32 友と精鋭。


 かつーんと鳴らす音が響くだけ。

 転移魔法が、使えなかった。発動しなかったのだ。


「……」


 目を細めて、私は自分の弟子達を見た。

 三人は片手を突き出している。私の転移魔法を阻止したのだ。


「だめだろう、リリカ。アルテは事情を話したんだ。だから一緒に対処しよう。一人で向かって、対処するのはだめだ」


 手を組んだジェフは、深く息を吐いた。


「……はぁー。なんで、こう滅茶苦茶になるの? 私が一ヶ月いなくなっただけで、この有り様!」

「いなくなった、ではなく、死んでいた」


 こつこつとこめかみをつついていた私の言葉を、ジェフは訂正する。

 死んでいた。

 そう、死んでいた、だけで、この有り様だ。


「そうね、私が悪い。死んだ私が悪いのよね。だから、対処する。私が」


 刺々しく私は言っては、立ち上げる。


「天才魔導師リリカ様は、今不在だろう? 魔法がまともに使えない子どもだ」


 ジェフも、突っかかってきた。


「……良き友なら、背中を押してくれるわよね?」

「良き友なら、無謀な行為を止める。そうだろう?」


 私は冷え切った目で見たが、ジェフは姿勢を崩そうとしない。


「国王としても、この事態は見逃せない。魔人は災厄だと君が言った、そうだろう? なら今の魔王は災厄。同盟国の王を招集する。対処を決めるのはそれからだ」


 当然の行動だが、私はジェフから目を逸らして、アルテを見た。


「……アルテ。シャンテは完全に乗っ取られていたの? 話は通じた?」

「……いえ、話していません。立ち去れ、と言われただけです」

「あなたを殺せたのに、殺さなかったのでしょう。意識はまだ残っているはずよ。話し合いに応じさせるわ」


「リリカ」とジェフが制止の声をかける。

「ジェフ」と私は呼んで「二度言わせないで」と告げた。


「決めたことはやる、か」


 ため息をつかれる。


「「「師匠は、思い立ったらすぐ行動するのがモットー」」


 弟子三人が、口を揃えた。

 そして、立ち上がる。


「おれ達は、リリカ師匠に付き従います。良き友は……見捨てる気ですかね?」


 エグジが、ジェフを睨みつけて、チクチクと言葉を刺す。


「ほっとけ。うちの師匠を止められると思ったら大間違いだ。何が、良き友だよ」


 スクリタも、刺すように吐き捨てる。


「……良き友よ。考え直してくれ。君は救う気なんだろう? 魔王シャンテを。どうやって? シャンテから魔人を取り除いたとする。そのあとは? 魔人を封印する手立てはあるのかい? 魔法が使えないただの子どもである君に」


 ジェフが私の説得を試みた。

 私は杖を突きつける。


「魔人の魔力を、これで吸い取る」

「……その間、アルテを傷付けた魔王シャンテが大人しく吸い取られると?」

「弟子達が動きを止める」

「確か魔人には魔物を支配が出来る力があるんだよね。城にいる魔物達も意識を乗っ取られて襲ってきたら? 弟子達だけで手に負えるのかい?」

「ジェフ」


 今度は笑いかける。優しく。


「ちょっとだけ精鋭を借りるわ。大丈夫、無事に帰すから」

「リリカ……」

「あなたが選択するのは、一択だけだって信じてるわ。良き友の味方をする」

「……」


 私の作戦を成し遂げるためには、ジェフの部下達も要る。

 良き友を信じていた。必ず、手を貸してくれると。

 自信に満ちた満面の笑みをしていれば、沈黙のあとまたため息を吐いた。

 そんなジェフも、立ち上がる。


「わかったよ、わかった。僕の負けだ。精鋭を選抜する。選りすぐりの魔導師に、君に刃を向けたことに対して償う機会を探している騎士達もいるかい?」

「ぜひ力を借りたいわ。あの騎士、判断力が優れてていいと思ってたの」


 脳裏に浮かぶのは、私がバルコニーに落ちてきて、ただの子どもじゃないと見抜いて警戒した赤毛の騎士。


「ジェフ。ありがとう」

「……君のためなら」


 お礼を伝えると、ジェフは仕方なそうな笑みを返した。

 そして続けて、私が驚くことを口にする。


「僕も行く」

「えっ」

「ずっと君の戦友にも、なりたかったんだ」


 にこにことしているジェフ。本気のようだ。

 まぁ、誰も欠けることなく無事に帰すつもりなので、ジェフを失う心配はしない。

 だいたい、ジェフがそこらの魔物に負ける心配はないのだ。


「さて。再び魔人に挑む準備をしようか!」

「「「はい、師匠!」」」


 ボス戦前に対策や準備を整えるのは、当たり前。

 先ず、私は超魔法回復薬を一本飲み干した。

 久しぶりに飲んだ。甘い。

 魔人をシャンテから引き剥がしたあとに使う封印魔法のセットをしておく。

 前より厳重に、誰にも解かれないように、複雑にしておこう。

 きっとシャンテは封印するところを見ていて、解除方法を知っていた。だから、魔人を出せたのだろう。

 今度ばかりは、見ていてもわからないぞ。

 子どもになったが、天才魔導師の称号はある。

 不安定な魔力のコントロールで苦戦は強いられたが、完全に一点集中して、完成させた。

 杖があるおかげで、不安定さも軽減。

 改めて思うが、私の今の魔力は、別ものに思えてしまう。

 親しみがなくなった感じ。

 真新しい魔力は、アルテの言う通り、若々しい。

 初々しいとも感じる。それを丁重に扱い、そして魔法を使う。

 いくつもの古代の魔法陣と現代の魔法陣と、それから長い暗証番号を組み合わせたような魔法。

 絶対に解かれない自信がある。


「流石、天才魔導師」


 自分を褒めるって大事。

 不安定ながらも使えるなんて、さっすが私。

 その間、弟子やジェフの魔導師達に、戦闘用の魔法道具を用意してもらった。

 私はまた魔法回復薬を飲み干して、今度は魔法の結界を張る道具を作り上げる。

 全員に渡るよう、エグジに複製をしてもらった。


「グレーゴリくん、だったわよね?」

「はい。天才魔導師リリカ様。この度は、償いの機会をいただき、ありがとうございます」


 赤毛の騎士、グレーゴリという名の青年は、私に傅いている。


「償いなんて必要ないけれど、実力を発揮して出来ることをやってほしい。魔王城に乗り込んだら、これを使って」

「これは……なんでしょうか?」

「魔法結界を出す魔法道具よ。全員に渡しておくから、使ってちょうだい。使い方は壊すだけでいいの、それで発動するから」


 赤いラメの入った液体の小瓶を渡す。


「それから、あなたの判断力を見込んで、これも渡しておく」


 私は金色のラメが入った液体の小瓶も渡しておいた。


「強制送還の魔法を入れてある。まずいと判断したら、ここに帰りなさい」

「……見込まれたのなら、期待に応えたいです。しかし、退却の判断は国王陛下が下すべきではないでしょうか?」

「お願い」


 グレーゴリくんは覗き込む私を見て、意図に気付く。


「この魔法道具は……リリカ様を置き去りにするのですか?」

「ジェフには、全員を無事に帰すと約束しているの。だから、追い込まれたら、これを壊してくれるわね?」

「っ。ですが……」


 私とジェフの間に板挟みになるのは、申し訳ないけれど、保険がいるのだ。


「これはただの保険。私の魔法結界が発動すれば、形成が逆転されることはないはず。でも、ずるいことを言わせてもらうと、さっき言った償いのためにも引き受けて。私を安心させてちょうだい」

「……」


 ごくり、とグレーゴリくんが息を飲んだ。

 それから、頭を下げる。


「わかりました。償いのためにも、リリカ様を安心させるためにも、引き受けます。お任せください」

「ありがとう、グレーゴリくん。頼りにしているわ」


 その返事が聞けて、満足だ。

 私はグレーゴリくんの頭をつい、撫でてしまった。


「あら、ごめんなさい。つい、弟子達にするみたいに撫でてしまったわ」

「……いえ、光栄です。生涯、この瞬間を誇りにします」


 え、大袈裟だな。

 キャロッテステッレ国の魔導師もそんな反応ぐらいするので、まぁ気にしない。

 渡した魔法道具も、褒めちぎられた。


「エグジ、アルテ、スク。魔法壁はちゃんと張ったかしら?」

「ちゃんと三重に張ってる、子ども扱いすんな」


 七年前と違って、三人の弟子は魔法壁を三重に用意が出来ている。

 七年前は呆気なく負けていたけれど、魔法壁の強度は上がっているし、成長もしたのだ。

 弟子三人は、負けない。食い止められる。


「そっちはどうなんだよ?」

「リリカ師匠は魔法壁を張れました?」

「大丈夫ですか?」

「心配は無用よ」


 弟子三人に心配されるなんて、情けない。

 しかし、この姿だ。心配もしてしまうだろう。


「いい? 魔人に乗っ取られたシャンテの動きを止めてくれればいいの。師匠として命じるわ」

「「「はい、師匠!」」」


 三人は、声を揃えて返事をしてくれた。

 すると、アルテが涙を込み上がらせる。


「どうしたの? アルテ」

「また師匠命令が聞けて、嬉しいだけです」

「……死なないでよ、私の愛する弟子達」

「師匠こそ。もう死なないでくださいよ」

「そうだぜ」


 アルテに笑いかけると、横からエグジとスクリタが言ってきたから、四人で笑った。


「さて、魔王を救いに行こうか」


 おかしな話だ。

 魔王を救うか。変な響き。

 私は杖が長すぎて重いので、短くした。

 白い木の柄を半分ぐらいに縮めれば、いいサイズだ。

 時刻は、深夜に近付いている。

 それでも、出発した。

 夜のうちに襲撃を仕掛けた方が得策。

 魔王城への転移魔法は、アルテに任せた。

 精鋭の騎士と魔導師合わせて三十人。そして、私と弟子三人とジェフの三十五人を、一斉に転移魔法した。

 場所は、魔王城の目の前。

 前に来た時と、違っていた。

 刺々しいトゲが魔王城を覆っているし、禍々しい気配が溢れている。

 トゲは、シャンテの魔法だろう。それでコーティングしたって感じ。

 でも変だ。シャンテは、青黒いトゲだった。そこにあるのは、黒。

 あの魔人の影響か。

 十年前より、禍々しい魔王の城だ。

 ここで再び戦うことになろうとは……。


 友であるシャンテを、救うために戦おう。



 

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