第24話 皆のお部屋を見学します。2

「じゃあ、最後は僕の部屋だね。部屋に友達を呼ぶのは初めてだなぁ」

 と、お喋りコボルト君人形のネガティブバージョンのようなちょっと悲しい事を言いながら、プリムは宿舎の階段をズンズンと上って行く。


「おいプリム、それ以上行くと屋上だぞ」

「まぁ、いいからいいから」

 プリムが屋上への扉を開くと、広い屋上の端には木造のほったて小屋が立っていた。そしてプリムはその小屋の前へと一同を連れてくる。


「まさかお前、ここに住んでいるのか? ここに小屋があるのは知っていたが、物置だと思っていたぞ……」

「そうだよ。ようこそ僕のお家へ」

 開かれたドアの向こうには、どう見ても物置としか思えぬ光景が広がっていた。物が乱雑に散らかっており、埃っぽく、窓は曇っていて採光も悪い。しかし、そこはただの物置ではなかった。


「これは……」

 アメリアがよくよく見ると、広さ八畳ほどの室内にはガラクタに紛れてイーゼルやキャンバス等、絵を描くための道具が所狭しと置かれている。そして床や机には絵の具や筆も転がっていた。


「わぁ、プリムの部屋はアトリエなのね!」

「正解ー」

 プリムは意外な趣味を持っていたのだ。

 部屋に乱雑に飾られているキャンバスには、様々な魔物の姿や美しい風景が油絵や水彩画でヘタウマに描かれている。アメリアはプリムが先程『楽しいよ』と言っていた意味を理解する。


「素敵な絵ね。でもベッドが無いけど、どこで寝てるの?」

「ここだよ」

 プリムが指したのは、一つの大きな瓶であった。

 プリムはスライム化すると、瓶の中へとヌルリと入ってゆく。どうやらスライムの精霊であるプリムには一般的なベッドは必要ないようだ。


「しかし、お前にこのような趣味があったとは意外だったぞ。人は見かけによらぬとはよく言ったものだな」

 マチルダは壁際にズラリと立てかけられていたキャンバスを何気なく一枚引っ張り出す。するとそこには、他の絵と一線を画す画力で描かれたマチルダのセクシーな姿があった。

 キャンバスの中のマチルダは大切な所をシーツで隠しながら仰向けにベッドに寝転がり、恥じらいの表情と熱を帯びた瞳でこちらを見ている。それはさながら古の女神を描いた絵画のようであったが、シンプルに言えばなんかもうエロかった。


「な……な……なんだこれはぁ!?」

「どう? 上手いでしょう? 僕そういう絵の方が得意なんだよねぇ」

「上手いか下手かと言われれば上手すぎる程に上手いが、こんなモノを描いてどうするつもりだぁ!?」

「どうするって……マッチーは芸術というものがわかっていないなぁ。描きたくなったものを描くのが芸術なんだよ。そして置き場が無くなってきたら、それを売って新しい画材を買うのもまた芸術活動の一環なのさ」

「売るぅ!?」

 神絵師プリムの描く『魔王城ヒロインシリーズ』は、密かに魔王軍内の男性達に絶大な人気を誇っており、大きくて出来の良い絵は約二十万ゴールドもの価格で取引されているのだ。そしてその中でも最も人気なのが『マチルダ艶姿シリーズ・極』であり、プリム希望小売価格十万ゴールドで販売されたものが現在はプレミアが付いて五十万ゴールド前後で取引されているのをマチルダは知らなかった。


「き、貴様やってくれたなぁ!!」

 マチルダは剣を抜いて絵を両断しようとしたが……。


「ぐっ……」

 プリムの絵からは一枚の絵を描くために必要な技量、労力、工夫、そして被写体への愛が伝わってきて、どうしても斬る事ができなかった。


「ヌフフフ、マッチーにも美を理解する感性があったようだね」

「あぁ、確かにお前の絵は見事だ。それに自分の肖像を斬るというのも気分が良くない。だがなぁ……オラァァァァア!!」

 代わりにマチルダはプリムの顔面に剣の腹を叩きつけたのであった。


「も、もしかして私達のもあるの?」

 マチルダの剣により散り散りにされてから復活してきたプリムに、アメリアはおずおずと尋ねる。


「あるよー。でも、アメちゃん達のはお気に入りだし、枚数描いてないから売ってないんだよねー」

 そう言ってプリムが引っ張り出した絵には、蕩けた瞳で見つめ合いながら添い寝をするアメリアとルーナの姿が写真と見まごうクオリティで描かれていた。そして、次に取り出された絵には——


「あっ……」

 アメリア達が楽しそうにお茶会をする様子が描かれていた。


「僕達もいつまでこうしていられるかわからないからね。絵に残しておきたかったんだ」

「そんな悲しい事言わないでよ」

「だって、アメちゃんは魔王様を倒したら国に帰っちゃうんでしょう?」

 そう、プリムの言う通り、アメリアが魔王を倒してエスポワール王国に帰れば、もうこの絵のように皆で集まってお茶会をする事はできないだろう。今はまだ遠い日の事に思えるが、いつか来るその日のためにアメリアは日々努力をしているのだ。

 そう思うと、アメリアは少しだけ切ない気がした。


「でも私、エスポワールに帰ってもみんなの事忘れない。ううん! 国に帰っても、ずっとみんなと仲良くお茶会ができるような方法を探すわ! 魔王を倒す事に比べたらきっと簡単よ」

 またしても無茶を言い出したアメリアに、マチルダは苦笑いを浮かべる。しかしアメリアならば本当にそれを実現してしまうのではないかと思えた。


 そして、部屋見学を終えた五人がプリムの小屋を出た時であった。

 小屋の外には二体のガイコツ兵と、背にコウモリのような翼を生やし、メガネをかけた細身で神経質そうな女性が立っていた。


「……誰?」

 呟いたアメリアにルーナが耳打ちをする。


「魔王軍風紀維持部隊長のブランシュ・アバティーニさんです。風紀に厳しくておっかない事で有名なんです……」

「風紀維持部隊って?」

「簡単に言えば、魔王軍内で何か違反や悪い事をした人を取り締まる人達の事です」

 ブランシュは神妙な面持ちで五人の顔を見渡すと、ルーナに目線を合わせた。


「魔王様のお妃様候補、アメリア・エスポワール王姫付きのメイド、ルーナ・パルティーンだな。魔王様の命により御同行願おう」

「え? 私ですか?」

 ブランシュの言葉に、皆はルーナを見る。


「ルーナ、お前何かやらかしたか?」

「いえ、心当たりは特に……。強いて言えば、姫様と一緒に毎日幹部専用浴場に入っていた事くらいでしょうか」

「そんな事でわざわざブランシュ殿が出張るはずがないだろう……」

 次にマチルダはブランシュに尋ねる。


「ブランシュ殿、ルーナが何かしたというのか? 私が知る限り、此奴は規則違反等を犯すような者ではないのだが」

「魔王軍親衛隊隊長マチルダ殿、それはあなたが知る必要は無い事です。私に与えられた命は彼女を魔王様の元へ連行する事。邪魔立てするのであれば実力行使に出る事になりますが?」

「いや、別に邪魔立てをするつもりはないが——!!」

 ブランシュに食らいつこうとするマチルダの手をルーナの手が引いた。


「大丈夫ですよマチルダさん。私、別に何も悪い事はしていませんから」

「しかし……」

「きっと何かの勘違いです。ブランシュさん、大人しく同行させていただきます。行きましょう」

 ブランシュが頷いて歩き出すと、ルーナはその後に続く。


「ルーナ……」

 アメリアが心配そうに呼びかけると、ルーナは一度だけ振り返り、「大丈夫です」とウインクを投げた。

 そしてその日、アメリアがルーナと顔を合わす事はなかった。

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