以上は誰も追及しなかった。


「では、次は私の部屋に行くか」

 次にアメリア達が訪れたのは、ルーナの部屋とは違う幹部専用宿舎の三階にあるマチルダの部屋であった。

 マチルダの部屋はルーナの部屋よりも幾分広く、八畳程の広さがあった。調度品は鎧掛けや武器ラック以外はルーナの部屋と同じものが置かれており、別段変わった様子は見られない。

 ただ、本棚の中身が小説や詩集の多かったルーナとは違い、戦術本や部下の指導書が多く、それらに紛れて『モテカワ女子の簡単スイーツ』や『エルフの教える男の胃袋を掴む料理』等の料理本が並んでいた。


「マチルダはいつもどこでお菓子を作ってるの?」

「一階にある食堂の調理場を使わせて貰っている。小さいが自分専用の食材保管庫もあるぞ」

 と、マチルダは少し誇らしげに語った。


「えーと、他に目に付く物は……」

「何もないぞ。いつ配置換えや転勤があってもいいようにしているからな。コラ、プリム! 私のパンツを被るな!」

「あれは何?」

 アメリアの指した先には、窓辺に置かれた悪魔のような見た目のブサかわいい人形があった。


「あぁ、あれは魔界で流行しているコボルト君人形だ」

「コボルト君……」

 コボルトとは、ゴブリンに似た醜い妖精の事である。

 ある時、魔界の玩具メーカーが気まぐれでコボルトのマスコット人形を作ったところ、そのブサ可愛さから若い魔族の女性を中心に大ヒットしてしまい、現在ではそれがシリーズ化しているのだ。


「別に集めているわけではないのだが、魔界に里帰りした時に激レアのお喋りコボルト君人形のネガティブバージョンが売っているのを見て、つい買ってしまってな」

 マチルダはコボルト君人形を手に取ると、その腹を軽く押す。すると、押したら喋る魔法が掛けられたコボルト君人形は『いくら稼いでも、あの世に金は持って行けねぇんだよなぁ』とネガティブな事を喋った。


 そして、いよいよプリムの番がやってきた。

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