第22話 女の子を拾いました。4

「え? カーバンクル? 別にいらんよ。そりゃ生き物は好きだし、どうしても飼えと言うなら飼うが……」

「左様でございますか。では、こちらで適当に対応しても?」

「あぁ、任せた。飼うなり逃すなり好きにしろ」

 騒動の翌日にマチルダの報告で全てを知った魔王は、ドクターバッカスとやりかけの魔界式チェスの盤面を睨み付け、シッシッとマチルダを追い払う。


「それでは、失礼します」

 礼をして謁見の間を出たマチルダは「ふぅ」と息を吐いて、扉の前で待っていたアメリアとルーナにVサインを見せる。二人は魔王に聞こえぬように小さく歓声を上げ、その場で抱き合って飛び跳ねた。


 あれからカーバンクルはアメリアの魔力供給と魔王軍の獣医トリトルの神の手によって一命を取り留め——と、ロマンチックに語りたい所ではあるが、カーバンクルが気を失ったのは、病み上がりに連発して障壁を張った事による単なる疲労と体内魔力の枯渇であった。しかし、あのまま障壁を張り続けていればその身が危険だった事は確かだそうだ。


 部屋に戻ったアメリアは、フルーツを食べながら待っていたカーバンクルの抱擁を受ける。


「良かったねぇ! これからも一緒にいられるよ!」

「アメイア! イッショ!」

 アメリアはカーバンクルを抱きながら、その頬に何度もキスを受けた。そんな仲睦まじ気な二人を見ながら、ルーナはまたしても滝のような涙を流していた。


「よがっだ……本当によがっだ……!! わだし、動物モノには弱いんでず……!!」

 そんなルーナにハンカチを差し出すマチルダの目も、ほんのりと潤んでいる気がしない事もなかった。そしてその頃、プリムは偽の出張届けの件で、事務の者に説教を受けていた……。


 そして——


「え? 一緒に暮らせないの?」

「別に一緒に暮らせないというわけではないのだが……」

 マチルダによると、カーバンクルは本来森で暮らす事が常の幻獣らしく、あまり人の多い所で暮らすのはストレスが掛かって良くないらしい。


「だから——」

 マチルダが窓の外を見ると、そちらには城から数キロ程離れた場所に大きな森が広がっている。


「あそこで暮らせば良いのではないかと獣医トリトルは言っていた。あそこならば軍の管理下で凶暴な魔獣もいないし、安全に暮らせるだろうと」

「そっかぁ……。どうする?」

 アメリアが問いかけると、カーバンクルは少し考える様子を見せて、ニコリと微笑んだ。


「ダイジョーブ」

 どちらとも取れる言葉だが、僅かに寂し気な表情を浮かべている事から、どうやらカーバンクルは森に住む事を選んだようだ。しかし、空が飛べるカーバンクルからすれば、森から城までは容易く会いに来れる距離である。それはアメリアにもわかっていたが、やはり寂しい事には変わりない。


「わかった。じゃあ……お別れだね」

 アメリアの言葉にカーバンクルは首を横に振る。


「オワカレ、チガウ。ココロ、イッショ」

「……そうだね」

 二人は見つめ合うと、別れを惜しむハグを交わした。すると、そんな二人を見ていたルーナはこんな事を言い出した。


「あのー、そんなお二人がいつでもすぐに会える方法がございましてね」

 ルーナの手には魔法の杖と、『ゴブリンでもできる! 召喚獣との契約法!』と書かれた一冊の本が握られている。


「でも……」

 マチルダが言っていたカーバンクルの『強力な力』の片鱗は昨日見る事ができた。それは、物理干渉も可能な高レベルな魔法障壁であり、最終的に力尽きたとはいえ、雨霰と襲い来る魔法を全て弾き返したあの防御力は凄まじいものであった。

 もしもアメリアがカーバンクルを召喚獣にすれば、魔王の攻撃からその障壁で守ってくれるだろう。

 それでも戦わせる事に気が進まぬアメリアがカーバンクルを見ると、彼女はアメリアの目を見据えながらコクリと頷く。

 

「アメイア」

 カーバンクルはアメリアがいずれ魔王と戦おうとしているという事を理解してはいないだろう。しかしカーバンクルの目には、友であるアメリアに何かがあった時は自分が守るという強い意志が宿っていた。


「……いいの?」

 カーバンクルは再度、力強く頷いた。


 ポゥッ


 互いを想い合う二人の意思が通じ合った時、それぞれの額に同じ形をした複雑な紋様が浮かび上がる。


「それは姫様の魔法印ですね。カーバンクルが姫様を認めたという証です。あとは姫様がカーバンクルの魔法印に触れて、このページの約定を読み上げるだけですけど……どうしますか?」

 アメリアは覚悟を決めてルーナから本を受け取ると、目を閉じたカーバンクルの額に触れる。


「……我が名はアメリア・エスポワール。魔の法の元、我は汝と契約を結ばん」

 すると二人を中心にして、床に魔法陣が浮かび上がる。


「最後にその子の名前を呼んであげて下さい。その子は人語での名前は持っていないようなので、姫様が付けてあげて下さいね」

「そ、そういうの先に言ってよ!」

「こういうのはフィーリングが大事なんですよ。大丈夫、姫様ならきっと良い名前をつけられますから」

 とは言われたものの、咄嗟に良い名前など浮かぶものではない。アメリアが『一日考える時間が欲しいから、もう一度やり直させて』と言おうとした時だ。

 目を開けたカーバンクルの瞳がアメリアの目を見据えた。

 その瞳を見たアメリアの脳裏に、一つの名が浮かび上がる。


「我、今こそ汝の名を呼ぶ。汝の名は————」


 魔法陣の光が一層強くなり、カーバンクルの髪色に似た鮮烈な緑色の光が二人を包み込む。


「————メルティア」


 こうして、これまで孤独に暮らしていたカーバンクルは新たなる名とかけがえのない友を得て、アメリアは新たなる仲間と召喚獣を得たのであった。


 ☆


 一方その頃、マチルダの去った魔王城謁見の間では……。


「魔王様、また魔王様への謁見を望む者が来ていますが」

 部下の言葉に、バッカスにチェスで敗れたばかりの魔王は不機嫌そうにそちらを見た。


「明日にしろ、私は今機嫌が悪い。バッカス、もう一局だ」

「フォフォフォ、坊の負けず嫌いは相変わらずじゃのう。軍の長たるもの、例え戦で敗れようともそれを見越していたかのように胸を張っておらねばならんぞ」

「年寄りの説教など聞かぬ! さっさとコマを並べよ!」

「いけませんな、魔界式チェスにおいては負けた者がコマを並べ直すのが決まりですぞ。こればかりは主従の関係にあれど覆せませんなぁ」

 そんなやりとりをしていると——


「魔王様、大切なご報告ですにゃ」

 玉座の前にはいつの間にか頭からスッポリと黒いフードを被った人物が傅いていた。


「……明日にしろと言ったのが聞こえなかったのか?」

 得体の知れぬ人物の出現に、普段はどこか威厳の足りぬ魔王の声が一段低くなる。そして魔王はその人物に手をかざすと。その掌から魔力を放出した。放たれた魔力により突風が巻き起こり、謎の人物の姿を隠していたローブが宙に舞う。

 謎の人物の正体を理解した魔王は一瞬驚いた表情を浮かべると、フンと鼻を鳴らした。


「お前か、何用だ?」

「エスポワール王国王姫、アメリア・エスポワール様に関する大切なご報告だったのですが、お忙しいようですのでまた明日来ますにゃ」

「戯れは良い。申してみよ」

「では申し上げます————」

 謎の人物の報告は聞き終えた魔王はスッと目を細める。


「それは誠か?」

「はい、この目でしっかりと見た事実ですにゃ」

「……それが事実だとするならば、悲しい事だ」


 アメリアの周りに、また一波乱起ころうとしていた。

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